刃を交える時が来た。争いを望まぬ者同士の戦が、この地で再び巻き起こる。他国の介入無き初戦。前回の戦を制したのは、砂漠の連合であったが。運命の神というのは、実に気まぐれなモノである。森林の守護者が、獣人達の出鼻を挫くのが先か。紅き砂漠の民が、エルフ達をなぎ払うのが先か。その答えはいずれも未来にあり、時と共に明かされる。
1.他者の行動や行為を著しく制限する映写2.他者を勝手に動かすような映写3.単独で戦局に多大な影響を与える描写4.無敵と思われる映写5.不快に思わせる描写上記の行いは、他の皆さんへの迷惑行為の対象となります。よって、これらの過剰行為は謹んで下さい。戦場に赴くものとして、健闘をお祈りします。
【地図】PC用http://www.geocities.jp/kichi_k/LG_map/top.html製作者↓クロゼット様作携帯用http://la-terre.lostworks.net/map/製作者↓コルナ・コルチェット様作この場を借りて、感謝いたします。
「異常なし…」開戦から少しの日々が経った。神都コブムからでは、敵影は確認できていない。前線では、ルドラム本軍が進撃を開始した頃だと思う。軍の進軍状況によっては、コブムに被害が及ぶ可能性がぐらつくのだが。(警戒は怠るべきじゃないな…)気を緩めた時に、伏兵というものが現れるのが世の常だ。支配下のネコ族にも警戒を高めさせて、砂漠を睨み続ける。(…前線でなんとかしてくれれば楽なんだけどね)双眼鏡を覗き込みつつ、ぼんやりと淡い期待を抱く。
城壁の上に立ち、遥かな地を睨む。その先には、僅か前まで自分が居た国が在る。いつものように他国を見てみたくて旅立ったのだが、運命というものは、木の葉の船のようだと思う。気まぐれに風に流され、思わぬ場所に辿り着く。まだ相手の顔もぼやけぬうちに、かの地へ赴かねばならぬとは。「・・・神も冗談が好きだよな」苦い思いが声に漏れた。その時、おおいと下から声が掛かった。閲兵が始まるから並べと同じ隊の者が叫んだ。「ああ、今行く」そう言って振り向いた先には深い緑ーー。命の息吹きを含んだ風が羽を膨らます。
風は我が隣人、空を翔る我が友。公国を抜ける風は森の息吹きを抱き、嬉しそうに頬を撫でる。この風を守る為に戦うのも良いかと、己に言い聞かせるように呟いた。私の所属する隊は、斥候として今夜飛び立つ。夜のうちに敵の先陣近くまで飛ばねばならない。解放軍領を横切り、敵国国境線まで。ある意味、斥候という立場は有り難かった。あくまでも敵陣を探るのが目的なのだから、戦いを避けることが出来るかもしれない。前線でそれが許されると決して思わないが。
今日も今日とて馬車の上。ゆくよ戦場、傭兵隊。いつものように、私は他の傭兵仲間と共に、馬車でエルフィネスへと向かっていた。やはり両軍主力の進路は、解放軍領北部のファディア城近くだろう。そこを目指し、我々は自国軍主力に先行して進んでいた。「いよいよ、新しく造ったこの竜鱗の鎧を試せる時が来ましたな」『コウのだんな、ちょっと言い難いんですが、その鎧…』「…なんですかな?」『もはや、傭兵に見えません』ゴッ!それっきり、ネコ吉は沈黙してしまった。少し頭から流血しているように見えるのは、気のせいだろう。
森の木漏れ日と馬車に揺られること数刻。号令と共に馬車が止まり、睡魔の揺り篭から目を覚ます。「んっ…戦闘、ではないみたい?」外を見れば森は既に遠く、騒々しいのは野営の準備からだった。ここを防衛線とするらしい。陸地を進むならここしか道が無い。有利に戦えるであろう森から離れるのも同じ理由。―全ては森を守るため。「まだまだ見て周れていないものね」守らないと、と続けて振り返る。あの綺麗な森が傷つくのは惜しい。景色、森林浴と個人的な意味でも。…傍らの少女なら森の幸だろうかと考えて笑みが浮かぶ。それにまだ終えてはいないから。旅の目的を果たす為なら、戦う事に迷いは無かった。
心地良い馬車の揺れ。盛大に転寝をしていた少女は傍らにいる女性の優しい声で目を覚ます。「ん〜おはようございます〜応禍さん。 もうご飯の時間ですか〜?」目をこすりながらのんびりした口調で話すそれは戦とは程遠いものだった。ぼうとした頭が冴えてくると共に自分の置かれた状況を察知し慌てて姿勢を正す。自分達は戦いに出たのだ。今期は森の守護者と共に守るが為の戦いを。優しき王の憂いを少しでも無くせるように。「森を守るのは国の為でもあるけれど、でも…」付け加えて。『やっぱり森の幸がないとつまらないですからっ』青い髪の女性がぷっと吹き出すのが見て取れたのはそのすぐ後の事。
「今度は、エルフィネス公国…」 少女の姿の人狼は、外の風に目を瞑る。 収まってから目を開けて、片手の地図をくるくる回した。「ええええと。エルフィネスって、ええと、こっちだから」 迷子の旅狼、やっぱり一匹。「…こっち?」 とろとろしてるから迷うんです。置いていかれるんです。 とりあえず進んだ方向は、たしかに、少しは近づいているだろう。しかし主力とはやっぱり少し外れた位置に行ってしまうようだ。 ――やっぱり迷子の狼、一匹。そろそろ方向感覚を身に付けるべきだと思いマス。 風に煽られ砂舞いあがり、少女に引きずられたハンマーの跡が一瞬で消えていった。
がちゃがちゃと音を鳴らし、剣を二本腰にさす。にやにや笑いが止まらない。戦争。戦争だってさ。実家を飛び出して何日過ごしたか。懐が寒いを通り越し、丁度備蓄の底が見えかけていた。タイミングが良い。従軍してりゃー食うには困らないし、その上大将首でも取れば一攫千金?一旗上げれる?これはやるしかないだろォ。お、宛がわれたのはこの馬か。よーしいっちょ前線までいってやるかな!…え。俺は物資の輸送?そりゃ馬車は扱えるって言ったけどさァ。…なんだよ、もー。
ドルゴダの森に一人たたずむ。ここは敵が攻めてくる時に必ず通るであろう地点なおかつ、ここはこちらの補給線になるところだ。ここを分断されたら大変だろう。自分は耳がいいから、森でも十分周囲が把握できる。そして「異常があったら、僕の楽器で」魔法であるかのように遠くへと通る笛の音これで助けを求めたり、注意を喚起したりできるはずだ。――近くで戦いがあったら、加勢にいかなくちゃ、、自分はひ弱だ。それでも、いくつかの姑息な技術を持っている。それを駆使してなんとか戦いの役に立ちたい。――それにしても、戦いというのは何時もこわいものです、、
黄金の砂漠が、何処までも何処までも。片膝をつくと、少し沈む。右の掌をゆっくりと砂の上に滑らせ、掴む。そっと引き上げると、褐色の指の間からさらさらと砂が零れていく。愛する大地。旅を繋ぐ大地。ゆっくりと立ち上がって、遥か遠い国境を見据えた。前期自分が過ごした国。戦争の最中で、通るだなんて。「ごめんなさい。――お邪魔します」小さく呟いて、新しくない深い色の外套のフードを目深に被りなおす。リザードマンやネコ族に交じって、ゆっくりと砂を踏みしめる。
夜のうちに解放軍領を抜けた。いや、抜けたわけではない。ルドラム領が望める場所へと降り立っただけだ。獣人と言われる兵士らは、おそらく目が利く。そして獣の本性を考えれば夜行性であろう。敵陣を探ろうと思うのなら、普通は闇に乗じるものだが今回は明るい日中に木立へ隠れ進行する。ザンディアの塔からナトーム村へ広がる様に部隊は散じた。私も翼を緑に染め、森の中へと身を沈める。ザンディアにもナトームにも敵の気配は感じられない。だとすれば・・・乾いた砂漠を見つめる。そこにいずれ砂塵が現れるーー
慌しい宣戦布告が嘘のようだ。神都周辺を見回すが、敵兵らしきモノは見えない。軍が前線で食い止めてくれているのだろうか?『ナトーム村周辺も、異常はありません』傍らにいた術師の報告に、鼻を鳴らしてから答える。「以後もナトーム村、神都コブム周辺の警戒を。 怪しげな旅団や人物は視認後、その場で捕縛してください」曖昧な命令を下す自らの言葉が、微かに震えている。思えば…、こうして一つの部隊を任されるのは初めてだ。「族長なら…、こんな時は敵陣に攻め入っちゃうのかな」故郷の島の事を想いながら、ため息を一回だけついた。
編み上げブーツが、砂に塗れて白っぽくなってしまった。前を見遣ると、硬そうな鱗の頭とか、ふさふさの耳とか、日を照り返す鎧とか、不思議な紋様の織られたローブとか。『砂漠を抜けた後、解放軍領へ!公国の森へ進軍する!』声が遠すぎてよく聞こえないが、カチャカチャと鳴る金属の音に紛れて大体こんな内容の指示が飛ぶ。あの広い蒼穹と、この広い砂漠の地平線が交わる先。そこが、戦場。外套が、ゆらゆらと揺れ出した。砂上に映る濃い影も、一緒にゆらゆら。「…風が」予感させる。もうすぐ、この風は戦の匂いを運んでくるのだろう。
物資の移送自体に文句はない。どの道前線行くのにドルコダは通るわけだし。しかしこのままドルコダまで行って送り返されても敵わない。何かしら策を!閃け俺の頭!!…んあ?木立の向こうに、人?敵では、無いな。だって緑だし。ていうか会議室で顔見かけたし。「よぉ、少年。奇遇だな、乗ってく?」手を振って大声を出し、そちらに向かって呼びかける。隣に座ってるエルフの兵士が責める目でこっちを見ているが、俺はそんなの気にしない。
少女が風に煽られ我に返った時、なぜか海の傍に少女はいた。あわてて北上、現在地=国境付近。 砂に足を取られたりしない為に、砂地と固い地面を行ったりきたりしていたのだが。「…まだナトーム村につかないですね」 むしろ国境辺りだと気付かないのか。 風が吹きつけ、砂を散らす。背中を強く押されて、わっぷっぷ。転んで、尻尾がへにょりとゆれた。「うー…こっち?」 と、手を見る。しかしそこに紙はなく――「ち、地図!」 起き上がった。視界の先、一枚紙が飛んでいく。 特別何の書き込みもない物だが、方向音痴には欠かせないそれを、あわてて追い始めた。――ハンマーを引きずって国境を越えて。
大きな地図を卓上に広げ、チェスの白い駒を置いていく。キングの駒はナビア城、クイーンの駒はこの神都だ。クイーンの側にはビショップの駒を添え、"KC"と書き込む。戦場予定地のファディア城の手前には、ルークの駒を置き。ナトーム村とその周辺は、ポーンの駒で敷き詰めた。(本軍もコウさんの部隊に習って、進軍を始めたのか…。 だけど…、今になっても敵と接触しない状況なんて…)それ故に、どこか戸惑いと苛立ちを覚える僕がいる。獣が持つ獰猛な感情を抑え、公国上に置かれた黒のキングを睨んだ。「敵は今…、どこにいるんだろう…?」ため息の後に呟いた言葉は、殺気を微かに漂わせていた。
砂漠に砂塵が見えた。その時、森の中から鳥の鳴き声が聞こえた。否。それは仲間からの合図の指笛。敵が動いた場合、部隊は3つに分かれることになっている。1つは戻り、ルドラムへ向かう自軍に状況を知らせる。もう1つは更に北上し、国境沿いの偵察をする。最後の1つは、ナトーム村へ潜入調査する。ルドラム領であるナトーム村へ入るのは、かなりの危険が伴うと思われた。敵軍が駐屯することが予測されるからだ。
私は腰に丸めてくくり付けていた布を広げた。かなり大きめの布で、それを背中の翼ーー二翼に被せる。翼の先が少々曲がってしまうが、一見荷物を背負っている商人のように見える。そしてフードを目深に冠り、剣を翼の中へ隠した。「少し窮屈だが我慢しろ」(大丈夫だ。お主こそ気を付けろ。森を出れば敵領だ)私は小さく頷き、森から砂漠へ抜けた。そしてナトーム村へと足を運ぶ。息を潜めているのは我らだけではない。そう、彼らは獣なのだから。
僕を呼ぶ声が耳に入る。見てみると会議室で会った、、「ムーさん」「よぉ、少年。奇遇だな、乗ってく?」僕が本当に同乗していいのか雰囲気は微妙だったが、その勢いに乗せられたかたちで「僕はこの周辺の情報集め役なのですけど、もう少し前のほうにでてみたほうがいいかもです」僕も馬車に乗り込んだ。この馬車は補給物資を届けるものらしが、となりのムーさんの雰囲気はすぐにでも戦いをはじめたそうである。こんな風に、戦争を前に頼もしい人がうらやましいなと思う。そして僕は笛を取り出す。馬車にゆられながら、これから戦に向かう人々を称えるような行進曲を吹いてみた。
見張りをしつつも会話で緊張を解していく。敵の姿が無いとはいえ、戦場故に安心は出来ない。そしてそれは唐突にやってきた。「部隊の再編成…?」兵士が伝えてきたのは配属変更の報せだった。攻撃と防御に部隊を別ける…私たちは進軍する部隊へ。なるべく遠くで敵を討ち、突破した敵は森へ入れさせない。そういった考えなのだろう。「ちょっとした遠出になりそう。準備はしっかりね」同じ任務を受けた兵と共に慌しく荷物を纏める。森から離れに離れて、目指す先は砂漠の地。
野営をして数日、戦況は大きく動いていないのかまだ敵兵の姿は見えない。「敵国も進軍ペースが速い、というわけではないようですね。静か過ぎて戦に出ているのを忘れてしまう位。尤もここまで攻めて来ていないというのは良い事なのでしょうけど」焚き火に薪を入れながら呟く。「あぁ、ここにお芋があったら焚き火で焼き芋ができ…ご、ごほんごほんっ」上官の冷たい視線を感じ慌てて咳払いをする。視線を合わせまいと横を見れば応禍さんが伝令の兵から何かを伝えられていた。『部隊再編成からの進軍』しっかり準備をという彼女に頷きながら遠くこれから向かう先を見つめ目を細めるのだった。
先行兵の仕事は偵察と妨害工作である。そして比較的人数の居る我等の場合は、同じ先行兵の掃討も任務に含まれる。つまり全く敵に遭遇しないのも、それはそれで問題なのだ。『暇ッスね〜』「両軍主力が衝突するのは、おそらくこの辺りでしょう」『何も居ませんぜ?』「既に多数の敵が散っている筈です。探さねば…」『散りますか。こんな大人数じゃ目立ち過ぎますです』「では、私は西側を捜索します」馬車から持ち出したのは、ザフの矛と数本のスピア、そしてスイが入ったライト。(さあ、私は一人だ。誰か襲ってこい…)私はライトの蓋を開いて周囲を照らしながら、ドルコダ方面へと歩き出した。
突然風が砂を巻き上げ、私の頬を叩いた。「うわ・・・っぷ」思わず腕で顔を覆ったが、目の端に何かが映った。咄嗟に手を伸ばし、それを掴む。「これは・・・」見るとそれは地図だった。何故こんな所に地図が飛んでくる?辺りを見回すと、砂に煙る視界の向こうにぼんやりと影が見えた。「何故海から・・・」先程遠くに見た砂塵とは逆方向からの人影。私は警戒し体を固くした。剣は翼の中に隠してある。何かあれば直ぐに構えることが出来ない。(ティエン、臆するな。落ち着いて旅人を装うのだ)二翼の言葉に頷き、私はその姿が現れるのを待った。※ニコラウス殿、お相手お願い致します(深礼
『僕はこの周辺の情報集め役なのですけど、もう少し前のほうにでてみたほうがいいかもです』確かに、そういう音がしない。…どうも、相手国もここら辺りまでは来れて無いようだ。「おう。降りるなら好きなタイミングで言えよー」馬車に乗り込むリトに向かってそう告げる。隣のエルフがさらに険しい顔をしているが、気にしない。今御者台で手綱とってるのは俺だし。馬の足を少し早め、ドルコダへと歩を進ませる。…と。後ろから聞こえてくる、勇壮な曲。笛の音?「…へぇ。リト、楽師だったの?」これはいい。やる気が出るな、と呟く。今なら良い戦果が上げれそうだ。
ドルコダの野営地到着ーっとォ。ここまで何ら問題は無かったな!戦場は…えー。まだ先?そりゃそうか。…あれ?さっきまで隣に居たエルフは?ああ、荷下ろし。荷下ろしね。ふーん…「あのさー、この馬車の荷物、前線まで届けろって言われてるんだ」近くに居た公国の兵に一方的に告げる。「ごめんよ遅れて!補給部隊、もう先行っちゃったんだろ?責任者にちゃんと来たって伝えといてくれよ!」今から急いで追いつくからさ!と宣言。荷運びに行ったエルフが視界から消えるのを確認し、馬に一発鞭を。「れっつごー!」馬車は再度走り出す。…あれ?そういや荷台のリトは?乗ってる?降りてる?
