戦士達を闇の微睡に誘う甘やかな息吹を連れて、血と涙に塗れた大地を焦がす熱砂の匂いを連れて、交わる闇夜と太陽の叫びは。砂漠の千夜が暗黒に塗り変わる前に、囁き踊る悪魔達が爪牙にかかる前に、ただ駆けろ、と。
・他者の行動・行為を著しく制限、または指定する描写。・単騎で戦局に多大な影響を与える描写。・俗に言う無敵と思われる行為、行動や描写。・世界観が大幅に無視されている描写。・その他、不躾であったり、不快に思わせる行動や描写。(以前のスレッドより、転載させていただきました。)
★PC用http://www.geocities.jp/kichi_k/LG_map/top.html(クロゼット様作成)★携帯用http://lgtisiki.blog89.fc2.com/blog-category-8.html(ロストグラウンド知識書庫より。コルナ・コルチェット様作成)!(現在、従来の携帯用地図は使用できません。上記よりご覧ください。)地図の作成、保管に関わってくださっている方々に感謝を。
宣戦布告が為される以前より、悪夢は解放軍領に兵を置いていた。初戦で下した相手国を暫定的ながら統治する意味合いも勿論在る。が、同時にソレは二戦目への布石だった。北端に位置するナイトメアと南端に位置する解放軍。此の二国を治めていれば、なるほど。大陸の隅々まで、滞りなく軍を派遣する事が可能。陛下、及び重臣の方々の戦略眼。恐れ入りますわ。
我が宣戦布告を知ったのは28日の朝。準備を整え、転移魔法陣を使用し首都ビレンツに到着したのがつい先程。此所まで来ればルドラム領は目と鼻の先。ええ、余りにも順調。本当につつがない。既に先発隊がザンディアの塔を目指し、侵攻しているという。少々出遅れた感があるけれど、どう致しましょうか。慌ただしく動く兵達の間を縫い、作戦会議室の扉を叩いた。
「はぁ…?」宣戦布告の翌日、病院長から渡された指令書を見て。オレが上げた第一声は、どう聞いても気の抜けた声だった。「待ってくれよ…、仮にも怪我人だぜ?」『右腕以外は動くだろう、なら問題ない』平然と言ってのける院長兼上官の、あんまりな返答に唸りを上げる。そして椅子に腰掛けていた院長に、『まずは読め』といった感じで睨まれた。左手で器用に指令書を広げ、綴られた文字を目で追っていく。「…コブムとナトームの警護だって?」『"君達"の傷を考慮しての指令が、それだ』…確かに、敵の真っ只中に置かれないだけマシだろう。だが、ここで一つの疑問が浮かんでくる。
「こんなトコからナイトメアが攻めてくるのか?」『解放軍がナイトメアに敗戦したのなら、尚更だ』初めて聞く情報に首を傾げると、院長は呆れ顔でぼやいた。『…解放軍はナイトメアに敗戦した。解放軍領に敵が駐在している可能性がある』「へぇ…、今やあそこはナイトメアの領地ってコトか」指令書を折り畳み、院長の台詞を繰り返す。とりあえずコレで、北国への出張は免れた。寒いのが苦手なオレにとっちゃ、ラッキーなコトだ。「その任、このマフ・タークスにお任せあれ…。なんてな」黄色い瞳を細め、帽子を脱いで気障っぽく礼をする。今回の戦、右腕の負傷で銃が使えないケーシィはヌキだ。
渇いた空気。じゃり。砂礫を踏みながら、歩く。ざり。立ち止まって、音を聴くように右足を滑らせてみる。頭を空っぽにして、色々考えたい。そんな気持ちからの、大した意味の無い行動。――解放軍領からナイトメアが進軍しているらしい、と。何か、そんな話を聴いた。…それは…やめて欲しい。何故って、解放軍領は。ボクの今の根城があるわけで。戦況によっては、十分戦場になりうるわけで。そうすると、街が滅茶苦茶になるわけで。結果、また自分達の家の大掃除をする羽目になるのだから。
それに、ナイトメア、って。良い国だった。女王陛下は民に愛されているし、親切な人も多い。…それに――『集合!!!』大きな声で、ぶつっと物思いが途切れる。仕方ないな、と息をつく。「…ザンディア」確かめるように、今から向かう地を呟く。そう、物思いはお終いにして頭を切り替えないと。悪夢を見せられたくなければ。
男は、部隊長に叱られていたといっても、聞いている振りをしていただけで、実際は違う事を考えていたのだが…先の解放軍戦その際に砂漠を越える馬車に乗り込んだは良いが、途中で何も告げずに降りたのだ理由は…、まあ色々在るのだが、今は良いとして「…おい、聞いているのか?!」そしてバナール要塞付近で見つけられ、現状に至る…「一応…だが、俺の説教は戦が終わってからの方が賢い選択だと思うけれど…」こんな敵地のど真ん中で説教など聞いている場合でないのは、成る程確かだ「それで、我々は何処へ向かえば良い?」部隊長は半ば諦め顔で溜息を付いた「…先発隊はザンディアへ向けて出発している」
此処からザンディアならば、そう遠くは無さそうだだが、既に敵地何処で敵兵に遭ってもおかしくは無い訳で「念の為、我が部隊も其方へ向かう手筈になっているだが、途中で敵兵と遭えば…其の時は」そうか…とだけ呟いて、男は目を閉じたルドラムは、男にとって縁の無い国だった友の家が存在する土地では在れど、仕官をした事は無い嘗て戦った時は…確か猫の魔導士に翼も焼かれた「おい、出発するぞ今度はちゃんと来いよ?勝手な行動はするな」声を掛けられ、ふと現実に返る「其の積もりだ…、……約束は出来ないが…」最後の呟きは、多分聞こえてはいまい先ずは、移動を
「転移魔法陣…?」傭兵仲間と部隊を組み、何処へ進軍するかの打ち合わせ中、その耳慣れない言葉は出てきた。『ええ、それがローマスかビレンツ辺りにあるんじゃないかと』「確かに解放軍領は今やナイトメアの占領下ですが…」『ファディア城近くでのエルフィネスとの戦闘の際、何故か トルスタン城方面から飛来するナイトメアの部隊を多数の 兵が目撃しているんです。 おそらく敵は、転移魔法を部隊単位で運用している』魔術を得意とするトリ夫が熱く語っている。後で喧嘩しているネコ吉とイヌ助の声で聞き取り難いが。
「しかし転送魔法というのは、受信側にも準備が必要なんですか?」『個人レベルなら兎も角、部隊でとなると必要でしょうね。 そうでなかったら、今頃はナビアが敵兵で溢れています。 それに一方通行では、緊急時に…』順々に送られてくる歴戦の兵が、現れた端から丁寧に串刺しにされていく光景を想像する。「それはまさに悪夢ですね…」『ここはぜひ、我々傭兵隊の手で転移魔方陣を押さえましょう』正直、あまり気が進まない。できれば正規軍に任せて、我々はナイトメア領に進みたい。しかし、今の話を軍に掛け合っても、信じはしないだろう。「仕方ありませんね。ではビレンツ方面へ進軍しましょう」
「ザンディアの塔へ向えば宜しいのですね」デモンナイト、ワーウルフ、魔術師で編成された中隊に混じり、後発隊としてザンディアを奪取、防衛する事。ソレが、作戦会議室に顔を出した我に与えられた命だった。目許麗しき指揮官の魔族はこうも続ける。『心配しなくとも良くてよ。ことビレンツを防衛するに限り、 わたくし達に敗北は無いと思うから』彼女が頬に浮かべるその不敵な笑みは、慢心から来るものでも、自軍の過大評価から来るものでもない。確固たる根拠に裏付けされた、指揮官が指揮官足り得る自信。『あら、解らない? 今が何時かと此所が何処かを考えれば、 すぐに答えは出ると思うのだけど』
頭に疑問符を浮かべている我の様子を見て取ったのか。彼女は大机に肘を付き、妖しく笑んだまま、試すようにこちらを覗き込んでいる。今は初春。多少暖かみを増しているとは言え、夜間はまだ肌寒い。そして此所、解放軍領は南端に位置し、海域と接している。潮の流れは恐らく暖流。立ち上る大気は水蒸気を含んでいる筈。ソレが我らの領域に移動し、地面に依って冷されると…「フフッ、面白いですわね。天と地の利と言った所ですかしら」『そう上手く事が運ぶとは言い切れないけれど。 勘定に入れるだけの価値は在るのではなくて?』霧と夜闇で味方を強化し、士気を昂揚させる。なるほど。
天候は不確定な事象ではある。が、型に嵌れば圧倒的優位を築けるのも事実。発生すれば周辺の地形と相俟って、敵主力兵種の足枷となるだろう。『万一に備えて此方の守備も増やしておくから。安心なさい』「承りましたわ。それでは、良い夜を」一礼し、作戦会議室を後にする。民間人は既に避難しているのか。ビレンツに在るのは今や、ナイトメアに属する兵士達の姿だけ。後発隊の出発まであと僅か。戦支度は整え万端。残っている事と言えば…「そういえば、お昼。まだでしたわね」使い魔の御飯くらい。首に巻き付いている触手をうりうりと小突き、街中へと歩を進めた。
『敵はまず、ここを目指すはずです』駐在兵が行き来する街中に立てられた、ある小さなテントの中で。ネコ族の子供が、シートの上に広げた地図のとある箇所を指差す。そいつが爪の先でつついたそこが、ザンディアの搭だ。ナトーム村の西側に建つこの搭の南に、首都ビレンツがある。『敵よりも先にここに到達できれば…、例えばみんなで搭に登ってですね。やってきた敵達に向かって、炎のシャワーを降らせたりとかも出来ますよ』両手をいっぱいに広げて語る、小さな副隊長。そのいきいきとした動作に、オレは苦笑いを返した。「だったらさ、ここでのんびり地図広げてる場合じゃあねぇな?」『…あ、そうですね』
のんびりとした反応に、がくっと頭を下げる。そこへ、大きな声がテントの外から聞こえてきた。『集合!!!』「やっべ、もう時間か!」一瞬だけ体をビクッと震わせ、跳ねるようにその場で立ち上がる。副隊長に地図とオレの荷物を持たせた後、テントを飛び出した。「野郎ども、オレ達も出撃だ!目標はザンディア、敵よりも先に搭で陣取るっ!」ここで副隊長から杖を受け取り、それを天へと掲げ。いざって時の為に学んでおいた、加速魔法を唱えた。「クイック・リインフォースッ!他の部隊もオレらに続きな、進撃開始だ!」術で軽くなった足取りで村を駆け抜け、慌しく先陣を切った。
ナトームの南方を通り過ぎた頃、我々の遥か前を斜めに横切る飛行部隊を発見した。「あれは…ナイトメアの先発隊? 方向からすると、ビレンツから来たようですな」向かっている先にあるのは、ザンディアの塔。こちらには気づいていないようだ。もっとも、常人に見える距離ではない。ザンディアなら、占拠されても付近の守りは堅い。ナトーム村にはケーシィ殿も居る。「先を急ぎましょう。アレがあるのはビレンツで決まりのようです」『どっちにしろ、飛行部隊には手が出せませんやね』ここから先は、敵と戦闘になる可能性も高い。警戒を強めつつ、ビレンツを目指した。
準備は整った。これから、ザンディアの塔に向けて進軍する。兵達の話し声や上官の怒鳴り声で、周りが騒がしくなってきた。『馬は乗れるか』リザードマンの上官の言葉に、顔を上げる。ボクは生粋の戦人では無いから、乗馬訓練を受けていないと思ったのかもしれない。「乗るだけなら」上官は少しだけ意外そうな顔をして、そうか、と返す。そのまま、『急げ』と周りに声を張り上げながら駆け足で去っていった。乗るのは、栗毛のしっかりした顔つきの馬。「良い子」たてがみを撫でた手にそのまま力を込め、ぐっと馬に乗る。『出発――!!』あぁ、始まる。戦が、始まってしまうのだ――
砂漠は嫌いだ理由は色々在る暑いし、足元は安定しないそして何より……──「最近、考える事が多すぎるな」僅かに苦笑を浮かべ、男は黙々と歩いた苦手だろうが何だろうが、兎に角進軍はする流石に目的地が近付くにつれて、空気がぴり、と張り詰めてくるのが解った「敵が……近いのだろうか……」警戒を強めるに越した事はなさそうだ、と思案しながら…男達は歩いたザンディアの塔まで、もう少し…といったところか
もう落城の憂き目は味わいたくない。そんな思いからフェリールの守備に就いていた私にとって、それはあまりにも突然のものだった。─転送魔法陣にて解放軍領へ進軍。 そこで友軍と合流し、ルドラム領へ進軍されたし不本意ではあるけれど、一兵卒である私がそこに異を挟む余地は無い。「了解しました。その任、慎んでお受け致します。」こうして、私は他の攻撃部隊の兵と共にビレンツへと送られる事となったのだった。
酷く不愉快。正直な所、ソレが現在の感想。黒と紫で設えられたローブを目深に被り、口許に布を巻いてはいるけれど。それでもなお、東から吹き往く風は砂の香りを含んでおり。外套の隙間より絶え間なく侵入する様は、もはや閉口するしかない。ああ、もう。此の調子だと髪もきっと砂だらけ。前回の戦の後、腕利きの理髪師に整えて貰ったばかりなのに。きっと『なんだ、また来たのか?』と言われるに違いない。灰被り姫の逸話。かつてより聞き及んではいたが、なるほど。今ならばその仕打ちがロクでもないと良く解る。同情致しますわ。
『猫の耳に見えるぞ。ルドラム兵と間違われるかも知れんな』側頭部より生えた二本の角がローブに作る、二箇所の膨み。先程、ソレを同僚につつかれた訳だが、巧く御返し出来なかった。………何て悔しい。先発隊と此方を往復する蝙蝠達に依って、情報取得は容易。未だ自軍と敵兵の衝突は起きていない、彼らはそう伝えてくれた。彼方には、天へと聳え立つザンディアの塔が視認出来る。果たして、ルドラム勢は気付いているか。悪夢は既に、そして今まさに喉元へ迫っているという事を。
加速の術を受けた魔術師団を先行し、砂漠を駆ける。隣を走る副隊長は、背後を気にしながら口ごもった。『みんな、ついてこれてるんでしょうか?』「今はとにかく、塔を占拠することだけを考えろ」高所を有し、戦場を見渡せること。これが可能なだけで、戦況は大きく変わってくるものだ。敵勢力の把握はもちろん、妨害やけん制射撃。味方への援護もしやすいし、必要になれば指示も出せる。司令塔ってのは、まさにこれの事だな。『あ、塔が見えてきましたよ』「お前は残って、遅れてきた連中に伝えろ。 魔術師団はこの塔を駆け上がって来いってな」副隊長を伝言板代わりにして、オレは一足早く塔に入った。
「見えた」ザンディアの塔だ。吹きすさぶ砂塵の中、天を貫かんと聳えるその姿。『どうなってる?』隣の猫が、緊張した面持ちで尋ねる。「…」じっと目を凝らす。塔に足を踏み入れていく者達。あれは、自国の魔術師団か。ボク達より一足早く出発した人々だろう。『ねぇってば』「敵はいない」いない。でもそれは、これから来るということだ。急ごう。馬をとばす。
ザンディアの塔。遠くから見るのと近くから見るのとでは大違い。見上げると、首が痛くなるほど。「ありがとう、優しい子。勇敢な子」今まで乗っていた馬を降りて、たてがみに額を埋めて背を撫でる。行くぞ、と蜥蜴兵が馬を引いていく。その後姿に、少しの寂しさと、哀れを感じて。塔の前、整列する兵達に加わる。びゅう、と風が吹く。砂を飛ばす、攻撃的な。激しい。悪魔達の息吹。すぅ、と少し息を吸った。
ナトーム・ザンディア地方を背にビレンツを目指す我々の南西、地図でいえばザンディアとビレンツを繋ぐ直線上。暫く前に見掛けた飛行部隊の後を追うように、それは現れた。魔の者達で構成された軍団、それはまさにナイトメア。砂を含む風のせいで識別し難いが、距離はそう遠くない。「南西方向に敵部隊発見!」これはまさか、先発隊の第二陣?何故これほどまでの兵力がザンディアに…伏兵を使った只のゲリラ作戦にしては、割いた戦力が多過ぎる。ビレンツに来ていたのは、むしろ主戦力か?そしてザンディアを足掛かりに速攻でナビアを攻略する?だとすると…我々だけではビレンツ攻略は不可能。
そして、この第二陣が第一陣に合流したら…ケーシィ殿の部隊だけでは抑えられない。…マーシェ殿が危ない!私は友から彼女の事を頼まれている。戦略的にも、個人的にも、この敵を見過ごす理由は無い!「仕掛けます!弩砲用意!」『弩砲よーぅい!』『弩砲よーぅい!』『弩砲よーぅい!』慌しく弩砲の組み立てが始まる。程なく、発射準備の整えられた弩砲がずらりと並んだ。「方位225度!距離700!…てぇーっ!」長さ80センチの鋼のクォレルが、一斉に空へ放たれた。