「ま、待てー!」 といっても少女姿の人狼が、追いかけるのは一枚の紙。戦場で何やってるんだこの狼はと、呆れられたかもしれないけれど、そんなこと今の少女にはなんの効力にもならなかった。少しばかり回りに目を向けた方が良いのではないだろうか。 片手をぶんぶん振り回し、追いかけて――当然砂を削る銀のハンマー。忘れず持っているという事実が示す事、それはこの場で何が行われているか少女が理解しているという事になるのかもしれない。尤もついそのまま持ってきてしまっていただけかもしれないが、そればかりは少女の頭をかち割らないとわからないことである。 とまあ馬鹿さ加減は其処までにして。
あっと見た先、誰かの手に吸い込まれてゆく地図がある。真紅の双眸は大きく開かれ、しっかり驚きの形になる。獣が故に目は悪くなく、その人を見ようと目をこら――して後ろから叩きつけてくる風……即ち再び少女の体は砂に埋もれた。何度転べば気が済むのか。 あたたと頭を起こして、何度かふるって、今度は砂に足を取られないように、少女はゆっくり前へと進んだ。妙に慎重だった。「――あ、えと、こんにちは。地図、えーと、飛んできませんでしたか?」 そして先ほど、その地図を取っただろう人に頭を下げた。※ティエンマさん>こちらこそよろしくお願いいたします(ぺこん)
ようやく、地面の感触が変わった。ずぶずぶと沈む砂と違って、確かな踏み心地。辺りは、もう闇に包まれ始めている。どうやら、此処で野営するらしい。――自分も休憩しようと、深く被っていたフードをばさりと脱いだ瞬間『うわっ…!!』変な声がした。ふと見ると、目を大きくしてこちらを見つめているリザードマンの兵士。『あ、なんだ味方か…お前闇エルフだから、公国の奴かと思ったよ』その兵士は、へへへ、と誤魔化すように笑った。あはは、とこっちも苦笑い。その時だった。木々の間から、ちらりと光が見えた気がしたのは。
「……」何も告げずに、地を蹴る。背後から、戸惑い気味に「おい?」とか言われた気がしたが――後回しだ。敵かもしれない。木に背中を付け、少しずつ、少しずつ光の方へ。あれは、ランプ?音を立てないように剣を抜く。準備体操のように軽く振り回した後――息をつめて、人影の前に躍り出る。「――止まれ!貴方は一体…」剣の切っ先をぴた、と向けるが。言葉が途切れた。その顔。見覚えがあった。「貴方は…コウ、さん?」
人影は一度砂の中に埋もれたかと思うと立ち上がった。どうやら転んだらしい。どうにも緊張感に欠けるが、近くに来たその姿を目にした時、手にした得物と共に敵だと認識した。白い髪と紅い瞳の少女──少々自身に似ている容貌だが──時折見え隠れする尾尻は、彼女が獣である証だ。現れた方向も海沿いではあるが砂漠、何より手にしたハンマーは、彼女が戦う為に訪れたことを伺わせる。「──あ、えと、こんにちは。地図、えーと、飛んできませんでしたか?」「あ、ああ。これですか、お嬢さん。 砂漠は風が強いですからね。飛ばされぬよう、 しっかりと懐に入れておいた方が良いですよ」
握りしめていた地図を少女に返す。出来る限り自然に見えるよう微笑んだつもりだが、フードに半分以上隠れた表情が相手に見えるかは疑問だった。「お嬢さんはどちらへ?公国とルドラムが開戦している。 下手するとこの辺りまで戦火が来るかもしれません。 私は行商の為にナトーム村へ行くつもりですが・・・ お嬢さんは帰られた方が良い」出来ればここは穏便に抜け、ナトーム村へ潜入したい。だが少女は、こちらをいぶかしんでいる様であった。戦時中の今はそれも当然のことのように思われる。
卓上の地図に置かれたビショップの駒。それを神都コブムからナトーム村へと移動させる。茶色いコートを羽織り、銃をホルスターに収め。防塵マフラーを首に巻きつけ、会議室を後にした。『小隊長、どちらへ?』会議室の前にいた衛兵に声を掛けられ、ちらりと目線を送る。口を覆ったマフラーを少し下げて、返答を述べた。「僕の隊はナトーム村の警護に向かいます。 敵兵が旅人や行商を装って、侵入してる可能性がある」そしてその可能性は、都よりも村の方が高い気がする。村には城壁や、見張り台といったものがないからだ。
ナトーム村に到着し、その町並みを細い目で見て回る。旅人や行商の幾人かは、検問で厳しいチェックを受けていた。持ち物検査だとか、身分の証明だとか、その辺りだろう。僕達の隊は、早速ナトーム村の警護に参加した。総勢30名はいるのだろうか、彼等は村の周辺へと眼を向ける。僕自身も双眼鏡を構え、村の外の監視を始めようとした。背の高い大柄なリザードマンの肩を借りて、ひょいっと乗せてもらう。「少し進んで」などの注文を加えたりして、見つめる方角は村の南西辺りだ。「…ふむぅ、砂嵐が激しいなぁ」左手をリザードマン兵士の頭に添え、見たままの景色を呟いた。
頭を上げるけれど、その顔は見えない。誰なのかなど当然わかるわけもないが、“拾ってくれた良い人”という位置付けに置いた。 忠告を受けたのだから、ほぼ確定。少女は神妙に頷いて、その地図を受け取り、広げる。「でも、見ないと迷います」 見ても迷っのだが。 フードの下の顔などわかるわけもない。だから、どういう人なのかなと少し気になって、彼の顔を覗き見ようと思った。 ――が、それは彼の言葉に止まる。「お嬢さんはどちらへ?公国とルドラムが開戦している。 下手するとこの辺りまで戦火が来るかもしれません。 私は行商の為にナトーム村へ行くつもりですが・・・ お嬢さんは帰られた方が良い」
戦争の事は当然の事ながら知っている。少女としてはお手伝いしたいなぁと思っていたのだが。 方向もわからないし、どうしたらいいのかと思っていたのも確か。ついでに、砂が巻き上がって苦手だと思っているのも、確か。 プラス彼の言葉はつまり、何処がナトーム村だかわかっていると少女に教えたわけで。 彼がエルフィネスの人だと少女は気付いていないのだが、再び彼の事を見て。「ええと、あの。 ……ナトーム村、私も行きたいんです」 私も連れて行ってくれませんか? と。 見捨てられたら迷子になる。その気持ちが、不安の色をした声に現れる。 真紅の瞳が彼の目を覗き込もうとした。
「ええと、あの。 ……ナトーム村、私も行きたいんです」不安げな声で彼女が言った。顔を覗き込む瞳は、人なつっこさが浮かんでいる。どうやらこちらを疑っている様子はないようだが・・・彼女を連れて行くとなると裏道は使えない。ナトーム村は何度も来た時がある。一目を避ける道もよく知っている。ただ、他人にその道を知られたくない。(連れて行けば良い。自国兵士と同伴であれば、 もし村に敵兵が居たとしても不振に思われぬかもしれぬ)二翼が囁く。私は小さく溜息を付いた。ここで拒めば、穏便には済まないだろう。二翼の言う通り、連れて行った方が得策かもしれない。
「ではご一緒しましょう。 ただ私は村に入る前にやることがあります。 それで良ければどうぞ」多分村の入り口には、兵士相手に商売をしにきた人々で溢れている筈だ。空を飛んできた私は、最低限の軽装備しか持っていない。らしくするには、彼らから仕入れるのが手っ取り早い。そして、ふと彼女を見て手を差し出した。「お嬢さん、その引きずっている物を持ちましょう。 何だか大変そうで・・・」そう言って微笑んたが、ああそうかと思う。武器を取り上げておけば、彼女は使えるかもしれない、と。
彼がため息を吐いたのを、少女は認めた。呆れられたのだろうか。尻尾を力なくたらさせた。 が、続いた言葉に顔を輝かせる。「ではご一緒しましょう。 ただ私は村に入る前にやることがあります。 それで良ければどうぞ」 ぱぁっと少女の顔が輝いた、ようにみえたかもしれない。でもふと気になって首を傾げる。 今この時期に行商人の人が、わざわざ戦争の真っ只中に来るものなのだろうか。確かに物資は必要だ――と思って、まぁいいかと結論付けた。 少女にはやっぱり、危機管理能力が欠けているようだ。今更であるが。「わかりました。えと、村に入る前ですね?」 何をやるのかという好奇心はおいておいた。
「お嬢さん、その引きずっている物を持ちましょう。 何だか大変そうで・・・」 大変、ということは重そうに見えるのだろうか? 持ち上がらなければ武器にならないのだから簡単に持ち上がる。少女は唸って、何度か腕とハンマーを見比べた。「えーと。これでも、人狼なので、力はありますよ? …持ってみますか?」 ――少女は人狼である。つまり握力も腕力も実際酷いものである。人の部分もあるにはあるが、こういうものを持つときにはしっかり狼の部分を使うわけで。 簡単に言おう。人間や他の種族にとって、実はけっこうというよりも寧ろかなり重いということを、少女はまるっきし理解していないのだった。
顔を綻ばせ素直に喜ぶ少女に、少し胸がズキリとした。しかしこちらも身を守らねば使命が果たせない。戦時中だから仕方がないと己に言い聞かせる。武器を持とうと言う私の申し出に、やはり彼女は渋い顔をした。「えーと。これでも、人狼なので、力はありますよ? …持ってみますか?」私が危惧していたことと違う応えが返ってきた。どうやら彼女の力は、私が思うより強いということらしい。戦士として武器を手放すことには頓着していないようだ。「お嬢さんより力がないと思われるのも癪だな」私は彼女の持つ武器に手を伸ばした。
手に取った彼女の武器は、柄の長いハンマーだ。それはずしりと重く、確かに通常の者であれば持つのは不可能だ。まして振り回すことなど難しい。私はくるりとハンマーを回してみせた。実はバードマンは、見た目よりも力がある。それは空を飛ぶ生き物全てかもしれないが、胸と背中、二の腕の筋肉が、飛ぶ為に発達しているのだ。「確かに重いね。だが持てない重さじゃない。 ナトーム村までの距離は然程ない。 君が疲れていないというのであれば返すが・・・どうする?」私は砂嵐で煙る方を指差した。風さえなければ、そちらにナトーム村が見える筈だ。
ナトーム村の南西に吹き荒れる砂嵐。その見慣れた光景に、今日ばかりはため息をついた。「これじゃ周辺警備も大変そうだ」マフラーに加えてゴーグルも装備し、振り掛かる砂埃に備える。僕を肩に乗せて歩いてくれてる蜥蜴兵も、鉄の兜を被った。『こんな砂嵐を、公国の連中が抜けてくるのか?』「公国軍の全員がエルフってワケじゃないよ。 中にはリザードマンだっているかも…、可能性はゼロじゃないんだ」傭兵云々の存在を考えれば、それが一般的な考え方だ。在り来たりな事を再確認した後、砂嵐と向き合う。「もうちょっと進んで。砂嵐の向こうを見たい」『…これ以上行ったら俺の警備圏外だ』
蜥蜴兵の兜を、両手で掴んで揺さ振る。彼の耳元に顔を寄せて、小さく囁いた。「伏兵とかを見つけて捕らえればお手柄だよ。 グレングス様から直々に勲章がもらえるかも」真面目な人は、お金を見せれば怒り出すことが多い。だが名声や勲章などをちらつかせると、彼はため息を付きながらも誘いに乗ってくれた。こうして、ネコと蜥蜴のタッグで砂漠を進むこと数分。前方に二つの人影を確認して、その場に立ち止まった。『ネコ、見えたか?』「人影が二つ。顔までは…、砂嵐が酷くてムリだ」『そうか』と返事を返す彼は、背負った戦斧に手を掛ける。僕も懐を探って、銃のグリップを握った。
「確かに重いね。だが持てない重さじゃない」 そう言って、ハンマーを持ってくるくると回す様子に、少女はびっくりとして目を丸くした。多分家主さんよりこの人の方が力が強いんだなぁと思ってしまったのは、内緒の話だし、今はおいておこう。 それから指を指された方向に目を向けた。 そうかあっちがナトーム村か! と、ようやくわかった方向と地図を見比べる。「ナトーム村までの距離は然程ない。 君が疲れていないというのであれば返すが・・・どうする?」「ええと。疲れてはないですけど。どうしましょう?」 特別にハンマーに愛着はないようだ。武器を持つものとして、やっぱり何か欠けているのではなかろうか。
とはいうものの、よしんば彼がエルフィネスの人だとして、持ってもらっていれば楽…というより、両手が空く=すばやく動けるという特典もある――と少女が考えているわけもなかったが、実際はそうであった。「んー…やっぱり悪いです」 風は今も強い。結論を付けたときに吹いてきたそれに、わぷっと目を閉じてふるふる頭を振った。 ふと、誰かに見られたような気がして、首を傾げる。 彼は気付いているだろうかと、彼を見ながら、手を出した。「重いものを持って貰うのは、子供のうちだけなのです!」 ――どうやら、おかしな結論になったようだった。 二人分の影を、彼女はまだ捕らえてはいない。