行軍には奇を以て襲せよ。即ち。規律正しく邁進する部隊は、側面よりの奇襲に脆い。少数の一撃で混乱をきたす程、悪夢兵の錬度は低くはない。が、手痛い損害を被るのも事実。そして何より、此所で足止めされては先発隊が孤立する。ソレを未然に防ぐ為。我らは今回、二種の蝙蝠を使役していた。一つは伝令用の黒の蝙蝠。もう一つは偵察用の銀の蝙蝠。つい先程の事だ。その"銀の方"が我の下に飛来したのは。肩に止まり、羽を休めながら彼は言う。此所より北東にルドラム兵と思しき影を確認した、と。その具体的な数は把握出来ないが、なるほど。ルドラムに一歩先んじられましたわね。
敵もさる者だ。歯噛みしている場合ではない。此のまま進んでいては恰好の的。けれど数も解らぬ相手に全軍で挑めば、ソレこそ敵の思う壷。ならば、答えは一つだけ。生憎な事に多少危険ではあるけれど。奇襲部隊が複数であったら。敵兵力が此方を上回っていたら。行軍する中隊の先頭と最後尾へ向けて、黒の蝙蝠を飛ばす。伝令の内容は、先に銀蝙蝠が持ち帰った報に加えてあと一つ。「側面の敵は我らが引き受けますわ。 貴方達は早急にザンディアへ向って下さいますよう」恐らくは今、持ち得る最高のカードがコレ。大丈夫。まだ"鬼札"は山に眠っている。そう、"夜"という名のジョーカー。逆転の時間。
『前方より飛来物!迎撃用意ッ!』中隊より別れた兵達が、右翼へ展開しようとした刹那。耳を劈くばかりの怒号が響いた。風を切り裂く幾つもの音が聞こえる。「全く、せっかちなのだから…ッ」神秘に熟達したナイトメアの魔術師達であっても、全てのクォレルを撃ち落とす事は不可能だ。魔術の防備をすり抜けた巨弩は、兵士も地面も等しく吹き飛ばす。げっほげほっ! ああ、今日は最悪な一日だ。何故こうも砂埃が舞い上がる事ばかりなのか。赦せない。「此れは御返しよ…」地面に突き刺さっているクォレルの一つを引っこ抜き、六本の触手の渾身を以て、飛来せし方角へと投げ返した。
「先発隊は飛行部隊ときたか…」外壁にある窓から身を乗り出し、外を眺める。そこにはこちらへと向かってくる、悪夢の軍団が見えた。それから視線を下に落とし、塔のふもとを見てみる。後続の部隊は塔の前に整列し、敵の攻撃に備えていた。「…これじゃこっちが不利だな」空を飛ぶ相手にとっちゃ、地上の敵など障害にならない。だからこそ、オレ達は塔に登ったのだ。いかなる状況にも対応出来る、この高所を得る為に。「見せてやろうぜ。砂漠の理と、ネコ族の大魔術を」杖を影の集団へと向け、後ろに控えた魔術師隊に準備を促す。しもべのネコ族達は、オレに習って同じように杖を構えた。
味方を引き連れて登ってきた副隊長を共に、仲間達が雄叫びを上げる。獲物を見定め気合は十二分、こうなったネコ族はもう止められない。「その災禍は、火種より現れん」『風の悪戯に、その身を委ねて』「触れるものに灼熱の烙印を押し当て」『逆らうものに砂塵の弾幕を注がん!』息をピッタリに合わせ、皆で発動を宣言する。「レッド・ディザスターッ!」ある杖からは炎、ある杖から突風が巻き起こる。ふつふつと燃え広がる火種はやがて、炎の雨と化し。それを導くかのように、風は靡いて空を駆け抜ける。"紅い災厄"と名付けた爆炎の風が、先行隊に降りかかった。
高く高く聳える塔が見えた「あれか、ザンディアの塔は…」しかし、程なくして足を止める視力の良くない男でも確認が出来るほど、そして何より気配が其の場所に誰かが居る事を教えてくれるナイトメアには無い気配…これは敵兵、か「…先手を取られたか…」相手はどれだけ居るのだろうか?塔の入り口辺りで固まっている影、若しかしたら塔の中にも既に…自分の属する隊が偵察に重きを置いている為、そう大人数ではない故に…数では不利になりそうだだが、反して襲う高揚感男の顔には自然と笑みが浮かんだ
其の時だった突如、塔の上の方で炎と風「矢張り…既に上にも……」幸い、此方の部隊までは届かず…魔法の行き先が、自国の先発隊らしき飛行部隊に向けてのものだと気付いたのは直ぐの事「…先発隊に助力しようにも…飛べない俺達が行くには…」矢張り、あの入り口付近の敵部隊を突破せねばなるまい其処に居るのが、果たしてどんな勢力の部隊なのか…目測出来ないのは非常に危険ではあるのだが「此処まで来て…引く訳にはいかないし、ね…」「もっともだ…、気合を入れて行け、敵は目前!我が部隊は、道を切り開かねばならん!」男の笑みは一層顕著なものに「進軍!」部隊長の声と共に、隊は敵部隊目掛けて進む
無事、増援部隊としてビレンツへと送られたものの、直ぐに進軍を開始するという訳ではなかった。刻々と変化して行く前線に対し、より戦略的に有効な進軍を行う為の作戦の練り直しや部隊の再編成など指令部が準備を終えるまで、私達兵士には待機命令が下っていた。こうしている間にも友軍の兵が命を張って戦っている。悪夢の為に拳を振るう事を誓った自身にとってこの空白は、只、苦痛。それでもそれを表面には出さず、静かに進軍命令を待った。
ぶわ、と。一際強い風が吹きつけた。髪を押さえた瞬間…遥か上、何か、黒いものが、空を。『敵襲――!!!』来た。目にも留まらぬ速さで飛ぶ先発隊に向けて塔が、火を噴いた。ドサドサッと目の前に落ちる悪夢の兵達。足の裏を伝わる、微かな地響き。駆ける、音。顔を上げると、悪夢はもうすぐ其処に。剣を抜いて、片足を引く。もし、此処を守れなかったら。塔が盗られたら。下から登ってくる悪夢兵たちに、上にいる魔術師団が追い詰められてしまう。…いや、魔法で空を飛んで逃げたり出来るのかも。
でも、脱出分の魔力の残量を気にしながら戦っていては、全力を尽くしにくい。だから、ボク達が居るのだ。塔は通さない。だから、安心して魔法を撃ってくれ、って。『突撃――!!!』剣を準備運動のように振り回してから――駆け出す。まず、一人目。右腿を斬った。聴くな。彼の呻き声を。心が乱れる。二人目。いきなり拳が飛んでくるとは思わなかった。「くっ…!」右頬を殴られたけれど、足払いを仕掛けて逃げることが出来た。三人目。正面にいる、男性。「!」その顔を見て、驚く。魔族では、なかった。でも、身体が止まらない。勢いに任せて、大きく、縦斬りを繰り出す
「やっぱ、塔を押さえといて正解だったな」爆炎に当てられ、次々と落下していく悪夢の軍団を見て。塔の内部じゃ魔術師団の連中が、わいわいと歓声を上げていた。だが、コレで全てが片付くわけがない。地上の方が騒がしくなったので、窓から身を乗り出して下を見た。塔の前で整列してた味方が、新たにやって来た敵軍と刃を交えている。「おっと…、ここの指揮は任せたぜ」『了解です、お任せください』塔の内部に体を戻し、上り階段に足を運ぶ。背中で副隊長の指揮する声を受けつつ、段差を登っていく。『炎のシャワー作戦開始〜! くれぐれも味方に当てないで下さいねー!』…ま、なんとかなるだろ。
最上階まできて、双眼鏡を用いて下を覗き込む。下階から炎が撒かれ、新たな敵軍に降り注いでいた。下の戦士たちも敵に立ち向かって行く。中には会議室で見たダークエルフも混じっていた。「あの嬢ちゃん…」敵の拳が彼女の頬を捉え、微かに仰け反らせる。すぐに立て直したようだが、目の前にまだ敵がいる。何故かどうも…、彼女の動きがぎこちなく見える。「…そんな太刀筋じゃ倒せないぜ」黒光りする杖を、彼女が切りかかる男に向ける。見たところ魔族じゃなさそうだが、敵に変わりない。「フレアウォール」ダメ出しにと、男の後方に中級の炎術を唱える。砂中から火柱が噴出し、後退を事前に阻止した。
目をこらして、遠距離射撃の結果を確認する。成果は上々のようだ。「前進して水平射撃に移ります。第二射用意!」理由は簡単、当たらないからだ。この距離では、私にしか敵は見えない。その状態で私が方向を指示して第二射を放っても、こちらの攻撃を知った上で動く敵には、そうそう当たるものではない。その時、敵の一団から何かが…いや、クォレルが撃ち返された。こちらの弩砲と全く逆コースを飛来するソレの先に居るのは…私だ!「ぬぁっ!」ザフの矛を構え、穂先にしているザフの剣の幅広の刀身でクォレルを受け流す。「くっ、進め!敵を目視次第、各自水平射撃の後に弩砲を捨て突撃!」
転移の魔法陣を抜け、足を向けた先はビレンツにある作戦用の会議室。兵達に混ざり、現在の状況について訊きながら「ザンディアの塔に向かった部隊も、後発隊も既に戦闘中…と言う事なのですね。」どちらも身が危険にある事には代わりが無い…という事ですか。…だったらやっぱり、向かうのは後発隊の方でしょうね。何より奇襲を受けたのは、ビレンツとザンディアの塔の間。迂回する時間もきっと無い。よし、と一つ。待機する悪夢の兵達の間を抜け外へ。
「彼らには悪いのですけれど…」先、行きますね。心苦しくはあるものの、見つかって問われれば軍属ではないですと言い張ろうと心に決め。一度黄昏の空を見、塔が有るであろう方角へ目を向ける。迎えるのは夜。少しでも目立たぬように越した事は無いと自分には少し大きめの夜色の外套を纏う。「うん、此れでよし…目立ちませんよね?」『地味ー』返す本からの返答に苦笑し、歩を進める。目指すのは、事前に聞いた後発隊のいる筈の場所。
濛々と立ち昇る砂煙。或いは此の砂塵こそが真の敵なのではないか。ザンディアの塔の上層より雨霰と降り注ぐ火球。が。本隊が到達すれば、悪夢が魔術で遅れを取るなんて有り得ない。良し、大丈夫。本隊は前進を開始した。先のクォレルできたした混乱はごく一時の………げっほ!「各自、包囲の隊形を取り右翼へ展開。急いで!」そう、それよりも今は目前の敵に集中すべき。包囲陣形は魔術の精度をも飛躍的に上昇させる。弩砲第二派の迎撃を考えるなら、敷いておいて損はないだろう。
鎧さえも貫く威力を誇るクロスボウ。が、その反面装填に過剰な時間を割かなければならない。子供の身長程もある此のクォレルならば、恐らくはもっと。「魔術師は敵影を警戒しつつ詠唱待機。 弩弓の迎撃後、射出された位置へ再度魔術を撃ち込みますわ」敵の使用兵器は解った。ならば対策も立てられる。ルドラムに先制された事が些か心残りではあるけれど。さあ、反撃と参りますわよ。夜魔の兵達。夜は此れから。獣人の軍団に悪夢を届けて差し上げましょう。
進軍が決まったのは数刻前の事。ザンディア周辺の戦況が激化している為、我々第二次後発隊はナトームを直接攻撃するとの事だった。やっとの進軍命令に喜びはしたが、それも束の間。私を含む数名には、この地に留まり駐屯部隊と共に転移魔法陣を守る命が下されたのだった。「…薄いな」髪を撫でる夜風が、肉視出来ぬ程の遠くから戦の匂いを運んでくる。噂に因れば、ザンディア方面は塔を既に取られているため我が軍が若干不利のようだ。
出来れば任を放棄して援軍に向かいたいが、それでは昔の二の舞。先程あちらへ向かう気配が一つあったようだし、今はその者にこの思いを託すとしよう。前線で戦う者達が自らの任を果たそうとする様に、私も今は私の任を果たす事に集中しよう。全てはナイトメアの為に。
『敵襲!』上空から、或いは下から悪夢と獣人は遂に衝突したもう退く事は出来ない…前進、あるのみ剣を抜き、ぐっと握り直す前を行く自国の兵が薙ぎ払われたり、或いは不意打ちを喰らわせたり此方も向かい来る兵に剣を向ける先ずは五分、という所だろう正面から、……あれはリザードマンでも猫でもない、闇エルフらしき姿相手も何かを思ったのか、一瞬ハッとした様な表情を見せた勢いのまま、縦に振り下ろされるのを、構えて下から受け止める鈍い金属音が響いた重力のままに振り下ろされる剣と、重力に逆らって振り上げる剣分は悪いが、受け止める事は出来た様だった…その刹那
──男の本能が動くなと命じた直後感じる熱そして上空からは炎が雨の様に降り注いでいる己の背後の熱は、間違いなく狙いを定められたものだ一瞬、塔の上を見やるが…姿を見る事は叶わなかった魔法には魔法をいくら猫族が魔法に長けた種族とはいえ、引け目は無い魔法を得意とする者達が、炎の雨に対抗する様に魔法を発動させたあちらは任せられる、そう判断して目の前には既に剣が振り下ろされているのだつばぜり合うような格好のまま、体勢を整えようにも下がる事は出来ないならば…構えた剣に力を込め、前へ押し進む様に剣を弾こうと試みる上手くいけば…相手は後ろへ下がる、体勢を立て直す事が出来るだろう
味方のダークエルフと、対峙する敵から視線を外す。他の部隊も視野に入れねば、ここを押さえた意味がない。後続に備える別の隊に視野を回す。その近辺には、コウ氏が率いる傭兵団も確認出来た。敵軍の角を生やした女…、軍師だろうか。砂塵の中で髪を乱しながら、部隊に指示を送っている。包囲の陣形か…。上から見ればよく分かる図だ。一方コウ氏の部隊は、多くの巨大弩砲を水平に構えていた。…敵を視認出来る距離から、一斉掃射をかけるつもりか。いや、これはマズい。巨大クォレルで先手を取ったとしても。あのまま突撃したら、包囲の陣を敷く敵陣に突っ込んじまう。
しかもその敵部隊は、見るからに魔術師団。果敢に挑みかかったとしても、魔術で迎撃されてしまう。杖を傭兵団へと向けて、防御魔法の詠唱文を読み上げる。…楽な仕事に就いたつもりが、とんでもない重労働だ。「神秘なる力よ、かの者達を守れ! ミスティック・バリア!」傭兵団のいる砂上に、大きな円陣が浮かび上がる。それが淡い緑色の光を放ち、彼らの体を包み込む。…対魔法用の防御術だ、これでいくらかの魔法には耐えられるハズ。「くそっ、この右腕が動けばなぁ…」杖を持ったままの左手で、動かぬ右腕を摩る。怪我さえなければ、オレも今頃は前線に立っていたのだが…。
敵の魔法が来ないのは、遠距離射撃に備えているのだろうか。しかし、こちらはまだ撃つ気は無い。そして敵の陣形に動きが。敵の右翼、こちらから見て左側が、弧を描くように伸びていく。こちらが前進した場合に、その左側面を半包囲する気か。その判断は正しいのだが…私には見えている。私のこの、数少ない特技の一つを、敵はまだ知らないようだ。「少し進路を変えます。私の後に続いてください」砂塵の為に味方の視界は悪いが、それは敵も同じ事。互いが見えた時、それは互いに有効射程内だ。包囲の為に突出した敵右翼の先端に食らい付き、導火線を伝う火の様に食い尽してやろう。
弩砲発射後、敵右翼陣先端に近接するまでが辛いが、そこを持ち堪えれば後はその場での対応でどうにでもなる。その時、体を淡い緑色の光が包み込んだ。「これは防御魔法?何処から…」しかしこれから敵の魔法に曝されるという時に、これは助かる。誰だか判らないが、心の中で感謝する。「そろそろ距離200…見えてくる筈」『見えました!弩砲行きます!』味方から次々にクォレルが放たれる。先程の遠距離射撃とは違う、正確で最速の水平射撃。そしてそのまま弩砲を捨てた皆の先頭に立ち…「喰らい付け!突撃!!」
交わる刃と刃。勢い良く押し返される剣。「…ッ」後ろにバックステップし、剣を構え直す。気が付けば、もう黄昏時。薄暗い。まずい。燃え上がる炎を背に、逆光になっている彼の顔。少し、目を大きくして。思わず言葉が漏れた。「…貴方は」確か、前期解放軍に――と言おうとして止めた。 仲良しごっこをしに来ている訳では、無いのだから。頬を熱風が撫でる。炎の雨が注ぐ地面の砂は、燃えることは無い。ただ、熱くなるだけ。「此処は通さない」相手を見据え、駆け出す。狙うのは、右腿。「やぁぁッ!!」上段から、剣を振り下ろす。
思えば何故、右翼へ陣形を展開したのか。頭の何処かで"敵は弩砲を発射した位置、もしくはその近辺から"侵攻してくると、或いは勝手に踏んでいたからかも知れない。部隊の背面や完全な側面からの襲撃も考えてはいた。視界は不良。視認が即ち会敵の距離となるだろう。警戒はさせている。ただ、敵が予期せぬ場所から現れた時、その僅か一瞬の間こそ致命傷になり得るのだが。『二時の方向に魔力波だ! 此の波長は――…』虚を突くのなら、自分達の位置を相手に知られてはならない。そう。逆を言えば"事前に察知する事が出来た場合、必勝"
『…ミスティック・バリア!』何処よりも魔の探究に長けたナイトメアの魔術師達は、僅かな魔力の収束すらも見逃さない。今回のように広く名の知れた魔法ならば、特定さえも可能なのだ。二時方向と言えば、まさに右翼へと展開した包囲陣形の先端。なるほどなるほど、そういう事ですの。着眼点は良かった。但し、ソレだけ。何処の誰かは知らないが、自らの手で自らの策を失するとは。器が知れましたわね!「詠唱開始。二時方向へ魔術を叩き込みますわ。 着弾後は貴方達の仕事ですわよ。突撃の準備を」