「重いものを持って貰うのは、子供のうちだけなのです!」その意気込み(?)に思わず苦笑した。「面白いね、君。そういえば名前を聞いていなかった。 私は・・・風鳥。君の名は?」そう言いながら、ハンマーを彼女に差し出す。自分の真の名は名乗らなかった。私の名を知る者が敵軍にいるかもしれないからだ。だがその時だった。(ティエンマ!誰か居るぞ!)気配で周りを認識する二翼は、逸早く何かを見付けた。私はハンマーを持った手を思わず引いた。
武器を握ろうとした彼女の手は空を握る。私は二翼の意識が向いている方向を睨んだ。見つめる先は砂の風。その中にぼんやりと何かの影を捕らえた。「・・・何か・・・いる」呟き、じりっと後ろへ下がる。こんな場所で出会うとしたら、味方である確率は低い。それも敵が駐屯していると思われるナトーム方面からとすれば尚更だ。手にしているのは彼女の武器。使い慣れぬ武器よりも・・・腰に隠したナイフに手を当てた。そしてさり気なく彼女の後ろへと回る。※ケーシィ殿、お相手宜しくお願い致します(礼
砂塵の中、双眼鏡を覗き込む。その結果、やっと顔を捉えることが出来たが。「えっ…」両者とも、見知った顔だった。『知り合いか?』と尋ねてくる下の彼に頷く。その心境はどうも複雑で、言葉で言い表すことが難しい。白い尻尾を生やした彼女は、ルドラムの広場で見かけた顔で。赤い額当ての男の方は、"今期の広場"じゃ見なかった顔だ。僕がリザードマンの大きな肩から飛び降りた頃には。男の方が先に、こちらの存在に気付いたようだ。白尻尾の彼女に背後に身を置き、彼はこちらに身構える。その行為に僅かな確信を持ちつつ、グリップを握り直した。
僕は、かつてティエンマと名乗った男を知っている。だからこそ、荷物のように見せられた布の中身も分かっている。だが、今は砂嵐が吹き付ける悪天候だ。その上、彼の手には出所不明の巨大ハンマーが握られている。その姿を潜めた大きな翼でも、この条件では満足に飛べないハズ。今、布に覆われた翼を狙えば、回避される確率は高くない。「再会を記念して…、互いの牙を交えよう。 それが僕が考える、戦場での流儀なんだ」かつての友人を敵と定め、自らの牙である銃を引き抜き。銃口から鈍色に輝く光弾が、商い品に扮した翼を目掛けて飛び出した。※ティエンマさん、ニコラウスさん、よろしくお願いします。
『貴方は…コウ、さん?』「おお、マーシェ殿。むっ、隠れて!」急ぎ少女の手を掴み、木立の奥へと身を隠す。「そのまま静かに…」やがて通りの方に、大規模な集団が現れた。その列は長く、所々に旗が立っている。「あれはエルフィネスの国軍主力部隊でしょうな。 このまま西に進軍するものと思われます」ようやく敵に遭遇したとはいえ、こういったいわば"正規戦"のようなものは、我々の任務ではない。第一、挑んだところで犬死もいいところである。できればこのまま敵をやり過ごし、その後に続く補給線を狙いたい。
息を殺して身を潜めていると、通り過ぎた敵軍本隊を追うように一台の荷馬車がやってきた。本隊の補給部隊への物資搬送だろう。「獲物が来ました。あれを狙いましょう」マーシェ殿に声を掛け、背中に背負ったスピアを一本構える。相手との距離を計算し…「ていやっ!」気合一投、スピアを放った。
差し出されたハンマーを受け取ろうと掴もうとして、少女は笑う。名乗りには、少しばかり不機嫌そうな顔をした。面白いというのが褒め言葉に聞こえなかったようだ。「面白いね、君。そういえば名前を聞いていなかった。 私は・・・風鳥。君の名は?」「えと、ニコラウスって言」 しかし手は引っ込められて。握ろうとした銀はない。 そして感じた気配にきょろとあたりを見回して。 呟かれた言葉に彼を見る。何か、確かに何かはいるだろうが、何ゆえここまで警戒するのか。もちろんそれが戦場で正しいことであっても、少女にとっては不思議なこと。 後ろに回る彼。彼女は振り返ろうと――
――したのだが。「え?」 遠くの声も聞こえるのは、今その耳はちゃんとというかなんというか獣の耳。 その声は確か、そう、どこか――最近聞いたということは、間違いなく同じ国に仕えている人だろう。 その人の言葉は、少女の耳に砂と風の音と一緒に届いた。 そして飛来する鈍い色のモノ。 何かと少女は認識したのか否か、軌道など読めるわけもないが、避けるのならばしゃがめば良いのだろうか? 少女が考えるのと同時に体はそのように動こうとした。※ケーシィさん、よろしくお願いします!(ぺこり)
「!!?」突然の衝撃と揺れ。動揺する馬を諌め、横目に…うぉあ。さっきまで公国のエルフが居た場所に深々と穴が空いている。というか何かが突き抜けている。槍か、と気付いた時には馬より自分が動揺していた。「うわわわわ…!」馬車を止め、転がるように御者台から降りる。槍が飛んできたのとは逆方向へ。荷馬車の幌を盾に、その場にしゃがみこんだ。とりあえず誰だ。こんなもん投げてきた奴は。とにかく息を潜めて様子を伺う事に…ああもう落ち着け。こういう時は深呼吸だ。大きく息を吸ってぇー…「テメコラ何者だァ!!死ぬとこだったじゃねぇか!!!」おおお何叫んじゃってるの俺。
>「あれはエルフィネスの国軍主力部隊でしょうな。> このまま西に進軍するものと思われます」これは「東に進軍」でした。ドルコダからファディア南方を通ってルドラムに入るなら、東向きでしたね。訂正します。
強い風の吹く中、視界は酷く悪い。敵の居る方向が分かっていても、霞む影しか確認出来ない。(・・・来るぞ)二翼が警告したとき、遠くで何か乾いた音がした。と、同時に目の前の少女が身を屈める。咄嗟に私も体を低くする。それは二翼を包んだ布を切り裂き、後方へと流れていった。幸い当たらなかったが、布は裂け、緑に塗ったままの翼が覗く。もう布は役に立たないようだった。私は軽く舌打ちをし、布を引き千切るように風に流した。右手に持っていたハンマーを、まだ身を屈めている少女の頭上で力の限り振り回し、空に離した。
ハンマーは風を切り、敵の居る方へと飛んでいく。だが、この距離では届かないかもしれない。あれが届く範囲まで飛び込んでくれればしめたものだが。砂に落ちた剣を拾い、身を屈めたままの少女に声を掛ける。「ニコラウス、と言ったか。すまないがこちらへ」抜いた切っ先を彼女の首筋にピタリと当てる。相手は銃を持っている。私を敵と認め攻撃してきたからには、素性がバレているかもしれない。そして向こうからはこちらが見えている。接近戦用の剣しか持たないこちらの方が断然不利だ。申し訳ないと思ったが、私はこの少女を楯にすることを決めた。
空気を何かが引き裂いた。音を捉えた耳、今度こそ振り返り、後ろにいる彼を見る。 少女が見たのは、翼だった。 それも変な(というのは酷いが少女の感想はそれだ)緑だった。 飛んでゆく布。流れてゆく思考。バードマンなのかとか色々とあるようだが、見えないものは置いておく。序に弾が飛んできた方向に、ハンマーが投げられてしまったのも。 何より少女に驚きを齎したものは、それではない。 ぴたり、と、冷たい感触が首に当てられた。「ニコラウス、と言ったか。すまないがこちらへ」 皮膚を破ったなら赤い血が出るだろう。 真紅の瞳は少しゆれて、だけれどその刃に肌を裂かれぬように頷き、行動に移した。
放たれた弾丸は布を貫き、切り裂く。露となった翼は何故か緑色をしていて、無傷だった。外したか。そう思って追撃を加えようとした時、彼の手中にあったハンマーが、こちらに向かってきた。回転しながら飛んでくるソレを、半歩下がって避ける。砂塵の風圧もあってか、ハンマーは僕の少し前辺りで砂中に沈んだ。ここで見る限り、砂の外側からじゃ柄の部分しか見えてない。「…僕の力じゃ持てないな」これだけ重いモノを、常に引きずって歩いてる彼女の力は相当だろう。コレを思いっ切り投げつけてきた彼の力も然りだ。近接戦のリスクを目で再認識した後、白髪の二人を睨む。
彼女は首筋に刃物が突き付けられて、身動き出来ない状況だ。僕は思い切って声を張り上げ、有翼人に呼びかけた。「久しぶりだね、ティエンマ・ウインド!」僕が発する少し高めの声は、彼にも聞き覚えがあるハズだ。こちらから正体を明かし、注目を人質から僕に向けさせる。「敵として出会った以上、容赦はしないよ。 その位置は僕の射程圏内だ、下手に動かない方がいい」恐らくコレは、彼自身も感じていたことだろう。彼女を盾にしても、意思を持つ翼までは庇えない上。僕はその巨大な翼を、直接狙い撃つ術を持っている。「おとなしく彼女を解放して、投降するんだ。そうすれば命までは取らないよ」
剣を向けるなんて、なんて無礼を。謝ろうとした瞬間、手を引かれ、木の陰へ。一体何が、と口を開こうとするが、『そのまま静かに…』緊迫した声に只ならぬものを感じて、黙ってこくりと頷いた。通り過ぎていく。何処と無く高貴な煌めきを放つ剣。真っ直ぐ前を見据え進む、深緑の妖精王の国の兵士達。「もう、こんな所まで…」止めなくては。多くの血が流れる前に。でも、どうやって?二人で?無理だ。人数的に。今からこのことを伝えに隊に戻る?無理だ。絶対見つかる。 一つ一つ、潰していく。焦りだけが、どんどん膨らむ。早くしないと、悲しいことが、たくさん――
『獲物が来ました。あれを狙いましょう』その声にはっと顔を上げる。目に入ったのは一台の荷馬車。(…そうか)主力部隊は、さっきまで自分と行動を共にした彼らに任せておけばいい。そう遠くないから、きっとぶつかるはず。 ――ならば、ボクらがすべきことは一つ。槍が投げられた。それと同時に剣を握り、馬車の前に飛び出す。『テメコラ何者だァ!!死ぬとこだったじゃねぇか!!!』響き渡る怒声。一瞬ドキッとしたが、剣は構えずに持ったまま告げる。「この先は、ルドラム獣人連合領。荷物を此処に置き、退いていただきたい」自分の声が静かな木々の間に響く。
彼女はこちらをちらりと見て、小さく頷いた。私はごめんよと囁くように言うと、軽く肩を押し、前に進むよう促した。(すまぬな、狼の娘。この場を切り抜ければ解放する故)二翼が彼女に語りかける。一瞬何処から声が聞こえたのか分からないようだったが、私は背中の二対の翼を顎で指し示した。「二翼という。私の身体は2人で1人だ。 だから力も人より強い。大人しくしていた方が身の為だ」かなりの力を持つ彼女を、言葉でも押さえ込んでおく。
出来るだけ至近距離に寄らねばならない。せめて相手の顔が見えるくらい近くへ寄らねば・・・「久しぶりだね、ティエンマ・ウインド!」砂塵の向こうから声が聞こえた。この声には聞き覚えがある。ルドラム仕官時に、よく城で顔を合わた友。「・・・ケーシィ殿か・・・っ!」知らずと声が震える。この戦争が始まった時から覚悟はしていた。もしかして友と戦うことになるかもしれないと。
「敵として出会った以上、容赦はしないよ。 その位置は僕の射程圏内だ、下手に動かない方がいい」彼は警告を放つ。そして投稿する様に促す。「それは出来ない相談だな」私は一人ごちる。ただ分かったことがある。ナトーム村に駐屯している部隊はケーシィ殿の部隊。きっと他にも部隊がいるだろう。危険レベルは『赤』。私はそっと右腕に着けた信号弾に手を伸ばした。1・2・・3本目。下に付いた紐を引くと、ヒューンと音を立て、空に向かって赤い光が伸びた。
声を張り上げてから、しばらく経った頃。問いかけの答えは「NO」と取れる行為で返された。花火が上がる様な音と共に、赤い光の筋が天へと昇る。やはり偵察だったか。行商に扮している時点で、その可能性を踏んでいたが…。光の色―、赤から察する事項は"危険"、もしくは"激情"。侵攻ルートの変更を促しているのか、それとも攻撃の合図か…。「村の連中に伝えて。 ケーシィの小隊はナトーム村南東へ進軍せよ!」背後に構える蜥蜴兵に、早口でメッセージを送る。僕自身は彼に眼を合わせる事も無く、相手に銃を向けた。
蜥蜴兵の足音は、やがて砂漠の風に溶けて消える。音を耳で拾い上げ、視線は相手を捕らえて放さない。足を取られぬよう砂を踏みしめ、少しずつ距離を詰める。本当なら、確実に攻撃を当てられる位置まで接近したいが…。相手があの人質をどう扱うか…、それは現段階では予想できない。だが…、今の段階で人質の命までは奪わないと判断する。自ら盾を捨てるようなことは、この条件下では出来ないだろう。(距離を保ち続けて撃ちまくれば…、いずれ…!)狙う箇所は、的が上部に大きく広がる緑色の翼。用いる弾は、速度を重視した魔弾"レイ"。翼の骨格に狙いを定め、銃口から5発の瞬速弾が掃射された。
赤い光は風に流されつつも、弧を描き落ちてくる。この信号弾は味方に危険を知らせるもの。ナトーム村へ来るなと言っているも同然。だから味方は来ない。自力で逃げるか、それとも戦うか、2つに1つ。信号弾を撃った時点で、私の仕事は終わっている。あとはこの身を守るだけ。それが一番厳しいのだが。「二翼、撃って来るぞ。細くなれ」実際に細くなるわけではない。相手に向かって垂直になるよう翼を立て、的を小さくし、命中率を下げるのだ。