左手に控えるはデモンナイトとワーウルフの混成部隊。初撃は魔術で。その後剣兵が前衛となり突撃。魔術師は後衛に移動し援護する。完璧。砂礫舞う黄昏の世界。その中に沸々と現れる影が一つ二つ…良し、予想通り。敵の部隊は恐らく彼らのみ。ならば、憂いなく最大火力で出迎えるとしよう。「方位60度。距離200。てぇーーっ!」コレ、一度で良いから言ってみたかったのですよね。 満 足 。魔術師達の掌より解き放たれた奔流は、火球、氷柱、突風、或いは稲妻の雨となり敵陣へ疾走する。ソレは奇しくも、ルドラム側の弩砲発射と時を同じくしていた。
「ちぃ、こりゃ薬漬けだな…」杖を傍らに置いてから、手にした赤い薬を飲み干す。空になったボトルを敵陣へ投げ捨て、再び杖を手にした。その間に、敵の布陣に変化が起きていた。左翼に控えてた剣兵隊が、コウ氏の傭兵団に向かっている。今まさに"見つけました"と言わんばかりの速度で。コレは…、かなりヤバイ。「あ〜、敵に位置知らせてどうすんだよオレぇ…」よかれと思ってやったことが、かなり裏目に来てる。が…、ここでじたばたしても何も変わらない。歯を食いしばったまま、戦場を食い入るように睨む。やがて、両国が砲撃を放った。そしてルドラム勢は前へ突っ込み、右翼に食いつかんと攻め込む。
だが右翼は後退の姿勢を見せ、その横から左翼が迫る。コウ氏の超視力を考えれば、この状況を把握しているかもしれないが。オレの判断ミスが招いた誤算は、自力で清算したい。ここで心を落ち着かせ、知識が低いなりに考える。オレが傭兵団に防御魔法を使った直後、敵は傭兵団の存在に気づいた。つまりはオレの魔法が原因で…。「ん、ちょっと待て」ハッとなって、杖を再び戦場へと向ける。そう、敵はオレの魔力に反応して陣を立て直した。だったらもし、オレが死角となる場所に魔法を唱えたら…。砂塵の中で視界は悪く、互いがよく見えないその状況下で。全く別の方向から、敵の気配がしたならば…。
「…やるっきゃねぇか」確証は持てないが、このままじゃコウ氏の状況がマズい。敵陣の左翼が展開している、その後方に杖を向けた。「力よ、かの者達に漲れ。パワー・エクステンション!」敵陣の後方には、これまた大きな円陣が現れる。それは赤くて淡い光を放ち、居もしない"かの者"の力を高めようとする。魔力に敏感な魔族が、この魔導の流れを拾ってくれれば。傭兵団から少しだけ注目を逸らせる…ハズ。だが、まだ不安だった。続けて右翼の魔術師団に向け、正真物の妨害を仕掛ける。「歪んだ時を織る紫の波動よ、かの者達を捕らえよ!」こちらには減速の魔術を唱え、逃げる足に枷をはめておいた。
「やっと、見えました。」辿り着いた、後発隊達の居る場所。…と言っても、まだ少し離れていますけど。前方には見慣れた悪夢の魔術師と…長身のローブ姿。「お邪魔をしては怒られるでしょうか…と、あら?」眼前に浮かび上がる赤の陣、それは確かな魔力の揺らぎ。何の意味が…と声に出そうとして、その意味するところに気付く。悪夢の兵達は前方へと集中している、その状態で無意味な魔術を後方に行使する意味は無い。「と言う事は、お相手の囮でしょうか。何処からかはわかりませんが、中々の策士です事。」不意に魔術が発動すれば、誰でも驚く。ただ、既存の兵にばかり目を向けると…ね。
…まぁ、こんな所に人間がいるとも思わないでしょうけれど。苦笑も程々。砂埃に気をつけ、一度大きく息を吸うと「後ろは気にしないで!前方の兵に集中して下さいっ!」有りっ丈の声量で、聴こえてと願い声を張り上げる。ちょっと喉が痛い…けど、何もしないよりはきっと良い。前には出ず、その場所で本の留め金を外すと、右手に持ち替え開く。開いた本…その書の頁には既に蒼の羅列が輝いていて。…近づいて巻き込まれては、自分ではどうにも出来ませんものね。だから…警戒すべきは相手の魔術師。場所は、次の魔術が発動すればきっとわかる。
相手を後ろへと後退させ、間合いを取る事には成功した空は黄昏、…悪夢には絶好の時間が迫る「…貴方は」声にふと、男は目の前の顔を見つめる…ああ、彼女は……この世界、昨日の味方は今日の敵である事も珍しくは無いのだだが、迷えば負けるそれは屹度、彼女も知っている筈…通さないという言葉と、そして行動がそれを確かなものにした迫り来る相手、繰り出される剣下がれば避けられようが背後には、炎「…ッ」咄嗟に左へ飛ぶが…右腿をざく、と薙いだ思ったよりも速い高揚する心は、痛みよりも先に笑みを男に齎した着地すると同時に地を蹴り、同じ様に右の足を狙って剣を己の左から右へ、横に振るう
『敵陣左端から、魔法来ました!』「いや、これは…違う!」飛来する魔法は、敵右翼端だけでなく全軍の一斉砲火だ。どういう訳だか判らないが、敵はこちらの位置を把握している。「ていや!」一番早く到達する雷魔法の群れに向け、ザフの矛を投げた。総金属製のザフの矛が雷を引き寄せ、纏めて被雷する。「位置が知られているとはいえ、直接見て放った魔法は一部の筈! 直撃弾だけを見極めて対処を!」背中のスピアを火球へ投擲。仲間達からもジャベリンが飛び、頭上で幾つもの爆発が起こる。爆風や突風はもろに食らうが、先程の防御魔法の強度を信じる他にない。「耐えろ!そして進め!前進!前進!」
敵は魔法だけで片が付くとは考えていない筈。こちらの位置が判ったのなら、白兵戦要員が来る。早く目の前の敵右翼に到達しなければ!『無理です!次々に撃ってきます!』「進まなければ死ぬだけだ!諦めるな!歌え!」『は?!』「俺たちゃ傭兵、あこぎな家業!振るう剣は金の為!」『き、斬って斬って突いて!斬って斬って突いて!』『飛ばす生首、カネの元!』幸い、敵右翼は何故か後退が遅い。氷柱を両手で掴んで受け止め、投げた矛を拾い、歌いながら全力で敵陣に迫る!『俺たちゃ傭兵、卑しき家業!振るう剣はメシの為! 食って食って飲んで!食って食って飲んで! 赤い血飛沫、酒の元!』
悪夢の魔術を浴びながら、尚も進軍する傭兵隊。オレの防御魔法があっても、アレだけの猛撃は耐え切れない…。多くの味方を危機に晒しておいて。それでも前線に立つことが出来ない自分に苛立っていた。「何が悪夢だ調子に乗りやがって! オレら獣人を甘く見るんじゃねぇっ!」八つ当たりの暴言を吐きながら、杖を敵軍に向ける。目標は…、と見定めている時に敵軍の後発隊が押し寄せてくる。これだけの数を、まさかこちらの方へ寄越してくるとは…。「…本隊もこりゃ予想外だろうなぁ、くそっ」ここで愚痴っても何も変わらないことは、既に分かりきっていた。
「前線にゃ立てねぇが…。 だからといって何も出来ねぇワケじゃないさ。 災禍の炎は止むことなく燃え滾る…。 触れるもの全てを贄とし、喰らい尽くす時まで!」敵の後発隊を鋭く睨んで、杖の先端を突き刺すように向ける。赤黒い炎を纏ったその先端から、火柱が噴き出した。「レッドクレスト!」発動を宣言した直後、炎は勢いよく敵陣へと伸びていく。地表の目前まで迫ったソレは、後続の敵を覆い隠すように燃え広がった。それも角を生やした女軍師の部隊を、やや巻き込む形で。
浅かった。半端な斬撃だった。彼の後ろの、炎の壁。後ろへの回避はあり得ない。しかし、左右どちらに飛ぶだとか、その他の回避まで予測することなんて、出来るものではない。訓練を受けた戦士でもないし、予言者でもないのだから。故に、狙いが定まらない。焦点を絞った決定打を叩き込めない。なら、次だ。次で清算することを考えるのだ。「まだまだ…っ!」このまま、中途半端に終わらせるつもりは無い。駆け出した勢いはまだ残っている。まだ。叩き込める。振り下ろした剣を、斬り上げの動作に繋げようとして――背筋が、凍った。
彼の口の端が、上がったのだ。斬った瞬間に。背中を恐怖が、這い上がる。(…嘘だ、笑っ…)その瞬間、彼が着地した映像を頭で理解するより早く、右腿に鋭い痛みを感じた。「うぁ…ッ!」一気に、赤い血がオーバースカートの下のズボンに染み出してくる。痛い。痛い。脚が。愛しい大地を踏みしめ、歩くための。旅人の命が。数歩よろけて、剣を構え直し、相手を見据える。「…何故笑ったのです」掠れる声で、問う。興味?何だろう。でも、訊かずには、いられなかった。「…戦いが、楽しいとでも…!?」まだ無事な左足をばねに、大きく一歩を詰めて突きを繰り出す。
交錯する魔術と弩砲。其所此所で破砕音が上がり、砂煙はより一層濃度を増していく。撃ち漏らしたクォレルも幾つか在った。が、その程度なら想定内。損害は軽微。大丈夫、影響は無いに等しい。『後方に魔力波を感知した!警戒せよ!』突撃の号令を下さんと、腕を振り上げた時。そう、まさにその時だ。予期せぬ報が発せられたのは。…――後方より魔力波ですって?マズい。敵部隊は複数だったのか。「クッ、移動を。術師は六時ほうこ…『後ろは気にしないで!』『前方の兵に集中して下さいっ!』きーんびりびり。ああ、なんて事。鼓膜が破れるかと思った。
淑女足るならもう少し慎みを持つべきだと我は常々。全く、仕方のない娘ですわね。帰ったら御説教ですわ。「聞きましたか? 後方の魔力波は囮です。剣兵、突撃用意――」アレだけの声量ならば味方全てに行き届いている筈。当初に見受けられた兵士達の動揺は、今や完全に消え去っていた。ワーウルフの咆哮とデモンナイトの雄叫びが対を成す。ソレはまさしく、訪れし夜闇を祝福せんが為。「征きなさい。悪夢の尖兵よ!」剣を煌めかせ、牙を滾らせて。暗きに魅入られし者達は、獣人を蹂躙せんと向って行く。当然、我も触手を振るう訳だけれど。その前に…「其所の貴方、目障りですわ――Einascherung」
具現させしは"絶対ナル氷楯"我らを飲み込まんと猛る炎の渦を相殺する。間違いない。先程から猪口才な魔術を連続行使しているのは、ザンディアの塔に陣取った敵兵。規模の大きい魔術をあれだけ乱発すれば、放っておいてもそのうち勝手に自滅するだろう。栓の壊れた蛇口と同じ。魔力をだだ漏れさせているだけ。ソレで勝利を掴もうと? 奢るのも大概になされませ。勝つ事は偶然などではない。具体的な勝算の彼方に在る。後ろに居る筈の味方に念を飛ばす。暫く振りですわね、こうやって話すのも。「シノ、塔の魔術師が邪魔ですわ。三味線にして差し上げなさい」
彼女の動きが一瞬、凍った様に思えた剣はその足を削り、血を流させる……が、流石に己の足の痛みは無い訳ではなく力が入りきらなかったせいか、決定打にはならないよろけている、が…尚も剣を構え、此方を見据えている良い目だ…単純にそう、考えた時彼女から問いが投げかけられる「何故…ね…」其れは、成る程…難しい質問僅か、思考が其方へと傾いた瞬間彼女が地を蹴った
──深紅と、真白身体が勝手に翼を楯にしたが、突きには大した役にも立たず翼を突き抜け、剣は……左の脇腹へと羽根がはらはらと散り、血が流れ出たど真ん中でなかったのは…最早幸いと言うべきか「…戦いは…愉しいよ…」ふと、男は答える口元はまた、笑んでいる…此れは唯の癖、といえば…そうかもしれないのだが「…強い者と、こうして対峙できるのは…愉しいだが…殺し合いが…好きな訳じゃあ…無いよ」それは、剣士として…或いは元傭兵として…とても甘いのかもしれないが「君は…戦いが、嫌い…?」そう、敢えて聞いた
『な、なんか凌げそうな気が…』「そうです!弱気にならなければ凌げる!」それは希望的観測などではない。最初の一斉砲火こそ凄まじかったが、例えこちらの場所が判ろうともあの距離ならば…ある程度は迎撃できた。「案山子の様に薙ぎ払う気だったのだろうが、傭兵を甘く見たな」数に関しては、敵と味方は同等に近い。白兵戦要員も居る分、魔導師だけで言えばこちらの総員よりかなり少ない筈。その人数で、敵は弩砲の水平射撃を魔法だけで殆ど撃ち落すという離れ業を見せた。直前の一斉砲火と合わせて、魔力の消耗は相当激しい筈。衰えた敵の魔力と、回復した味方の士気。凌げているのはその結果だ。
そして今、到達した。同時に敵の剣士隊も、魔導師の間をぬってこちらに斬り掛かる。「優先目標は魔導師!戦士には二対一でかかれ!」私は…敵の対応を乱す為に、指揮官を討たねば。腰のライトの蓋を開き、スイを呼ぶ。「スイ、"跳躍"の10m、着地用不要、私の前5m」『了解しました』ライトから出てきたスイが、素早くその光の尾で私の5m前に魔法陣を描く。そこに助走をつけて踏み込むと、横方向の勢いはそのままに、私の体は10mの高さまで打ち上げられた。「どれが指揮官なんだ?!」突き出すように矛を構え、敵陣の中央へと落下、いや突入する。
悪夢の兵に揺るぎは無い。その様子に、胸を撫で下ろしたのも束の間…地を舐める様に奔る火線。しかしそれは、蒼の氷楯と共に消失する。『シノ、塔の魔術師が邪魔ですわ。三味線にして差し上げなさい』そして聴こえる聞き慣れた声。平気そうな声に、もう一度だけ安堵。「承りました…と言いたいですけど。シャミセンって何ですか?」根本的な問…まぁ、後で時間がある時にでも聞きましょう。そう、目下は先方の魔術師をどうにかする事。「幸い私は目じゃないようですし…好都合ですね。あちらは何とかしてみましょう。」言い、ザンディアの塔…その最上階を見やる。
最上階、魔術師達は其処にいる。…それだけわかれば十分ですね。「―」小さく、ささやくように一節だけの詩を紡ぐ。求めるのは、熱も物理的な力も持たないただ眩いだけの光の塊。夜目に慣れた魔術師達には、多少の効果はあるはず。「―往きなさい」紡ぎ終え、具現した光の奔流をまっすぐ…塔の最上階へと。そして夜を裂く光を見送るよう、最上階へ向け軽く手を振る。もし相手が気付けば、挑発位にはなるでしょうと。
――羽根が、はらはらと。染み出す赤。「…ッ」――此処は戦場だ。揺らぐな。悲しいとか辛いとか。『…戦いは…愉しいよ…』その答えに、サァ、と頭が真っ白になる。やはり、彼は笑顔のまま。『…強い者と、こうして対峙できるのは…愉しいだが…殺し合いが…好きな訳じゃあ…無いよ』翼を貫いている刃。真っ白な頭のまま、呆然と視線を動かしてそれを見遣る。剣を交えること。ただ、純粋にそれが楽しい。そういうことだろうか?貴方は、楽しいと言った。でも、ボクは。刃に血が、伝わっていく。『君は…戦いが、嫌い…?』でもボクは。「…恐ろしい…」
ゆっくりと掠れる声で、答えが零れた。「…好き嫌いが生まれる以前の問題だ…ただ、ただ恐ろしい…」戦場に立つ理由すら、複雑で危うくて、纏まらない。しかし、汚くて醜い心の動きがあるのだけは、確か。それを自覚していても、理由がわからないままでも。それでも、向かわずにはいられないのは。「…それでもきっと」言わない方が良いのではないか?しかし、頭が働かない。止まらない。「ボクには、戦場が必要なんだ…」震える声で、そう告げた。
敵軍に迫る火柱を、双眼鏡越しに見送る。だがそれは、地表に到達する目前で消えてしまった。レンズに写されたのは、例の女軍師。右腕にかなり特徴のある彼女は、こちらの存在に気づいたようだ。「相殺されたか…。 しかも囮にゃ見向きもしねぇ」やる事成す事が上手くいかず、大きくため息をつく。何か次の手を、そう考えていた矢先のコトだ。こちらの方へ向けて、なにやら光の塊が向かってくる。それの眩しさに目を背け、防塵ゴーグルをかけた。「目眩ましか…」だが幸い、目が瞑れるほどの強い光ではない。
その光に杖を向け、闇術の詠唱文を口ずさむ。杖から闇の塊が撃ち出され、光とぶつかって相殺された。敵軍に食いついた傭兵団を、双眼鏡のレンズに写す。そこには敵陣の中、やたら高く飛び上がるコウ氏の姿があった。やがて彼は宙を下り、敵の真っ只中へと突入していく。こちらも援護したいのは山々なのだが、一つ問題が生じていた。「…今撃ったので最後か?」規模の大きな精霊術や強化及び、弱体魔法を乱発したせいだろう。魔力は枯れ果て、次の魔法が唱えられない状態になっていた。仲間の魔術師連中も、そろそろ魔力が尽きる頃。彼等の様子を見に行くために、下り階段に足を運んだ。
帳は降りた。闇は汝らを祝福する。さぁ、蹂躙せよ。そう、悪夢は夜に見るモノ。かつてヒト型で在った兵は、その身を猛き狼へと変貌させ。その瞳を、その爪を、その牙を持ちて戦果と為す。ルドラム兵の錬度は高い。統率も取れている。形勢は今の所、五分と言った所か。ならば、優勢を得る為に我がすべき事。ソレは――…「…!?」その時、ただならぬ殺意の訪れを感じた。真上から。それも恐るべきまでに速く、鋭く。「ヴァリアンテ!」咄嗟に身を捩り、一節の言霊を以て使い魔達に命ず。右腕に蠢く触手の三本がそれぞれ異なる軌道を描き、予期せぬ夜空よりの飛来物へと殺到、肉薄した。