「しかし・・・人質が居るのに撃ってくるとは。 敵の手に落ちた者はどうでも良いのか」己で楯にしてなんだが、少女の身の上を気の毒に思う。砂塵の中から1つ影が消えた。ナトーム村に援軍を呼びに行ったのだろう。早く逃げなくては・・・いや、逃げ切れぬか「だったら、将を討つまで!」私は彼女に突きつけていた剣を引いた。楯としての役割は多分もう、ない。「逃げろ。味方の弾に当たらぬうちに」彼女の肩を引き、砂の上に倒す。これで弾には当たるまい。幾つかの音が砂塵の向こうから聞こえた。私はその音のする方へと飛び出していった。
どこからか声をかけられる。少女はびっくりして、首に刃をつきつけられたまま、後ろを振り返った。 示されたのはその翼。「ええと…?」 二翼。 なるほど、翼にも人格があるのかと、思ったかどうか―― どうやら顔なじみだったような二人の言葉の応酬に、なんだか足手まといの立場でありながら、困惑の目をした。 ――そして赤い信号?「しかし・・・人質が居るのに撃ってくるとは。 敵の手に落ちた者はどうでも良いのか」 いやたぶんそれは私がドジだから、と、少女が言うことはできなかった。のでもちろん言っていたのかどうかも怪しいところだ。 でもさすがに。「た、弾にはあたりませんよ!」
砂はやわらかい。 顔だけ起こしてそんなことをいう。 悪い人ではないのだろう、おたがいに。 それでも戦争というものは、少女にも、顔を知る人たちにも、それを強要する。 嫌ならば戦争に出なければいいのだが――少女はこうやってここにいる。 ならば。「今は、黙っておくほうが、いいでしょうか…」 怪我しそうなら、止めようか。 そんなことを考えながら、自分の足の位置に手を触れさせた。 そこにあるもの――それはピコピコハンマー。 まったく武器にはならないが、二人が戦っているのをいいことに、それを自分がすぐにもてるように、せっせと用意を始めたのだった。
「その判断に感謝するよ…」弾丸は回避されたが、彼女はここで解放された。楯として扱えない人質など、相手にとっては重荷でしかない。無情な攻撃を加えれば、いずれは解放されると踏んではいた。そのシナリオがイメージ通りに描けて、正直ホッとした。後は、彼女に流れ弾を当てぬように気をつけるだけ。そうこうしている内に、敵はこちらに迫ってきた。「でも、流石に接近戦はごめんだね…!」銃を持たぬ左手の爪に魔力を込め、それを右斜め上に振り抜き。生み出された風の刃で接近を妨げ、僕自身はさらにその場を後退する。
馬車の後方、荷台を背にしたまま腰にさしていた不揃いの剣を抱くようにして反応を待つ。『この先は、ルドラム獣人連合領。荷物を此処に置き、退いていただきたい』うるせぇ、聞けるかそんなもん。…って、女の声?逃げるのに夢中で良く見てなかったが、そういや槍と一緒に飛び出してきた奴が居たっけ。「…あーあぁ、わかったよ!武器捨てっからさ、槍で狙い撃ちとかやめてくれよ!?」舌打ち混じりに吐き捨てる。前線に着く前に敵兵に引っかかるとはついてない。左手で刀の鞘の先を持ち、鍔の方を荷台の影から突き出す。ついでに馬車の前の奴に見えるように上下に振ってやった。はいはい、捨てますよーっと。
ごめんティエンマ。せっかく貰った刀だけど。ひょい、と。体は隠したままで刀を放り投げる。…せっかくの刀だけど、囮にしか使えないわ。だって重いしさァ、これ。刀が宙を舞う間にその場でターン、袖から抜き取ったナイフを荷台へ向けて投げる。幌を裂いた投刃が向かうのは、荷台の向こうの女。…ではなく、その前に居る馬!「荷物は自分で受け取ってくれ!!!」鞭ではなくナイフで尻を打たれたそれが悲鳴をあげ、走り出す。道沿いに。剣を構えた女に向かって。
走り出す時に彼女が何か言ったようだったが、特に私を追撃する様子はなかったので、振り向かず突き進む。出来るだけ身体を左右に動かし、焦点を合わせられないよう砂を蹴る。二翼も背中からはみ出さぬよう翼を絞る。弾は当たらず、やっと顔を見ることが出来る位置まで歩を進めることが出来た。剣を構え、間合いに入るまでもう少し。だがケーシィ殿の左手に何か変化が起きた。魔力が収縮し、風が吸い込まれていく。それは手から放たれると、私に襲いかかってきた。「く・・・っ!!」両手を交差させ、身を守る。渦巻く風は刃のように身体を傷付けようとする。
(風の精霊よ。我は汝らの隣人、友也!)二翼の声に風は小さく唸り、つむじ風となって消える。決して魔力があるわけではないが、風の民と言われる種族だからこその加護がある。傷は頬に小さく血を滲ませただけで済んだ。しかしもう少しと思った間合いから、彼はまんまと逃げ仰せた。どうすればケーシィ殿の間合いに入れる?手に取ったのはあの小さなナイフ。この距離なら十分届く。ならば・・・私はナイフを投げる。それを追いかける様に再び駆け出した。
ひらひら、と男性の剣が振られる。その様子を、顔を隠すフードを少し上げて見つめる。飾り剣で無いのならば、紛れもなく刀だ。しかし、まだだ。余計な荷物を持ちたがらない旅人のボクでさえ、装備は剣1本では無い。腰にダガーを吊っている。簡単に武器を手放すということ。疑うのならば、それは何か別の保険があるということ。刀が投げられる。どさ、と重そうな音を立てて足元に落ちた。――その瞬間、悲鳴のような嘶き声。『荷物は自分で受け取ってくれ!!!』同時に響く、男性の声。驚いて、顔を上げる。「しまっ…!」
やられた。刀しか見ていない間に何かしたのだろう、馬が荷車を引いて、こちらに猛然と向かう。「くっ…!」咄嗟に横へ受身を取り、馬車をやり過ごす。しかし、この道の先には。先程なんとかやり過ごした主力部隊が進軍しているはず。このまま馬が進むと、気づかれてボクらは袋叩きだ。「コウさん…!」声を張り上げる。「ボクは馬車を追います!彼の相手を頼みます…!」そのまま、剣を収めて駆け出した。
「うーん。出番、ないです」 なんだかよくわからないが、少女はそう呟いた。何をやっているのか、わからないようだ。どうやら距離をつめたいらしいバードマンの彼――風鳥と名乗ったが、どうやら本当はティエンマというのだろうと、それくらいは予想している――と、そうさせたくないらしい同じ国のケーシィさん。 少女が応援するのは後者であるが、当然の事ながらついていけていない少女は邪魔にしかなるまい。「っていうかお荷物ですよねぇ…」 先ほどの赤い信号を思い出す。後ろを振り返る。 もしかして誰か来るのだろうか。来たらこのピコハンで…と、どう考えても無理だろといえることを少女は決意し、手に力を込めた。
馬車のなかにいたところで敵の襲撃。隠れながら僕は耳に集中する。主力軍とはここは違うルートだが、ここが相手にたたかれたら、こちらの軍の補給線に傷かつく。――このことを味方にしらせないと。急に笛の音で変わった音を吹き鳴らす。遠く本軍へと届く、奇妙な音色。あらかじめ申し合わせていた音色でこちらの状況を伝えた。「さて、援軍がくるまでここを保たせましょう」今の旋律で僕の存在は襲撃者に知られただろう。僕は急に走り出した馬車をとっさに飛び降り、風の旋律を指輪ではじく。あたりの風の動きを音の動きで感じる。これは次の旋律への準備だ。
爪から放たれた風の刃は、彼の翼によってつむじ風に変わる。流石は風の民…、風術を無効化する術を持っていた。それでも、今までは距離を保ててはいるが。なにせ駆け足と後ずさりだ、いすれは追いつかれてしまう。先程の刃も、何度も通用するとはとても思えない。その時、鋭く光る何かが視界に入り込む。それはティエンマさんの手から離れると…。「…ナイフ!?」鋭い切っ先は、気付いた頃には目前に迫り来る。すぐさま銃身を振り抜き、ナイフを弾き飛ばした。あさっての方向に飛んでいくそれの後。軌道を追うようにティエンマさんが突っ込んでくる。
振り抜いた直後の銃では、狙いを定める暇も無い。風刃の牽制も考えたが、あの勢いは止められそうにも無い。「だったら…!」地に埋もれた左足を、高く右斜めに振り上げる。微かに風の魔力を込めた回し蹴りは、砂漠の砂を巻き上げた。これも一時凌ぎの目潰しにすぎないが…、ないよりはマシ。右足を軸にして、身体全体を大きく左回転させる。大地を擦るように靡かせた尻尾で、更に砂塵を呼び起こした。砂に目と足を取られてくれれば、また距離が取れる。唯一地に付いている右足で、その場を思い切って飛び退いた。…ただ、着地には失敗して、身体を砂に埋めることになったが。「…上手くいかないなぁ」
問答無用で襲い掛かるつもりだったが、槍の一投と共にマーシェ殿が飛び出し、相手に投降を呼び掛けた。「ふむ、生真面目ですな。では私も…」矛を持ち直して自分も木立から出ていった、その時。突然馬車が走り出し、マーシェ殿はそれを追って行ってしまった。『ボクは馬車を追います!彼の相手を頼みます…!』「…という事ですが、どうしますか? 抵抗しなければ手荒な真似はしないつもりですが」あまり武装しているようには見えないが…
ナイフを避ける隙を狙えれば・・・足場は砂地、もしかしたらバランスを崩すことがあるしれない。一縷の望みを掛けて放ったナイフを、ケーシィ殿は銃で払った。思わず取った行動だろうが、これで銃口をこちらに向けられまい。だが、簡単に懐に飛び込ませてくれる筈はなく、次の瞬間、彼は思い切り砂を蹴り上げた。その砂には風の魔力が加わり、渦巻くような砂の壁が広がる。(飛ぶぞ、ティエンマ!)突然二翼が言った。一対の翼を広げると、撒き上がった風を受けふわりと浮く。下に見えたのは、仰向けになったケーシィ殿──「行くぞ・・・っ!!」剣を構え、重力に乗り地面へと落ちていく──
――後ろからは誰も来ないみたい。 少女はほっとして、詰めていた息を吐き出した。再び前を見る彼女の目が捕らえたのは、砂が舞っている情景。一体何があったのか、瞬時にはわからなかった。 そして羽根を広げ、飛ぶ――「やっぱり、飛ぶの、綺麗で……」 家主さんで見慣れたはずのバードマンの人が飛ぶ姿。少女は一瞬見ほれたようだが、はっとして、加勢の為に彼の足を止めるべきだと認識する。 ケーシィさんの姿は見えない。 だが、どちらにせよしなければならないことは一緒だ。「とりゃぁ!」
少女は手に持ったそれを、大きく振りかぶって――思いっきり、投げた。 赤が舞う。二つ一緒にくるくる回転しながら、真直線に敵国のバードマンへと飛ぶ。 そう。 赤いピコピコハンマーが、風に煽られないようにと力を込めて投げられたのだった。ワーウルフの力は風を引き裂くだけの力は確かに持っていたが、抵抗されて少し方向がずれただろうか。 一瞬でも気を抜かせようとか、足止めなのか――少女本人の目的は足止めなのだが、そんなもの少女にしかわかるまい。そして、しっかり踏んだ土は砂で、見事に足は嵌って、あわてて抜け出ようとする少女はその行方を見なかった。
砂のカーテンが開かれ、とりあえずは安心。そう思ったことを後悔した。見上げた空に、剣を構えて落下してくるティエンマさん。僕と言えば、半身を砂に埋めたまま寝そべっている状態。これではあの太刀筋を回避することは出来ない。出来ないと分かっているからこそ、攻めの姿勢は崩さない。砂を少し被った銃を上空へ向け、迎え撃つ…!「ヘッジホッグ!」魔弾の名を叫びながら、トリガーを引いた回数は3回。標的の目前で拡散する魔弾で、近距離での殺傷力は高い。避ける動作を行ってくれれば、こちらも直撃は免れるのだが…。
深緑の中を駆け抜ける。足に馴染んだ苔の感触。空を貫かんと生い茂る巨大樹。重なる枝。走った道。枝が擦れ、雑草が揺れる音がする。その中。(何の音…?)奇妙だった。美しい、と言うべきなのかもわからない音。しかし、血生臭い戦場には似つかわしくないとは思う。 走っても走っても、馬車との距離が開いていく。追いつけそうに無い。
こうなったら、氷魔法で止める。地面を凍らせて、馬車を滑らせて横転させるのだ。「集え、氷の…」精神を集中し始めた時だった。緑の髪の少年が、馬車から飛び降りたのは。その手には、笛。瞬間的に、ピンときた。さっきの音。原因はこれ?「――待って!今、何をしたのです。その笛で」剣を構えて、問いかける。風が動いた気がするのは、気のせいだろうか。
やっと刃が届く、そう思ったのも束の間だった。(すまぬ、ティエン)二翼が突然翼を広げ、身体を転がす様に向きを変える。ケーシィ殿を狙っていた刃は大きく反れ、その頭上の砂の上に転がる様に落ちた。「何を・・・!?」そう言って見た己の翼の一枚が、だらりと力なく下がる。「二翼っ、怪我を・・・っ」(ケーシィ殿の弾が幾つか当たったようだが、 あと3枚ある故、痛みはあるが問題はない)二翼の言葉に抑揚はないが、この様子だと酷く痛むだろう。しかし何故二翼は攻撃を止めたのだ?