「恐ろしい、か……」如何に長く戦場に身を置いてきた男でも、確かに恐ろしいと感じることはある勿論、極一般的な恐怖もあるが、何よりも…戦場には、表現し難い狂気が存在する死ぬ事への恐怖よりもその、狂気に触れる恐怖がとても…しかしそれでも彼女は言った…『ボクには、戦場が必要なんだ…』と…「ふふ、良い答えだ……」男はまた、笑う「恐怖は必ず…力に変わる…そして、戦場に出る事に…理由など、要らないと…俺は思うよ…」理由など、後からでも付いてくるものだ…必要な時は
思い出したかの様に、鈍い痛みが身体全体を駆けた顔が僅かに歪み、折れそうな膝に心の中で立てと命じる「…俺は…たった一つ戦場で叶えたい願いがある……其の為に……生きているのかもしれないし…戦うのかもしれないだが……」血止めに成っていた彼女の剣を、敢えて引き抜いて「……まだ、今は…」脇腹の辺りがぬるり、とする先程よりも顕著に笑みが浮かぶのが自分でも解った悪い癖だ、追い詰められるほど…愉しいと感じるなんて「余計な事を、色々喋ってしまったかな……」余り悪びれた様子も無く男は剣を「収めた」後はどうするか…彼女次第だ、とばかりに
光と闇が衝突、互いに消滅する。それ自体は予想の範囲、防いでくれただけでも僥倖というもの。「止んだと言うのが気になる所ですけど。」頭上を仰ぐ。ふと視界に入ったのは、伝令用と聞いた黒の蝙蝠。後発の部隊へは近寄り難いのか、上空を行ったり来たり。蝙蝠へと向かって手招きをすると、降り場を見つけて安堵したのか、あっさりとその蝙蝠は肩の上に止まる。折角だからと聞いた報告、その内容。「ん、有り難う。あちらには私が言っておきますから、貴方は休んだら戻って下さいね。」言い、黒い蝙蝠を軽く撫でる。
「…さて、どうやって伝えるかですが。やっぱり、同じ方法しかないですよね。」蝙蝠を見送り、戦場へと視線を移す。先程の声はちゃんと届いた…なら。ただ、先程に比べれば混戦の様相を呈している戦場。同じでは、聴こえるかどうかが少々危うい…あ。「御免ね、ちょっとだけ我慢して?」本の頁を数枚切り取る。イタイイタイと喚く本はとりあえず放って置き、頁を丸めて筒状に。大きさ、形を確認。そして、大きく息を吸い…「双方、決着は付きました! 戦闘を中止して武器を収めなさいっ!」今一度、今度は両軍に聴こえるよう。
敵陣中央に降下しつつ、着地点の敵へ矛を突き立て踏み潰そうと構え、気付いた。あの角と腕の触手、あれはまさか…こんな所で出くわすとは!面識こそ無いが、私は彼女を知っている。彼女がここに居るなら、彼女こそ指揮官に違いない。「む、気付かれた!」私を見上げ、その触手を広げ私に伸ばしてくる!
こちらはまだ空中で、三方から迫る触手の回避方法は無い。しかしいかに強靭そうな触手といえども、それを支えるのはさほど重そうにも見えない女性の体。私の重厚な矛の質量を、そう簡単には受けられまい。そして、かわすとしても触手で防ぐにしても、こちらを狙う触手の動きにブレができる筈。あの話が本当なら…狙うべきは胴ではなく頭!「ぬありゃっ!」そのまま踏み潰す勢いで落下しながら、ザフの矛を全力で投付ける。(時間的には、触手攻撃を受けた直後で、声が聞こえてくるより前です)
ふと何かが、月を映し煌めいた気がした。空中より放たれたソレを武器と認識出来たのは、その物体が並々ならぬ殺意を孕んでいたから。間に合わない。飛来する"点"の迎撃には時間が…「…クッ」身を捩る。致命傷を回避するには此れしか――…つっ!我の左肩を抉り、後方の地面へと突き刺さる白銀の矛。自らの武器を捨て石にする変わり者は貴方で二人目。大事な物でしょうに。もっと丁寧に扱おうとは思わないのか。
傷口を氷の呪詛で凍てさせ、止血。今の攻撃でヴァリアンテの足が止まってしまった。ママの身体を心配してくれるのは嬉しいけれどね。だが、今度は逃がさない。跳躍に着地が伴うは世の真理。地を踏む瞬間。その刹那の硬直が、貴方を敗北へと至らしめるでしょう。右にはうねる触手が六本。左には急造の氷柱が三本。さあ、後悔なさい。女性の身体に傷を付ける事がどれ程の報復を伴うか。貴方自身で知ると宜しくてよ?
剣を収める彼。口元には、相変わらず笑み。まだ今は、と。その続き。気にならないと言ったら、嘘だ。引き抜かれた刃は、赤い血に濡れて、妖しく光る。「…ボクはここまでです」自分の実力では、追い払うか、動きを止めることが出来さえすれば、それで上出来なのだ。だから、戦意を失った相手に剣を振るう必要が無い。(…違うな)正しくは、「振るえない」だろう。もう戦えない。クラクラする。失血のせいか。右腿が、痛い。少しまずい気がする。
「…貴方は、願いが在ると言った」剣を収める。「ボクも同様なのかもしれません。何か、願っているのかもしれない」だから、と繋げる。「…貴方の願いも、叶いますように」命を懸けてそれを叶えようとする姿。純粋に、尊敬した。刹那、聴こえる歓声。何処かで、ナイトメアの勝利を叫ぶ声がした。空を見上げると、何か黒い小さな物が飛んでいくのが見える。蝙蝠だろうか。「…訂正です。ボク「ら」は、ここまでです」そう言って、うっすら微笑んだ。
矛が地面に突き刺さるのに一瞬遅れ、自分も着地する。敵はといえば…体を捻って矛をかわしたかと思えば、再度触手を伸ばしつつ、氷で傷口を塞ぎつつ、更に魔法で氷柱を作っている。なんと素早い…いや、なんと器用な。こちらの着地の隙を突くつもりか。だが、着地の"瞬間"を狙うには、もう遅い。深く腰を落とした体勢とはいえ、既に私の両手は自由だ。氷柱の群れに適当に右腕を振るいつつ、飛んできた触手の一本を左手で掴む。氷柱の一本は弾き飛ばし、一本は竜鱗鎧の装甲で止まったが、残る一本は浅く脇腹に突き刺さった。
だが痛みは無視だ。六本の触手。それ自体は私には防ぎようも無いが…触手も、それを操る彼女も、全ては繋がっている!触手に伸縮能力はあっても、引っ張られて伸びる訳ではあるまい。ほぼ真上からの矛を身を捩って回避した彼女と、それを追って着地した私の距離は近い。「ああ痛い!脇腹が痛いぞ!」掴んだ触手を思い切り引っ張った。
仲間のいる階層へ状況を見に行った時だ。自軍からの伝令や、敵軍の大きな呼びかけを聞いたのは。外を覗き込めば、空には数多くの蝙蝠が飛びまわっている。向こうにもこの知らせが届いたと見てもいいだろう。敗戦の知らせを聞いた仲間たちは、がっくりと項垂れていた。「全軍撤退、負傷者を保護しつつ、ナトーム村まで引き上げる」感情を出来るだけ押し殺し、魔術師団に撤退命令を下す。ぞろぞろと階段へ向かう連中の背を、副隊長と共に見送った。『…悪夢の軍勢力は底知れなかったですね』落ち込む子供の的を射た呟きに、横で相槌をついた。
「まだコウ氏が戦ってんな。 余計な怪我させる前に、引っ張って来ねーと」真剣勝負に水を差すのは流石に気が引けるが。万一、戦が終わった後に重症を負われたら寝覚めが悪すぎる。二人の戦いを止めるべく、自らも塔を降りようとした時。『ここが悪夢の支配下になった場合…。 僕達も月光と戦うことになるんでしょうか?』伝令からのもう一つの情報は、別の戦地で勝利を収めた国の事。その国はある人が言うには、ここルドラムと因縁があるらしいが。「…そだな、せっかく悪夢の軍師もいる事だし」戦いを続ける二人に合流した時にでも、話をしてみるか。到着した時に、二人がまだ話せる状態ならば。
間髪入れまじと投擲した氷柱の三閃。まさかこんなにも簡単にいなされるなんて。やりますわね。だが、三を防ごうとも六は如何?不規則な軌道を描く使い魔達の六連撃。数多の猛者すら躱し得なかったソレを繰り出そうとして――…「…!?」ぐい、と身体が曳かれる感覚を覚えた。マズい。近接戦闘に持ち込まれては分が悪い。「良く出来ました。決して"離してはダメよ"」だから与ゆる命は唯一つ。ヴァリアンテ、敵の身体を拘束せよ。そう、貴方は過ちを冒した。ルドラムの将よ。貴方が着地したのは我らが部隊の直中。気付きませんか? 幾本もの悪夢の凶刃が、今まさにその背を貫かんと迫っている事を。