(後ろから何かが飛んできた。 ケーシィ殿に集中していた故、気付くのが遅れた。 砂の壁を突き破る威力だ、避けた方が良いと判断した)後ろ。それは先程私が来た方向。そちらに居るのは──ニコラウス殿。今まで傍観していた彼女が、味方の危機に攻撃を加えてきたのだ。「仏心が仇となったか・・・」逃がしたことを後悔してももう遅い。更に目線を先に移すと、そこに赤い物が転がっていた。それは、玩具のハンマー。こんな物で邪魔されるとは。知らず失笑が漏れる。だが、まだケーシィ殿は私の間合いに居る。私は剣を構え直すと言った。「立て。まだお互い倒れるには早いだろう?」
敵の軌道は逸れ、僕の頭上を転げ落ちる。空飛ぶ赤い物体を見送りながら、ゆらりと立ち上がった。やはり砂嵐は一時凌ぎ。僕は既に、ティエンマさんの間合いに捉えられた。こちらが銃を構えると、彼は剣を携えて口を開く。『立て。まだお互い倒れるには早いだろう?』僕は銃を懐に仕舞い込んだ。そして目を閉じ、両手を徐に前へと突き出す。闇の波動を両手に集わせ、漆黒の巨大な鎌を呼び起こす。手馴れた近接用の武器だが、今回コレを扱うのは"僕"ではない。この次に放つセリフを最後に、僕の意識は深い眠りへと落ちた。
「出番だよ、マフ」『やっとか、待ち草臥れたぜ』閉ざされた双眸を開き、得物の存在を確認する。大鎌を右手で握り締め、それを大きく横へと振り払った。久々に肉体を得たその感覚は、何故だかしっくりと来ない。「チッ。調子鈍ってやがる…。 だがまあ…、少し動きゃなんとかなるか…」大鎌を構え直し、正面に立つ有翼人を見据える。金色の双眸をギラリと光らせ、口元には獰猛な笑みを浮かべた。「覚えてるかぁ? "オレ"の事」正直に言うと、覚えてたら少し驚きだ。こうして顔を合わせるのは、実際じゃ初めてだからな。
僕の音による自然への干渉は、効果が薄く、そして大雑把だ。指輪の風の旋律も、周囲の風を少し興奮させただけである。「――待って!今、何をしたのです。その笛で」『援軍を呼びました』と正直に言おうとしたが、直前のところで踏みとどまった。僕は直接戦闘には向かない。誰かの補助をしたり、相手を牽制したりするくらいが限界で相手に一気に勝負をかけられると困るのである。援軍を呼んだといえば退いてくれる可能性もあるが、援軍が来る前にと、短期決戦の一撃必殺で挑まれてしまったら危険だ。「少し、今日の笛の調子を試しただけですよ」よって、相手には十分警戒してもらわなくてはならないのである。
このような危険な駆け引きしかできないのは、戦において心もとないことではあるが――音楽家なら、雰囲気作りはできてあたりまえじゃないと、、実は、戦いはすごく怖い。それでも、自分のこんな弱みは絶対に見せられない。その場の主導権を相手にあたえてはならない。「さぁ、いきましょうか」〜〜キーーーーン指輪の一音によって、少し強くなった風が相手に向かっていく。それと同時に僕は笛に息を吹き込む。穏やかな中に、異様に深みのある大地の旋律。これも次の旋律への準備であると同時に、何が起こるかわからないといった、心理面での相手への牽制だ。
馬車の体当たり、というかただの前進を避けた女はそのまま馬車を追っていってしまう。「あ、あれ?」来ないの?捨てないで居たもう一本の剣に手を添えつつ、少し呆気に取られる。顔くらいしっかり見たかったなー。良い女っぽかったのに。…いやいやそうじゃなく。まぁ、それならそれでと空いた時間で一歩横に移動。足元には、先ほど捨てた一本の刀。
『…という事ですが、どうしますか? 抵抗しなければ手荒な真似はしないつもりですが』代わりに現れた厳ついリザードマンの言葉を聞き流しつつ、つま先で先ほど捨てた刀を蹴り上げる。背に負った槍から見るに、さっきの槍投げはこいつの仕業だろう。「良いよ、別に紳士ぶらなくて。」槍を食らった時点で頭は既に戦闘状態にある。投降はありえない。…軍はようやく見つけた食い扶持だ。いきなりクビになるような真似ができるか!空中で刀を掴み、抜刀。「それに俺、やられたらやり返すタチだからさァ!」鞘を思いっきり相手に向かってぶん投げ、踊るように走り出す。
どうやら相手は、普及品のザフ剣以外にも刀を持っていたようだ。それに良く見れば、腰にも曲刀をさげている。『それに俺、やられたらやり返すタチだからさァ!』非戦闘員などではない。これは立派な"戦士"だ。「ははは!やはりそうでなくては!」(投げられた鞘は眼眩ましだ。 対する私の動きを見て追撃するすもりだろうが… こんなもの、眼に当たらなければどうという事はない!)鞘を無視して胸板で弾きつつ、自分も前進。「閃光眼!」眼眩ましには眼眩まし。巨大な単眼から強烈な光を発しつつ踏み込み、「チェストー!」いち早く、腹部へ一直線の突きを放つ。
もんのすごい速度で飛んでいった赤いピコハンは、見事に砂の上に落ちた。さらさらと砂が風に流れ、それを覆ってゆく。 当然危機など感じ取れる鋭さなどこの幼い人狼にはあるわけがなく、己の埋まった足をどうにかこうにか引っ張り出そうと必死である。 そりゃ思い切り投げたわけで、埋まった分もかなり深い。 誰がどう見てもただの阿呆である。「あう」 がしがしと足を動かして、手を砂について、ふんばって。 ようやく抜けた時に、前を見た。「はわ…あれって」 少し緊迫した空気だ。少女はどうにも近寄れないと思った。かなり緊迫しているのだが、そこは少女、仕方ない。その辺りもわからないのだろう。
とりあえず何か攻撃をして気をそらさせようとしたいのだが、手から武器は離れてしまっている。 これでは何もできない。「…取りに行くべきでしょうか」 砂嵐は今は大分落ち着いている。気配を消すのには慣れているが――こういう場所ではうまく足が動くかわからない。 仕方ないと少女は呟いて。「あんまり好きじゃないけど…」 怪我しないで欲しいななんて、甘いことを少女は考えた。 そして、足の感覚を集中させ――る前に靴を脱いだ。 忍び足で踏み出した、その足は白い獣の足。 向かう先は彼らの向こう、ピコハンと、そして、銀のハンマー。 もう足手まといになるまいと思って。
彼は一度構えた銃を何故か下ろし、懐へ入れた。ケーシィ殿のこの行動が読めない。何をするつもりなのか?警戒心が頭をもたげる。瞳を閉じた彼の纏う雰囲気が変わった。闇の魔法なのだろうか、邪気が引き寄せられる。それは形となり、巨大な鎌の姿となった。「出番だよ、マフ」呟く様に言ったかと思うと、眼の色が、表情が、同一人物と思えぬ変貌を遂げる。「覚えてるかぁ? ”オレ”の事」獰猛笑みは、彼が獣だったことを改めて思い起こさせる。「ケーシィ・・・殿ではないのか?」(ふむ、以前より感じていた波動の者か、我に近し者よ。 あれはケーシィ殿ではないぞ、ティエン。魂だけの存在だ)
近しいのだろうか?私たちは生まれる前から共に在った『魂の双子』。身体を共有している点では同じなのかもしれないが・・・(深く考えるな。魂だけの存在は、 潜在能力を引き出す力に長けている者が多い。 ケーシィ殿とは違う生き物と思った方が良いぞ)私は雑念を振り払い、彼の眼光を跳ね返す様に睨む。「死神さながらの鎌だな。だがそれで私の魂を獲れるか?」二翼と共であれば、まだ私の力が勝る筈だ。今度は遠くの敵も警戒し、3人が直線になるよう足を運ぶ。「行くぞ、二翼!」微かに身体を浮かせ、砂の表面だけを蹴って彼に切り込んだ。
『ケーシィ…殿ではないのか?』慣れっこの反応に対し、鼻を鳴らして嘲笑する。状況を冷静に分析しているのは、どうやら翼の方のようだ。『ケーシィ殿とは違う生き物と思った方が良いぞ』ゴーストであるオレの耳は、魂の声をも拾い上げる。とりあえず、ケーシィと全く異なる戦術を取るのはバレバレか。二翼の助言もあってか、有翼の戦士はオレを睨み返す。『死神さながらの鎌だな。だがそれで私の魂を獲れるか?』威嚇の言葉を放ちながら、相手は警戒を強めて砂上を歩く。オレの他に警戒すべき相手は…、あの人狼の女か。彼女の行動が少し気がかりだが、今は目の前に集中する。
ティエンマ氏は翼の名を唱えながら、砂の上を滑空してくる。切り込まれた剣の一撃を鎌の柄で凌ぎ、その場に踏み止まった。鍔迫り合いは苦手だが…、これで彼も下がるに下がれない。全力で剣を押し出しつつ、右足を一歩前へと踏み出す。オレの右足が踏み締めたモノ…、それは砂ではなく、相手の左足。「アンタの相手は死神じゃねぇよ」それで移動を制限した上で語り、鋭い牙と赤い舌を覗かせる。左手を大鎌から放し、ガラ空きの胸倉へと突き出した。「敗者という血肉に飢えた、闇夜の魔獣其の物だ」肉食獣ならではの脅し文句を吐き、獲物の眼前へと迫る。武器を抜きにした取っ組み合いなら、オレに分があるハズだ。
直線状に並ぶ。少女の目からは敵である彼の向こうに、味方である彼が見えた。 しかし、彼らにとって少女は気にしたくない存在に違いない。彼ら双方の気を引けば、双方の力が出なくなるだろう。「…いっそ大声出すのも手でしょうか」 呟くも、実行しようとは思っていないようである。 彼らを見るため足を止めたが、再び足を踏み出す。それは丁度、一度は嘘の名を名乗った彼が、砂をけったとき。 足の先で砂が舞う。 武器がぶつかる音が響く。 少女の獣の足が、タンと砂を蹴った。 足の裏が砂を巻き上げ、落ちているピコハンのところまで一気に進む。 姿勢を低くし、それを手にすると、二人を振り返った。
『ははは!やはりそうでなくては!』声からして余裕って感じだ!反撃なんて予想の上か!刀を両手で持ち、軽くよたつきながら走る。やっぱこれ、俺が持って立ち回るには重いって。それでも、何とかこいつで突破口を…『閃光眼!』ぶつかった鞘を意にも介さない相手へ次の一手を、と構えた所。白光が視界を焼いた。「ってめぇ…!」最近のリザードマンは発光もするのか!?…いやそれは置いておいて。
半身に近い体勢だったおかげで多少はマシだったようだが、左半分は視界がおかしな事になっている。自分で片目を瞑ったのとは分けが違う。急な事に足元のバランスさえ上手くとれない。『チェストー!』そして相手は当然待ってくれない。危うい視界の中でリザードマンが構えるのを見る。受ける?避ける?どっちも無理だな。足元が乱れるに任せ、体を横に投げ出す。受身も何も無い。まぁ、無様に転ぶ事だろう。「こんの野郎ッ!!」でもタダでは転ばんからな!体勢を思いっきり崩しながら刀を振りぬき…迫る槍に向かって投げる!
渾身の力を込めた剣は、鎌の柄と交わる。弾かれずよく受けたものだと驚愕する。私の力は二翼と合わせた二人力だ。それを受けるとは・・・二翼の言う通り、入れ替わった彼はただ者ではない。押し負けるとも思わないが、長くなれば不利だ。狼の少女だけでなく、今度は背後からも増援が来る。一度離れ、もう一度切り込めれば。だがそれを拒むように彼が私の左足を踏み付ける。「アンタの相手は死神じゃねぇよ」彼は獲物を狙う獣らしい表情を見せる。そして鎌から片手を離し、私の胸倉に掴み掛かった。
「敗者という血肉に飢えた、闇夜の魔獣その物だ」獲物を前にした彼が唸る。(美味そうと言われるのは慣れておる)二翼が皮肉混じりに言った。獣の友は一様に私達を美味そうと言う。しかし、皆何故考えないのだろう?捕食する鳥も居るということを。「食えるかどうかは人をよく見て判断するのだな。 我らは食われる為に飼育された鳥ではない」力を分散させるとは愚かな。鎌を支える手は1本。私は鎌の柄に沿って剣を上に滑らせる。もちろんその上で支える腕を切り裂く為に。
『美味そうと言われるのは慣れておる』皮肉混じりの返答に、やや苦笑いを浮かべる。もう少しビビってくれりゃ、こっちはやりやすいのに。鎌の柄で受けていた剣は、柄を伝って上へとスライドしてくる。敵を捉えることに集中していたオレは、この対処を怠った。剣はオレの右腕に突き刺さり、深々と赤い筋を刻み込んだ。「いぎっ…!?」愛用の鎌も、相手の胸倉も手放して後ろへ飛び退き。血で赤く染まる右腕を庇いつつ、左手で治癒の印を組んだ。少しかじった程度の治癒魔法など、高が知れてる。痛みがほんの少し引く程度で、片手で大鎌は握れそうに無い。で、その大鎌はティエンマ氏の真ん前に置いて来てる。
調子に乗って、鍔迫り合いに持ち込むべきじゃなかった。爪牙の取っ組み合いも諦めて、闇術のスクロールを詠唱する。「闇に舞う黒の剣は汝への便り。 その胸に刃を受け入れ、冥土へと旅立つがいい」転がった大鎌は闇に溶け、引き換えに現れたのは5本の黒刀。これらはオレの意のままに飛び回る闇の剣、カオスブリンガーズだ。いずれもティエンマ氏の四方周辺に漂い、攻撃の時を待っている。「…お返しと言っちゃ難だが」指をパチンと鳴らし、ティエンマ氏の背後にある刀に合図を送る。時を知らされたその刃は、背にある翼を目掛けて飛び出した。
声は聞こえずとも、なんとなく少女は身震いした。 ――なんだろう、何かちょっと怖いような? だが己には関係ないと思う。バードマンを食うつもりはない。肉食だけれども。 ではなくて。 食う食われるならば今すぐにでも手を出したほうが良いだろうと思うけれども、そうではないようなので(と少女は認識した)安心する。「うぅん…」 手を出せば。 少女は自分の命が惜しく、考えて止めた。怪我じゃ済まないだろう。 それなら。「待ちますか」 変化させた足はそのままに、二つのうちの一つは、再びマントの下、足にくくりつける。もう一つを構え、少女は場を見据えた。 赤は、下の位置に。
笛の調子を試しただけ、と。ということは、これから笛を使う予定がある、と。そういうことだろうか。『さぁ、いきましょうか』不思議な音を合図とするように、強い風が吹く。「わっ……!」顔を隠していたフードを飛ばし、はためく外套。舞い上がる落ち葉や砂塵。響く、穏やかで、深い、笛の音色。――何が起きるのだろう。読めない。こんなタイプの戦闘、初めてかもしれない。 でも。あの笛が攻撃の鍵であることは解った。ならば、吹かせなければいい。外套を素早く脱ぎ、少年の目隠しになるように投げつける。そして。「――やぁぁぁっ」地を蹴り、少年に体当たりを仕掛ける。
滑らせた刃は、ケーシィ殿の右腕に傷を負わせる。慌てて彼は飛び下がり、治癒魔法を使った。私は内心舌打ちをする。どうにも魔法相手の戦いは厄介だ。こうしてやっとの思いで傷を付けても、易々と治癒されてしまっては水の泡だ。そして自身は回復することが出来ない。今も翼一枚を被弾したまま。傷付けば傷付いた分、負担となる。だが治癒魔法は得意ではないらしい。傷口は然程塞がったように見えなかった。これならまだ勝機がある。そう思った時、彼は何かを詠唱する。砂に落ちた黒い鎌は消え、代わりに5本の黒い刃が私を囲む様に現れる。
「…お返しと言っちゃ難だが」彼が指を鳴らした。「うあ!?」突然身体が空へ飛んだ。それは二翼の意思でしか動かぬ翼であるから仕方がないが。先程私が居た場所を黒い刃が彷徨う。「助かったよ、二翼。でも少し何とかならないか?」(文句言うな。背中に眼があることを有り難く思え)それはとても有り難いが、急な上昇は・・・酔う。しかし、また彼との間合いが離れてしまった。・・・だが待てよ?もしかしたらこれは逃げるチャンスかもしれない。遠距離を攻撃する銃は懐の中だ。このまま更に上昇すれば、敵の攻撃から逃れられるのではないだろうか。
「ちぃ、上手くいかねーな」不意をついた一撃を下す前に、相手は空へと発った。目標を見失い、その場で彷徨う剣を見ながら毒づく。(さて…、どうすっかねぇ)とりあえず強襲に備えて、3本の剣を自分の周囲へと集わせる。余った2本で追撃するべきか…、そう考えていた時。ふと、オレとティエンマ氏の距離間に気が付く。(届く…か…?)オレが召喚したこの剣は、確かにオレの意のままに動く。だがその距離にも限りがあって、遠くには飛ばせない。見た感じでは、あと身体3つ分離れられたらアウトだ。
(ま…、んなこと考えても始まんねぇか)何はともあれ、相手はまだ射程圏内にいる。見過ごすワケにもいかないので、再度指を鳴らした。指令を受けた2本の剣は空に舞い上がり、有翼の戦士を追尾する。(敵を誘導するだとか、そういう頭使うコトは苦手なんだよなー)とりあえず、下がらせない工夫をするべきか。1本目を相手の上空に配置し、更なる浮上を阻止。続いての二本目は、刃を回転させながら周辺を漂わせることにした。まぁ…、これである程度の身動きは制限できたかな。そう決め付けて、周辺に置いておいた3本目に合図を送る。その剣は1、2本目と同じように空を舞い、敵の胸部へと直接飛んで行った。
閃光眼が効いたか?と思った瞬間、鞘に続いて今度は刀本体が飛んでくる。これは頭部に当たったらただでは済まない。「むんっ」矛から右手を離し、篭手で刀を払い飛ばす。だがこれで突きの体運びが乱れてしまった。流石、相手は手持ちの武器が豊富だ。「ならば、これはどうだ!」左手で矛を引き戻しつつ、体を左にひねり…地に倒れていく敵を狙って、尻尾で水平に薙ぎ払う!
少女の目は、天をさまよった。魔法には疎い。 であるならばどういうことか――うん、何がなんだかわかってないんです☆ というところだろう。 まあそこは置いておこう。そうするしか知識がないんだから仕方ない。 近くに木でもあれば、少し足止めくらいならできるだろうが、生憎と、無い。 手元にあるコレを投げても良いが、良くてまわりの剣にぶちあたるだけだろう。「んー、そうしたら逃げますよね。でも怪我は…」 二人ともしないで欲しいなぁと甘いことを思う。 眺めていると三本目の剣が飛んでいった。 おー。 魔法とは便利なものだと思いつつ、いつ 邪 魔 を し よ う か と考えている。
逃げられぬと思ったから戦おうと思った。逃げられるのであれば無意味に戦う必要はないのだ。(気を抜くな。あの刃が遠方に届かぬという保証はない)私は頷く。彼は悔し気に私を見上げていたが、直ぐに次の行動に移った。1本の刃が私を追い越し、頭上に止まる。そしてもう1本が私の周りを威圧するように飛ぶ。逃げられる可能性を考えての配置だろう。「退路を断つつもりか」では道を開くだけ。私が右腕に手をやった瞬間、もう一つの刃が私の胸に飛び込んできた。
上には逃げられない。四方を周回する刃は、隙を作らない。「何、あとは逃げるのみだ。腕1本ぐらい土産にくれてやる」胸を庇う様に置いた左腕に、深々と刃が刺さる。「ぐ・・・あ・・っ!」痛みの衝撃に思わず声を漏らす。しかしそのまま腕を振り回すと、迂路ついている2本の刃も叩き落とした。傷付いた左手に握られていたのは、2本の信号弾。そのうちの1本をケーシィ殿に向けて撃つ。青い光と激しい煙が辺りを覆う。残りの1本は──私達を見ていたニコラウス殿に向けて。黄色い閃光が彼女目掛けて飛んでゆく。もちろん彼女からも退路を断たれぬようにする為だ。
追撃にと放った剣は、ティエンマ氏の左腕に突き刺さる。胸部への致命傷を避けるための、咄嗟の判断だろう。冷静ぶったつもりで分析していると、牽制の剣が二本とも弾かれた。剣を殴られた衝撃が、それらを操作している左腕に響く。剣の破損がオレへのダメージになることを、悟らせてはマズイ。この状況で顔をしかめても、"痛がってる"とは思わないだろうが。そうこうしている内に、彼は空から何かを飛ばしてきた。護衛につけた二本の剣でそれを切り刻み、遠隔攻撃を防いだ。つもりだった。その弾を破壊した瞬間、そこら中に青い光と煙が立ち込める。予想もしていなかった事態に、再び対応出来なかった。
「ぎっ…、つっ…!?」微かな光も拾い上げるネコ族の眼は、閃光に滅法弱い。痛みに近い感覚に襲われ、オレは手で眼を覆い隠した。「くそ…、ナメた真似しやがって…!」不意の閃光をモロに喰らって、相当頭に来ていたオレは。眼を堅く閉ざしたまま、敵がいる上空に両手を掲げた。「災禍の炎は止むことなく燃え滾る…。触れるもの全てを贄とし、喰らい尽くす時まで!」両手から生まれた小さな種火は、やがて大きな火柱へと変貌する。目標も定まらない炎の魔術は、光と煙を喰いながら虚空を彷徨いだした。
笛の音を大地の旋律から深緑旋律へ移ろうとしたとき視界がふさがれた。「そんな目隠しっ!!」リンとした指輪の一音で、風を呼び戻す。視界をふさいだマントを横に吹き飛ばした瞬間目に入ったのは、――突進っ!!?次の攻撃は大地の旋律から派生した深緑旋律で対処するつもりだったが、もう間に合わない。「うあっ、」瞬間的に後ろに飛んで威力は軽減させようとしたが、その行動は気休めでしかない。僕はおもいっきり吹き飛ばされてしまった。背中から落ちて後ろへ一回転、着地したところがやわらかい土だったようで、衝撃で気を失うことはなかった。
これは大地の旋律に呼応した土の加護だったのか、ただ運がよかったのかはわからない。顔をあげると、相手は追撃に来ている。――今からじゃ笛の旋律はまにあわない、ならっ!〜〜ギンッ!!!指輪を激しくはじいた音は、エルフが聞き取れる域をはるかにうわまわった超音波。この超音波で相手の感覚をずらし、なんとか次の行動を避けようとする。そして、それがうまくいったら、逆に今度はこちらが体当たりだ。なんとかひるませて、笛をふけるタイミングを作り出したいところだ。
赤が舞う。散る。 鋭い剣の切っ先に捕らえられた腕が。 ――言葉は聞こえていたが、少女はぎゅっと目を閉じた。「きらいです…!」 双眸の奥に焼きついた紅に吐き捨てる。 だが消えてくれなくて、何かまぶたの内側が白くなった気がしたけれど、少女は目を両腕で覆った。 その腕に、衝撃が伝わった。そしてはじける、黄色。 何がなんだかわからなかったが、それを振り払う。 向こうには青が見えた。 なんだか詠唱が聞こえた気がした。 目を向けて(といっても視界は悪い、まだ黄色なのだ)、傷を負ったのとは違う紅が見えた。 いや、よくみなくてもわかる。 紅というか……
「えええ……!」 火。火。火。 小さかったはずのそれが、同国の彼の手で育ってゆく。「ちょ…! そ れ は ム リ 。」 何が無理だと言うのか。敵じゃないんだから気にしなくてもいいだろうに、少女の尻尾はたれていた。火は怖い。 目はちかちかしていたが、空の人に目を向けた――つもり。方向はちょっと違ったかもしれないが。「に、逃げたほうがいいかもしれま、せんよ…!」 及び腰に叫んだ。 目的は逃がすため。敵である彼にそんな言葉を投げて、その結果どうなるかなど、少女は考えてもいない。
飛ばされた外套。風に乱れ踊る緑色の髪と――驚愕に見開かれた、綺麗な青い眼。ぶつかる。跳ね飛ばされた身体は、男の子とは言っても戦士向きとは言えない体格かもしれない。しかし、咄嗟に後ろに跳んだ反射神経には、素直に感心した。「少し痛いかもよ…!」突進の勢いを殺さないまま、その側頭部に蹴りを見舞おうとした瞬間――ぐらり、と視界が揺れた。
「…!?」蹴りが、届かなかった。勢い余って体勢を崩した身体を立て直す。何故だ。外すような間合いでは無かったはず。しかも、それだけでは無い。「え…?」顔を上げて、驚きに眼を見張る。少年が、遠くにいるのか近くにいるのかがよくわからない。「くっ…」咄嗟に剣を抜いても。狙うべき相手との距離が、全く掴めない。何だか、嫌な感覚だ。何故?彼は、笛を吹いていないのに。鍵は、あれだけでは無いのか。あぁ、駄目。ボク、隙だらけ――
なんとか追撃を避ける事ができた。――ここで、決め手となる技があれば、いいんだけど、、残念ながら音楽家でしかない自分には一撃できめられるような技はない。それなら、「やぁっ!!」笛を手にとった状態で肩から体当たり。自分は体格があんまり良くないので重さもあったものではないが、感覚が崩れている今なら少しはひるませることができるはず。相手がどうなったかの確認をすることなく、即座に笛に息を吹き込む。感覚崩しの超音はどうせすぐに慣れてしまい、感覚も戻ってしまうだろう。早く次の対策をはやく講じなくてはならない。
次の旋律は深緑旋律。周囲の植物に活力をみなぎらせる。まず反応しはじめたのは足元の草だ。踏みならされた大地から新しい芽吹きそして背たけを少しずつ高くする草達しかし、この旋律は周囲の植物を強くするだけ今の時点では戦いの手段にはなっていない。ただ、この何が起こるかわからないわけのわからない状況に相手が警戒しすぎてくれること願うのみだ。僕が狙うのはこの次の旋律なのだがそこにいたるにはまだ長すぎる。僕は祈るような気持ちで次の相手の行動を良く見ながら演奏するしかない。もちろん、そんな気持ちは表に出さず、優雅に演奏するように振舞いながら。
金属同士のぶつかる音。投げた刀はどうやら払いのけられた様だが、こちらの腹に大穴が開くのは防げたらしい。当然だが未だに視界は戻らない。はっきり見えないってのはなかなかイラつくものだ。『ならば、これはどうだ!』どうだって言われてもなぁ、俺これから地面にぶつかるところだし…!「ぐ、げぇ」相手が体を捻ったのは分かった。だが、何だ今の!?蹴られたのか何なのか、空中でそれに跳ね飛ばされて地面をごろごろ転がる。滅茶苦茶いてぇ!つか目も回って気持ち悪いぞ!