残りの触手が巻きつきこちらの動きを拘束しようとする。だが、両足は束ねられれば封られるが、上げていた両腕までは封じられはしない。胴体と束ねられなければ、パワーではこちらが上だ。複数の殺気が私の背中に迫るが、足を封じられたままでは戦えない。だが目の前の敵は既に私の攻撃射程!先に、この一撃で彼女を仕留める!もし彼女を殺しても触手が緩まなかったら…ふと脳裏をよぎる嫌な想像を振り払いつつ、右腕の竜爪のクローで渾身のパンチを放とうとした、その時。『双方、決着は付きました! 戦闘を中止して武器を収めなさいっ!』「(終わりか…)」掴んでいた触手を放し、右腕を下ろした。
彼女も剣を収めた其の頃だろうか…恐らくは伝令用の蝙蝠が空を行くのと、歓喜の声一つの戦が終結した事を知らせていた「有難う…君の願いも叶うと良いね…」彼女の願い、其れが何かは解らないが…屹度、彼女なら叶えられるはずそう、彼女の微笑みに確信をして──意識の集中言葉を紡ぐと彼女へと手を翳す気休め程度の回復の魔法…まあ、痛み止めくらいにはなるだろうか「次に会うのは同じ国か、或いは戦場かは解らないが…」この狭い世界、生きていればまた何時か会うだろう「其の時は、互いに願い事の断片でも…叶っていると良いね」更なる悪夢を目指して……先ずは傷の治療かな…とぼんやり考えていた
『双方、決着は付きました! 戦闘を中止して武器を収めなさいっ!』きーんびりびり。聞こえたのは敵の拳が我を破壊する音でも。悪夢の刃で貫かれた彼が上げる、断末の呻きでもなく。そう。ソレは慣れ親しんだ、何時も聞いている筈の声。ああしかし、そんな鼓膜を破らんばかりでなくとも良いのに。引き手を失った我が身体は、けれど未だ慣性に従っている。前方に六本の触手を展開し、クッションに――…ぼよんっ!「全く、そんなにも急に離す者が在りますか」使い魔達に抱き留められ、多少間抜けな格好を晒しつつも。一応、恨み言を吐いておいた。
蒼月の夜空に舞い、踊るは幾羽もの蝙蝠。彼らは勝利を祝し、凱旋の詩を待ち侘びていると、そう知れた。停戦の呼び掛けが一瞬でも遅れていれば、我か、もしくは敵将のどちらかが確実に致命傷を負っていた筈。その功績を以て、先の大声の件は不問に帰そう。「ルドラム兵よ、直ちに武装を解除なさい。 従うのなら生命及び身体の安全を保障致しますわ」身体に付着した砂埃を払い、ローブを被り直す。そうして最後に、にこりと殺意の籠った笑みを浮かべ…「但し、従わない場合には………お解りですわね?」
手を翳す彼。反射的に警戒して、身体がびくりと震えた。――痛みが、ひいていく。回復魔法だ。ボクより重傷なのは、貴方なのに。「…ありがとう」感謝を噛みしめながら。そして、彼の傷を癒す術を持たぬ自分にもどかしさを感じながら、相手の傷口を見つめた。『次に会うのは同じ国か、或いは戦場かは解らないが…』その声に、ふと顔を上げる。『其の時は、互いに願い事の断片でも…叶っていると良いね』彼の国は、次の戦いへのステージに上がる資格を勝ち取った。願いを叶えるチャンスが、増えた。しかし、これは戦争が続くことと同義。多くの人が傷つくことも、事実。しかし。
邪剣を振るわないこの人なら、むやみに人を傷つけない戦いが出来るのでは無いかと思って。返事代わりに、大きく頷いた。『退却―――!各自、早急に帰還せよ!』「あ…っと」いけない。行かなければ。慌しく自分の脇を走り抜けていく兵。砂埃が上がって、視界が一気に悪くなった。「では、また…!」やかましい足音達に負けないように、声を張り上げた。そして、走り出す。治してもらった右足と一緒に。
「あー、終わってたか」両手を上げたまま、戦闘を終えた自軍の将軍に歩み寄る。そんなオレの後ろでは、幾人かの敵兵が剣先を向けて追ってくる。敵軍のど真ん中を突っ切ってきたから、当然といえば当然だ。見たところコウ氏は、脇腹辺りに傷を負っている様子。指先で治癒の魔方陣を描いて、せめて止血だけはしておく。その後で女軍師の方を向き、やや引きつった笑みを浮かべた。コワい笑顔を見るのは、久しぶりすぎて背筋がヒヤリとする。『但し、従わない場合には………お解りですわね?』「逆らう気は毛頭ありませんよ、ああはなりたくないので」横目でコウ氏の武器"だったモノ"を見て、すぐ視線を正面に戻す。
「ハジメマシテと言うべきですね。 ザンディアの塔で、魔術師団を指揮していた者です」口調をがらりと敬語に変えて、服従の姿勢を見せる。視線を徐々に下降させながら、次の言葉を繰り出す。「この戦場を塔の上より拝見させて頂きましたが…。 貴女の統率力、そして高度な魔術に魅力を感じました」月並みの賞賛の後、本題を切り出す。ハッキリ言って、無理を承知での申し出だ。「私を傭兵として雇っては頂けませんか? 貴女の近くに立ち、その魔術を間近で拝見したいのです。 その代価として、貴女に牙を向く全ての者を蜂の巣に致しましょう」腰につけた銃を左手で叩いた後、その手を前へと差し出した。
戦闘は終わった。耳を押さえて此方を怪訝そうに見る、両軍の兵士の様子がその証。居心地の悪さも感じつつも、急いで指揮官の居る場所へ。近づくにつれて聴こえる声は、ローブを纏おうと聞き間違える筈も無く。傍にまで寄り、お怪我は…そう言おうとして、微かな喉の痛みと違和感に断念。(…あの声量と砂埃のせいかしら。)普段、大きい声なんて出しませんし…と、ひっそり嘆息。出ない訳では無いけれど、今は変な声が出て水を差すわけにもいかない。だから、手を差し出しているネコ族の男性を見た後に(どうするんですか?)声に出さない変わり、訊ねるような仕草で、自分よりも幾分背の高い姉を見上げる。
ぷっ吹き出してしまった。此の猫はいきなり何を言い出すのか。周囲にルドラム軍属の者達が居るにも関わらず、自ら祖国への裏切りを表明するなんて。そも、我は武装を解除せよと言った筈。ならばその銃を未だ腰に装着している事自体が、叛逆の意思表示であるとの推察も出来る。ソレを理由に今、此所で殺害しても構わないのだが…「生憎ね。下僕にするなら可愛い少年を、と決めておりますの」勿論、理由はソレだけではない。だが、此所で自らの価値観を説う必要性も見出せなかった。「どうしてもと言うなら、そうですわね………」
「ナビア城の雑巾掛けでもして貰いましょうか。 三年間勤めおおせたのなら、考えなくもありませんわ」そう、ピカピカに。毎日毎日。兵達が足を滑らせる程に磨けば、先の粗雑乱雑な魔術にも、少しは気品が宿る事でしょう。「武装非解除を叛逆心有りと認めますわ。此の者を拘束なさい」パチンと指を鳴らす。ソレを合図に、悪夢の凶刃が猫へと突き付けられた。ふん、あとは貴方の心得次第。生きて祖国の地を踏みたいのなら、大人しくしている事。下手な抵抗は自ら死を招くと知りなさい。
ぷっ。と吹き出したような音が聞こえ、こちらもニヤリと微笑む。まー、笑いたくなる気持ちも若干分かる気もするけど。『生憎ね。下僕にするなら可愛い少年を、と決めておりますの』それは残念とばかりに、差し出した左手を引っ込める。と、その後に続けられた言葉と言えば。『どうしてもと言うなら、そうですわね……… ナビア城の雑巾掛けでもして貰いましょうか。 三年間勤めおおせたのなら、考えなくもありませんわ』三年間、と言う長期間に少し頭を傾げる。しかも内容は雑巾掛け…、まー足蹴にされても仕方ない申し出だ。戯言に付き合ってくれた礼でも言おうとした時。
『武装非解除を叛逆心有りと認めますわ。此の者を拘束なさい』「え?」惚けた声を上げた直後、悪夢の兵達がオレに刃を向ける。何のことだかよく分からなかったが、すぐに気が付いた。(うわ、銃捨てるの忘れてたぁ…)左手でぽんと触れた時、なんで気が付かなかったろう。銃は当然の如く没収され、身柄を拘束される。なんだかもう、今日はよく空回りする日だ。後ろで眺めているであろうコウ氏と副隊長に向けて。「んじゃ、ちょっと出かけてくる」苦笑いを浮かべてみせ、ソレだけを言った。解放されるのがいつになるかは分からないが。敵地で学ぶことは、少なくとも一つぐらいはあるだろう。