「いってぇなぁ…!」回転は木の一本にぶつかって止まった。それを支えに体を跳ね起こす。相手が居る方は…何とか分かる。ついでに自分の状態も分かる。背中を流れる嫌な汗も。…くそ、それに土まみれじゃねぇか俺。腰の鞘から円月刀を引き抜き、ゆらゆらと視線の高さに構える。徐々に、徐々に、徐々に。戻っていく視界の中で、装飾過多の刀身を意識する。大丈夫。まだやれる。ふ、と吐息をそれに吹きかけた。「絶ッ対後悔させてやる」刀身が僅かに、風を纏う。
眼下は青と黄色の煙に覆われ、2人の姿が見えなくなった。思ったより信号弾は効いたらしい。眼の良い獣人に、信号弾の閃光はさぞ堪えただろう。私はその隙に更に高見へと昇る。剣を口にくわえ、右手で腰に付いたポーチを探ると小さな瓶を出した。その中身を刺さった刃を抜かぬまま、傷口に掛ける。痛みを麻痺させる薬だ。ジュッと小さな音がし、私は激痛に顔を歪めた。しかし、すぐにその痛みはなくなる。剣を鞘に戻すと、ゆっくりと黒い刃を引き抜いた。血が噴き出してきたが、額のバンダナを取ると素早く腕に巻き付けた。
痛みがないのはいいが、左腕は完璧に使えない。剣以外の武器は全て使ってしまったから、遠距離攻撃も出来ない。だがそれは向こうも同じだろう。まだ2人が煙に撒かれているうちに逃げねば。「二翼、森へ向かうぞ」方向を変えた時、煙の中から少女の声が聞こえた。「に、逃げたほうがいいかもしれま、せんよ…!」その声に振り向くと、恐ろしいモノが見えた。それは巨大な火柱。近付くにつれ、炎は大きさを増してゆく。「これも彼の魔法か・・・っ!」どれだけの魔法を彼は扱えるのか。だが。少し離れているが、あれは熱風を生んだ。私は熱風のつくる上昇気流にのり、更に高くへと昇った。
目が少しちかちかする分か、少女の耳はちゃんと機能している。 炎の音。それに遠くなった声。 うん、一応、逃げたみたいだと思う。 が、自分は逃げる前に何かをわすれ…「あ! ハンマー忘れた」 あわてて戻ろうにも、さて、方向はどちらだ。 ぱちぱちと何度か瞬きして(するたびちょっと目が痛い)、元いた方向だと思われるほうに走る。一応すぐに見つかった銀のハンマーを片手で持つと、肩にかついだ。「あ、危ないから、火、やめたほうが…!」 と、叫べど彼は応えてくれるか。もちろん少女にわかるわけもないが、恐怖から猛ダッシュで砂をけった。 森の中ならきっと防御できる、ハズ。
『に、逃げたほうがいいかもしれま、せんよ…!』その警告に聞き耳を立て、ふと首を傾げる。この声には聞き覚えがある、仲間の人狼だ。逃げる?この状況で、天を昇る戦士が何かを仕掛けてきたのか。広域に広がる火柱を諸共せず、オレを攻撃する術が…?『あ、危ないから、火、やめたほうが…!』「ちっ!」両手を握り締め、火柱の元を絶ってその場から下がる。痛む目を擦りつつ、5本の剣を周囲に漂わせて警戒した。火柱の勢いが弱まる中、オレの視界も少しずつ回復していく。日の光に逆らいながら、強引に目を空へと向ける。そして、火柱が生み出した気流に乗り、更に上昇する影を見た。
(逃げろって…、オレじゃなくて敵に…?)気づいた時には既に、敵は闇剣の届かない距離にいる。火柱の気流が、距離を広げる手助けをしてしまったのか…。『…短気は損気だってのに』いつ目覚めたんだろうか、ケーシィの声が頭に響く。その声にハッとなって、懐の銃を…。『そんな怪我じゃ、もう撃てないよ』先にそう指摘され、深手を負った腕の事を思い出す。確かにこの重量のある銃を、この傷では握れそうにない。相棒はため息を漏らした。『ティエンマさんも退くつもりみたい。…痛み分けだね』「うぅ…、空に逃げるなんてズルイぞーッ!」気づけば左腕を振り回し、実にガキっぽい遠吠えをしていた。
『やぁっ!!』「ぐっ…!」今度ぶつかってきたのは、あちらの方から。受身すら取れないまま地面を転がる。冬らしくひんやりとした草の感触が、地面に接した頬や立ち上がろうとして付いた掌に伝わる。――その草が、伸びた。「嘘…!?」はっと気づいた。この音。少年の、笛。伸びる草。自分の身長を軽々と抜いてまるで緑の壁に囲まれているようなこの感覚。現実なのか。それとも、先程のようにボクの感覚が狂っているのか。――緑の壁は、忌まわしい記憶を呼び起こす。
緑。そうだ、あの時も公国の森が戦場で。枯葉積もる道。寒い日。ボクのダガー。血の海。横たわるあの子。血に染まる着物。血が染みた地面は、少し暗い色をして。肉を断つ、あの感触。原因はいろいろあったけれど、あの子の命を奪ったのは――「…いや…だ…」泣きそうだ。駄目。泣いたら、立ち上がれなくなる。吐きそうだ。駄目。そんなことしたら、心まで折れる。「…ッ!」剣を横一文字に振るう。感覚は相変わらずおかしい。虚空を斬っているのか、草を斬っているのかわからない。この緑の壁。早く目の前から消したい。その切迫した思いは、次の旋律が始まったことに気づかないほどに強く。
何か、様子がおかしい。相手が警戒して、うまくこちらに踏み込めないようにと僕はこの深緑旋律を響かせていた。しかし、今剣を一心不乱にふるう彼女は、――おびえてる…何かに恐れ、泣いている。僕は、何か触れさせてはいけないものを彼女にあててしまったのか。何か、心をえぐるような、、――僕、最低だ、、自分が何をしてしまったのかもわからない。だけど確かに僕の旋律は、彼女をおびえさせている。その事実が僕にはすごく苦しかった。――どうすれば、、
何が彼女をおびえさせているのかわからない。何か、深い心の傷があるのだろうか。僕は音楽家だ。そんな心を癒せるような奏者にならなくちゃならないのに、、そして僕は、決意に目をとじる。――僕にできるのは、響かせるだけ、、僕は一音、指輪を鳴らす。温かな風がここに集まりはじめる。そして笛の旋律を、〜〜花盛りの季節〜〜何が原因かわからない。もしかしたらこの旋律が彼女をもっとおびえさせるのかもわからない。だけど今、この場をあたたかな場所にして、彼女を安心させたい。
周囲の植物に、無理をさせている。しかし、僕は彼らに無理をさせてでもこの場をかえたい。僕の無理をなんとか、彼らに、、僕の想いに、森がこたえたのか、〜〜その時一つ、花が開いた。僕は花盛りの旋律を続ける。〜〜なんとか九つ、花が開いた。森にはこれが限界。それなら僕はこの旋律だけで、この9つの花で満開であるかのような世界を紡がなくてはならない。〜〜花盛りの宴〜〜温かな空気と宴の旋律。小さく咲いた9つの花。これだけで彼女の心を癒すことができてるのかはわからない、、「ごめんなさい……大丈夫、ですか?」笛から口をはなし、恐る恐る彼女のほうを見る。
気流に乗り、高見へと逃げた私は遥か下を見る。煙が薄くなり、何やら叫んでいるケーシィ殿の姿が見えた。(空に逃げるのはズルイ、と言ってるな。戻ってやるか?)「冗談!!」どうやら彼の魔法もここまでは届かないらしい。そしてもう一つ、ニコラウス殿の影を探す。彼女は私が投げ飛ばしたハンマーを取りに戻っている。これで彼女も引き止めることが出来たわけだ。私は高度を保ったまま、森へと飛んだ。早く傷の手当てをしなければならない。痛みを止め、縛っただけの傷は、徐々に血が流れ出し、気力と体力を奪ってゆく。
そして二翼も。戦闘中は傷を見る余裕がなかったが、まったく動かない一枚の翼は、かなりの痛手を受けている。森へ・・・森へ・・・振り向かず、私は森の奥へと飛び込んだ。なるべく葉の茂った古木を見付けると、その幹にすがるように止まる。「これで・・・逃げ切れたか?」この高さなら安全だろうと判断し、まず腕の応急処置をした。それから二翼に言う。「感覚を私に寄越せ。傷の位置が分からない」(・・・かなり痛むぞ。覚悟しろ)途端、引き千切られるような痛みが襲う。激痛を堪えながら傷を探ると、打ち抜かれた場所が血に濡れていた。そこを処置すると、私はやっと肩の力を抜いた。
旅先でのルールに従うのは、旅人の礼儀であると信じていた。だから、戦乱の世に存在するこの大陸では、敵は排除すべきであり、自国を守ることがボクの守るべきルールなのだと。一昨年の冬。公国の兵の一人として、戦場に向かった。この美しい国を、汚されたくなかった。それだけの理由。森で出会った、敵国の少年。彼と戦い、ボクは彼を殺めたのだ。ああ。今まで蓋をしていた記憶。今になって、こんな形で思い出すなんて――
疲れきって膝を付いた瞬間、ふわ、と前髪が揺れた。「…?」温かい風。まるで、春のよう。聴こえてくる、柔らかな調べ。咲き乱れる花々。笛を吹く少年が見える。心が満たされていく。戦場だというのに。『ごめんなさい……大丈夫、ですか?』 不安げな青の瞳。彼は…敵のボクを心配している?「大…丈夫…」何だか驚いてしまって、掠れた声で思わず返答してしまう。「しかし、何故…こんな、ボクを助けるような…」そして、思わず尋ねてしまう。
が、しかし、炎が消えた。ぴたりとはいかないが、砂を巻き上げて少女が止まる。 振り返ると、なんだか空に向かって叫ぶヒト。「うぅ…、空に逃げるなんてズルイぞーッ!」 炎の方がずるいと思う、そんな人狼である。 だけれど彼も怪我をしている。 ちょっとびくびくしながら、そこに戻る。「あの、ええと。ケーシィさん、ですよね?」 味方の名前もちゃんと覚えていないらしい。「ええと、怪我…治療、私、出来ないので…す。 治療班の人…」
だが治療が必要なのは、相手もだろう。 黄色が大分おさまってきた視界に、森が映る。少女は紅の双眸を少し不安そうに揺らした。治療班は何処だろう。「うー…あの、その手、ちょっとだけ、布、あてますか?」 とりあえず、気にしながらも軽く手当て――というより、コートに入っていたハンカチを抑えるために取り出した。一枚しかない四角い綺麗に畳まれたハンカチ。いくらなんでも敵に渡す事は出来ない。 だが森の方を気にしているのは、彼に伝わっただろうか。そちらに敵であるバードマンが逃げ込んだのは、見ていなくても少女の様子で伝わってしまったかもしれないが、当然のことながら少女に自覚は、ない。
『あの、ええと。ケーシィさん、ですよね?』振り回してた腕をピタリと止め、耳だけをピクリと動かす。人質にされてた人狼の女が、ビクついた声で話しかけてきた。『ええと、怪我…治療、私、出来ないので…す。治療班の人…』分断的な言葉の並びに、少し頭を抱える。…ようするに、治療は出来ないってコトか?そう解釈し、横目で彼女を眺めながらため息をついた。「そのうち援軍が来ることにはなってるハズだ。…尤も、全員まとめて完ッ全に遅刻してやがるがな」苛立ちを全く隠さずに、ぐちぐちと小言をぼやく。彼女はウサギみたいな赤い目を震わせながら、ハンカチを取り出した。
「やめとけよ、ネコの血の匂いってのはなかなか落ちねぇんだ」真四角に畳まれた綺麗なハンカチを、揺らした尻尾で押し返す。そして左手で治療の印を組み、右腕の傷口をなぞっていく。その横じゃ、彼女はティエンマ氏が逃げた方をずっと気にしている。その様を見ていたオレは、砂地に座り込んでから問いを唱える。「なんで敵を逃がそうとした」軍隊の規律とかに則れば、敵兵を独断で逃がすのは相当マズいハズ。厳しい軍隊とかじゃ、反逆罪とかにされたって不思議じゃないだろう。それに…。「情けをかけた相手に殺されたヤツなんか、山ほどいるんだぜ」ため息交じりに、生前の経験談を一言だけ呟いた。
「よ、よかったぁ」ため息をついて僕も地面に腰をおろす。疲れがここにきてどっときている。『しかし、何故…こんな、ボクを助けるような…』彼女は不思議そうに僕を覗き込んでいる。「怖がってる人がいたら、安心させてあげたいんです。…それに、悔しかったですから、、」僕の旋律で女の子を悲しませてしまったのが、自分としてはすごくこたえたのだ。その時、僕の耳に入ってきたのは公国の兵の足音だ。「ちょっと隠れましょう。実は、最初の僕の笛、援軍を呼ぶものだったんですよ」そういって、僕は木陰の中に入っていく。このまま他の兵隊さんと話しても、いろいろめんどくさそうだったから。
尻尾の一撃は、今度こそ狙い違わず相手の体を捉えたようだ。しかし、まだ相手の戦意は衰えていない。腰から抜いた曲刀、あれが本来の主武装だろうか。構えたソレに何かをしている。あれは…剣に魔法を掛けたか、込められていた魔法の発動?どんな効果かはよく判らないが…「スイ、雷電武装を!」『了解しました』私の周りを飛んでいたフィエーユのスイが、瞬時にその光の尾で矛の穂先を包み込む立体魔方陣をえがいた。把握し辛い敵の魔法武装とは対照的に、あからさまに攻撃的な電光とスパーク音が、威嚇するかのように穂先から迸る。『絶ッ対後悔させてやる』「望むところだ!」
風を纏わせた剣を二度、確かめるように振るう。相手はどうやらこちらのした事に気付いたようで…『スイ、雷電武装を!』良く分からないが、何かに声をかけたらしい。他に誰も居なかった…と思うが、それを境に相手の武器がバチバチと不穏な音を立て始める。…状況悪化か、これって?いや、好転だ。そうに決まっている。目の違和感はまだまだ大きいが、間を取ったおかげか慣れてきた。目を細め、ゆらゆらと踊るように剣を構える。
「当たらなきゃ良いんだろ?ようするに!」見えるのなら、俺に出来ないはずが無い!自分を鼓舞するように吠え、それを合図に体を前へ。刺突を警戒するように、不規則なステップを刻みつつ間合いを詰める。「そ、ら、よ!」剣の間合いの一歩手前で前進を止め、曲刀を真一文字に振るう。このままだと届きもしないが、俺には風の呪文がある。剣に纏わせた風を、刀身から伸びる刃に!この距離ならぎりぎり届くだろ!行け風の刃!
完全に遅刻、という言葉に、なるほど此処は確かに戦場であったのかと漸くまともに認識した少女だった。「やめとけよ、ネコの血の匂いってのはなかなか落ちねぇんだ」「それでも…!」 匂いなんて、気にしない。そう言いたげに、少女は頭を振ってハンカチを押し付ける。だけれど魔法が、治療をしているのを見て、手は止まった。 治療の様子を見る。森に逃げた彼も気になるけれど、こんなに怪我をしているヒトを置いていけるわけはない。と、座り込んだ彼の質問に、少女はうつむいた。「なんで敵を逃がそうとした」「それは…」「情けをかけた相手に殺されたヤツなんか、山ほどいるんだぜ」
心配してくれているのかと思ったのか、少女は一度口を開いて、再び閉じる。 なんと答えようか、悩んでいるのが一目瞭然。「…えと。地図を、拾ってくれて」 一つずつ、順に口にしてゆく。ハンマーをもってくれるといったこと、迷っていた自分を助けてくれたこと。――そう、つまり思いっきり少女の主観で。「本当は、駄目だって、わかってます。でも、…でも、良い人だから、信じられると思うのです。 怪我したら、痛いです。ケーシィさんも、…えと、ティエンマさん? も。 奇麗事だって、わかってます。でも、血は、痛くて、嫌いです…」 たどたどしく並べられるのは、まだそういう裏切りをしらない少女の願い。
悔しかったから、と。少年は、そう答えた。”悔しかったから”、か。(ああ…)何て、優しい人。彼の目に今映っているボクは、敵国の兵である闇エルフではないのかもしれない。ただの、笛の音に怯えた一人の娘。どうして今、そんなボクが彼に剣を向けられるだろう?自分の行動に対して責任を取った、「一人の少年」に。『ちょっと隠れましょう。実は、最初の僕の笛、援軍を呼ぶものだったんですよ』そう言いながら隠れる少年。正直、見つかるのは不都合だ。素直に従う。
幾多の足音。公国の兵が、自分たちを探している声がする。「…貴方が」木を背にしながら、俯いて小声で話す。「貴方が気に病むことは…無い」ボクを傷つけた、だなんて。取り乱すボクを見て傷ついたのは、彼の方ではないか?――傷つけたのはボクの方。「…ごめんなさい」自然に、その一言が口から滑り出た。
もう一度辺りを見回し、追っ手が来ないことを確認すると、地面に降りて薬草を探した。最低限の薬しか持っていないので、購入が難しければこうやって調達するしか方法はない。熱冷ましと気付の薬草を見付け、そのまま噛む。すこぶる苦いが、貧血で意識をなくすのだけは避けたい。そして再び梢に戻ると、風が吹き荒ぶ砂漠を振返った。先程まで戦った敵が、次は友として会えるようにと願う。私の役目は終わった。後は守るべき者が待つ国へと還るだけだ。(風呂に入って、この緑色を流したい)「傷が治るまで暫く無理だ。緑もまあ・・・見慣れれば」決して似合うとは言えないが。
問いかけた時、彼女――ニコラウスは言葉を詰まらせた。突然の問いかけに戸惑ってるのか、悩んでるのか。『…えと。地図を、拾ってくれて』たどたどしい口調で、長い返答が述べられる。それを一言で収めるなら、"親切に接してくれたから"だろうか。『本当は、駄目だって、わかってます』横槍を入れずに、その赤い眼を睨み続ける。やがてその答えが、ピリオドを打って締め括られた時。「まあ…、それもアリか」ガラにもなく、彼女の言葉を肯定する。それから少し顔を綻ばせ、笑みを浮かべて見せた。
これでおどおどした様子が解けるだろうか。笑うのは一瞬だけにして、再びバツの悪そうな顔に戻す。「ならまずは、治療法ぐらいは知ってた方がいいぜ。いてぇのが嫌なら、その怪我を治す術ってのが必要だろ」右腕の治療もある程度終わり、すっと立ち上がる。その頃だろうか、遠くから大勢の足音が聞こえてきたのは。恐らく、つか確実にケーシィの部隊だ。さてさて、遅れてきた野郎どもをどういたぶってやろうか。ニヤけながら悪巧みを企てつつ、ニコラウスの腕を掴んだ。「同国民のよしみで言っておくが…、知らないヤツにはついて行くなよ」保護者ぶったセリフを吐いた後、黒い三角帽を被って顔を隠した。
彼は納得してくれるだろうか。考えながら少女は口にする。 尻尾はしゅんとたれ、まだ獣のものになったままの耳もたれ、子供っぽいにもほどがある。 きっと怒られるだろうと思っていた。だから、「まあ…、それもアリか」 それにとても、驚いて顔をあげる。だから丁度見た。彼が笑ったのを。そして少女は釣られて力を緩めた。たよりない笑みが浮かぶ。「ならまずは、治療法ぐらいは知ってた方がいいぜ。いてぇのが嫌なら、その怪我を治す術ってのが必要だろ」「う。…ど、努力します!」 立ち上がった彼。不器用な己をどうにかしようと少女は頷いた。 そして、聞こえてきた音…ようやく到着したのだろう、味方が。
ほっと安心した。だからにやりとした顔なんて見ていない。 そちらに手を振ろうとして――掴まれた。 目を丸くして彼を見ると、「同国民のよしみで言っておくが…、知らないヤツにはついて行くなよ」 そんなことをいわれてしまう。 ぱちぱち、何度か瞬き。そして、「そ、そんな事、しません…! しませんったらしませんよ!」 膨れっ面になったのだった。 彼の顔は隠れて見えない。少女は尻尾を無意識に振って、そして―― 一度振り返った森。(ちゃんと治るといいです) そんなことを思って、少女は遅れてきた味方たちの方に走った。※ティエンマさん、ケーシィさん、ありがとうございました!
よく、戦士の勘や第六感という言葉が使われる事がある。勘とは、これまでの経験や事前の観察により脳裏に残っていたものが直感として形になったものであり、第六感とは、虫の知らせのような直感である。そして、私には第六感が全く無い。だから私は、観察というものを重要視する。敵の姿を、動きを、この絶大な自信を寄せる一つ目でひたすら見る。敵の曲刀、加熱による陽炎も氷結による霜も無い。手の動きにも、過重された様子や軽量化された様子は無い。目に見えない魔法武装…一番可能性が高いのは、空気に関するものだ。
空気を固定化した刃で刀身を延ばしたのか、真空波を纏って殺傷範囲を延ばし…『そ、ら、よ!』敵が剣の間合いの外で曲刀を振る!どちらの推測が正しくても、これは当たる。フェイントではない確かな動きがその証拠だ。素早いその振りに、斬撃での対応は間に合わない。ならば…「ぬんっ」矛の穂先の幅は、20cm以上はある。曲刀の鍔元を狙って、突く!
真横に振るった剣に、真正面から槍の穂先がぶつけられる。風の刃は形成される前だ。読まれてた!?その場でターンするくらいの勢いが塞き止められ…「…!!」しかし、弾き飛ばされてたまるか!右腕を起点に逆回転。刺突を受け流す形でさらに前へと踏み込む。当然タダでは済んでいない。指先、手首、肘、肩。後ろに置いてきた右手の間接が、ことごとく苦情を叫んでいる。突き刺すような痛みはあのバチバチ言ってる奴の影響なのだろうか。痛すぎて区別がつかない。…でもまだ剣は手放していないようだ。流石俺の右腕!
ストライキを起こしそうな右腕を左手で支え、突きを放った姿勢の相手に接敵。こうまで近いと剣の間合いとも言えない、長物はもっと振るいにくいだろう。ここまで来れば!…来れば?さて、近づけば分かると思って勢いでここまで来たが…行く手にあるのは分厚い鎧の壁。ああもうコイツ何処殴れば効くんだ!つかこんなごついの着て動けるもんなのかよ!露出してるのは、あー、顔?顔だな!?「らぁッ!!」身長差を埋めるために跳躍。勢いのままに体を横へ回転させ、剣の柄を顔面に叩きつけるべく、振るう。
今日は厄日だ。打ち返した筈の相手の剣は、そのまま一回転して、今まさに私の頭に一撃を叩き込もうとしている。目に当たれば目は潰れ、頭で受ければ頭蓋骨が陥没するだろう。そしてそれは、速さは兎も角、早い。回避もガードも、間に合いそうにない。ならば、私に出来る唯一の抵抗は…両軍の主力が衝突した時点で、先行兵は引き返すべきだった。そうだ、そもそもあれ程までに進軍しながら一切敵に遭遇できなかった時点で、私の不運は既に明白だったのだ。それに気付かなかったせいで、このざまだ。ああ、今日は厄日だ。「ガァァァァッ!」迫り来る剣の柄に、それを掴む手もろとも、噛み付いた。
『…ごめんなさい』とつぶやいた彼女を見る。僕は少し変なことを言っちゃったのか、それとも変な顔をしていたのだろうか。あわてて僕は「いえいえいえ、謝ることなんてないですよ…うん、元気になってくれれば、それで僕もうれしいです。」といって微笑んだ。耳に集中してみると、公国の兵隊達はもう通り過ぎてしまったようだ。「もうそろそろ、大丈夫ですね」と僕は先に木陰から出た。そういえば、まだ名乗ってもいなかったことに気付く。「僕は音楽家の卵をしているリトといいます。もうそろそろ戻ろうかと思いますが、あなたはどうしますか?」
土壇場で考えついたにしては、頭狙いと言うのは名案だったか。上手くやれば俺の手でも一撃で勝負を…『ガァァァァッ!』ごめんそんな事は無かった!避けるでも怯むでもなく、相手はこちらに向かって大口を開ける。まさかの事態。こちらはもう、自分では止まりようが無い。…やべぇ、この発想。自分の思考の流れに、焦る。俺、びびってんの?気付いた時にはもう、遅い。一瞬勢いが減じた両手に、リザードマンの顎が落ちる!いっそ振りぬいてやれば良かったのだ。顎ごと砕いてやれば。こんな行動、相手だってタダで済むわけが無い。無かった、のに!!
…ていうか痛えええええええ!!!!!痛みで現実に立ち返る。後悔してる場合じゃねぇ、何とかしないと!中途半端に飛んだせいで蹴りに力は入らない!両手は齧られてるからナイフも無理!刀身の風もこれでは威力を発揮できない!こっちも噛み付く?鱗に?あああもう!!「は!な!せぇ!!」頭突き!!
木陰から出る後姿を見つめる。緑色の髪。この森と、同じ色。この森は、彼の味方。 さっきの美しい花の映像や旋律を、彼の緑の髪とダブらせて何となくそう思う。『僕は音楽家の卵をしているリトといいます。もうそろそろ戻ろうかと思いますが、あなたはどうしますか?』その緑の髪がくるりと振り向いて、現実に引き戻されて少しドキッとした。「ボクはマーシェ=ソワレ。この地を旅する者」うっすら微笑んで、ずっと握ったままの剣を、ようやく収めて。「…来た道を、戻ります。仲間が、いるから」心配は要らないのかもしれないけれど、さっき別れたコウさんの様子を見に行きたい。
衝撃は覚悟していた程ではなかった。直前、走馬灯が走りかけていたが…生きている。助かった…しかしそれでも、数本は歯が折れたようだ。口の中に溢れる血の味で、未だ戦闘中である事を思い出す。急いで帯電する矛の穂先を相手の体に押し付けようとし…『は!な!せぇ!!』「!!」目の前に敵の頭が迫る!しかし、手に噛み付いていた私に、それが避けられる筈も無く。「ぐわあぁっ!!」
「目がっ!目がぁぁぁっ!!」痛い!目が痛い!私のたった一つの大切な目が!私を苦しめてきた忌まわしい単眼が!我を忘れて目を押さえ、触れた目がまだ存在した事で正気に返る。手に何も持っていない。そして口を開いてしまった。「くっ!」慌てて後方に飛び退り、更に大きくジャンプする。溢れる涙と瞼からの血で、ぼんやりとしか目が見えない。しかし目はある。潰れてはいない。「まだやれる…私はまだ負けていない…」口の中の血を唾のように吐き、背中のスピアを抜いて構えた。
頭に走る衝撃。それと同時に両手のある位置から叫び声が上がった。「…ッ!」頭突きの振動は相手の歯を通して両手にも伝わっている。やな感じ。…だが、解放された!地に足が着くのを確認してからバックステップ。幸い相手も、同様の行動を取っていたようだが。「…ちっ」剣を持ったまま、だらりと両腕を下げる。傷は…様子を見るのは萎えそうだからやめた。指を動かすのも辛い状況だが、どっちにしろ剣は握ったままなのだ。動かす必要は無い。走る痛みに耐えつつ剣先を持ち上げ、ぎこちなく構える。『まだやれる…私はまだ負けていない…』「そりゃそうだろうよ…!」
アンタはまだ負けてない。そしてそれは俺も同様。地面に落ちた矛の向こう、槍を構えた相手を見据える。その時、額から何かが眉間を伝う。地に落ちた雫は、赤い色をしていた。…はて、これは…どっちの血だ?「…う、ふ。…ふへへ」…可笑しい。何だ、これ。笑える。ちっとも、楽しくないのにな。でも、きっと。今俺は、笑うべきなんだ。肩から力が抜ける。剣先がゆらゆらと踊り出す。痛みは消えない。でもまぁ何とかなんだろ?牙を剥くように笑ったまま、ゆらりと前へ足を踏み出す。決着を求めるように。
『ボクはマーシェ=ソワレ。この地を旅する者』そういって微笑んだ彼女に、なんとなく自分が報われた気がする。本当に、よかったなと。『…来た道を、戻ります。仲間が、いるから』「うん、そうですね…また違う場所で会えたらうれしいです。それでは、お気をつけて」――リン一音、やさしく指輪をはじいて彼女を祝福する。そして僕は振り返って、本陣のほうへ走っていった。 (お疲れ様でした、ありがとうございます)
焦げ臭いのは、落とした矛が草を焦がしているからか。耳鳴りがするのは、頭突きで目に受けた圧迫のせいか。男が一歩踏み出す。血だらけの姿で、口元には笑いを浮かべながら。気付けば、自分も一歩前へ踏み出している。奥の手をほぼ出し尽くし、血も涙も止まらないのに。そうか、私はまだ戦いたいのか。
『マスター、公国軍の敗残兵らしき者が複数接近中です』スイの報告。「ルドラムが勝ちましたか。では"帰る"為に決着をつけます」戦士のプライドの為に、傭兵のプライドを捨てた訳ではない。あくまでも、無事に帰還する為…傭兵の流儀を破るわけではない!「私はルドラムに雇われし傭兵、コウ・ツーイェン!」走り出し、「貴殿の!」スピアを投擲!投げた槍を追うように、「名前は!」スパイクだらけの肩で、全力のタックル!
『私はルドラムに雇われし傭兵、コウ・ツーイェン!』笑い出したい気分のまま、それを聞く。そうか、それがアンタの名前。…俺?俺は…「ムー・トムルだッ!!」流れるように剣を一閃。風と刀身の両方で以って、飛び来た槍を弾き飛ばす。覚えとけよ、と言葉を続け…ついに笑いの衝動に負けて口を開ける。はは…これ、負ける奴のセリフじゃねぇの。剣を振り切った姿勢、そこにコウと名乗った相手の巨体が迫る。俺は前へ、もう一歩踏み出した。かろうじて出来たのは、それだけ。どん、という衝撃。…気がつけば、仰向けになって地面に転がっていた。
『また違う場所で会えたらうれしいです。それでは、お気をつけて』「ええ、貴方も」笑顔で返しながら、対立する国同士の兵とは思えぬ会話だ、と。何処と無く満たされた、温かな気持ちを感じる。上官が見たら、斬り伏せよと怒鳴るだろうか。でも、ボクが出会ったのは「音楽家の少年」だ。「公国の兵士」では無い。だから、これで良いのだ。
走っていく彼の後姿を、見つめて、そして目を閉じた。リン……、と。最後に彼が奏でた、柔らかで澄んだ音が耳に残っている。きっとまた、会えるだろう。ボクは、旅人なのだから。静かに目を開いた。そして、来た道を駆け戻る。今もきっと戦っているリザードマンの彼。ひどい怪我を負っていないことを祈りながら、足を動かす。(こちらこそありがとうございました。お疲れ様でした…!)
『ムー・トムルだッ!!』それがこの男の名前…当然のように槍を弾くその動きは、とても自然で淀み無い。そうだ、奴ならばそれぐらい当たり前の事だ。さあ、この私の全力の一撃をどうかわす!『……』…今、何と言った?それに何故何もしないで前に来る?貴様死ぬ気か?!それじゃ"殺してしまう"だろうが!!「ぬあぁぁっ!!」咄嗟に、最後の力を振り絞って体を捻る。スパイクはかろうじて逸れたが、背中と奴の体が激しく激突する。そのままバランスを崩し、大地を転がった。
ああ…馬鹿は自分だ。何が"殺してしまう"だ。私は最初から殺す気だったんだろうが。結果として相手が死ぬのは当然だろうに。それを、あんな一言と一歩ぐらいで動揺して…起き上がると、ムーとやらは目の前にまだ倒れていた。「…覚えましたよ」霞む目でザフの矛を探し、柄を掴んで引きずりながらその場を離れた。帰らねば…(お相手頂き、ありがとう御座いました)
焦りで足がもつれそう。落ち着いて落ち着いて、と心の中で自分に言い聞かせながら駆ける。遠くから、歓声が聴こえた。「!」歓声と言うより、咆哮と言うか泣き声と言うか。これは、リザードマン達、ネコ族達の声。勝った、のか。…ああ。そうなのか。次第に見えてきた、前から槍を引きずる大きな影。見つけた。「コウさん…!」
駆け寄ると、瞼から出血しているのが目に入る。「貴方、眼を…!戻るのが遅くなってすみません…」手当てをしたいところだが、何だか下手にいじらないほうがいい気がする。眼は、身体の部位の中でも敏感な部類に入るから。「帰りましょう。ルドラムへ」手を引く。きっと、道が見えにくいだろうから。あの暖かい国で、傷を癒し、次への準備をしなくては。気を引き締めて、寒い森を歩いた。
『コウさん…!』「ああ、その声はマーシェ殿…御無事だったようで、良かった」見たところ、大きな怪我は無さそうだ。見えた範囲では。『貴方、眼を…!戻るのが遅くなってすみません…』「問題ありません。それに、マーシェ殿の責任ではありませんよ」逆に言えば、今になって戻ってきたという事は、今まで戻れない理由があったという事。ゲリラや落武者が出かねない戦場に、いつまでも居たい筈が無い。きっと、彼女には彼女の戦いがあったのだろう。『帰りましょう。ルドラムへ』正直な話、一人では無事に帰れるかも怪しかった。「ええ、皆の元へ…」
ぼんやりと空を眺めながら、リザードマン…コウ・ツーイェンが去っていく音を聞く。何で生かしたのか、聞いておきたかったが…まぁ、いいか。「…ふ、へへ」しかし、ダメだ。まだ可笑しい。何が可笑しいって、そう。俺に戦うだけの気概があったって事が。これじゃまるで戦士みたいだ。ちっともそんな事無いのに。「…頑張ったんだがなァ」負けか。疲れた。そして痛い。…足音がする。複数の。公国の迎えか、連合の迎えか。まぁ、それはどっちでも良い。大事なのはそこじゃなくて……げ、男かよ。ああくそ。ちっとも色気がねぇ。