一つの戦いに幕が下りると、また新たな戦いが始まる。天の国と魔の国掴むのはどちらか?失うのはどちらか?戦場に渦巻くものはなにか。希望、野望、絆、憎悪、そして、戦いの歴史は果てなく・・・。
・他者の行動を著しく制限したり、行動を指定するような描写・他者の行動・攻撃等を状況等に左右されず安易に無効とする描写・絶対的強さの行使(いわゆる無敵描写)・一人の力で戦況に大きな影響を及ぼす行動や描写・世界観が大幅に無視されている描写・他の皆に不快感を与えるような行動や描写このような事は、皆さんへの迷惑行為となります自分の行動をよく確認の上、上記の事は控えて頂ければと思います相手の方にも敬意を表して、恥ずべき行動の無い様にお願いします
■大きめの地図(PC閲覧用)http://www.geocities.jp/kichi_k/LG_map/top.html(製作:クロゼットさん)■携帯用の小さな地図(携帯閲覧用)http://la-terre.lostworks.net/map/(製作:コルナ・コルチェットさん)こちらを参考にして貰えれば両国の位置関係や進路などが分り易くなると思います製作・提供をしてくれているお二人に感謝をしたいと思います以上、過去のスレッドを参照し立てさせてもらった。何か訂正等あればご遠慮なく。
次の戦地はアンプルマ山脈に本拠を構える天駆ける翼騎兵の国。そう伝令によって知らされたのは今朝の事だった。つい2日ばかり前に先の戦地から慣れない戦艦でガーゼルに帰港したばかりだと言うのに。『戦地が彼の地であるならば……伝令の言葉など無視して自宅にでも戻っておれば良かったかの?』一人きりの部屋で低く笑いながら、出来るはずもない事を言葉に乗せてみる。自宅はアクアマイトのクレマス城下。転戦地がアンプルマ山脈であるなら、その方が移動の手間は省ける。慣れぬ船に加えて潮風は老骨に響くのだ。
『つまらぬ冗談はこれくらいにして……。さて、どこから攻めようか…』駐留先の宿屋で借り受けた大判の世界地図を机上に広げ、思案に暮れる。ガーゼルから近いのはバウラ灯台。グラディク城。デグデ城の3つ。敵国が此方を攻める拠点とするなら、定石から考えてグラディクかデグデ。『拠点は恐らくデグデになろうな……。グラディクは万一の時の防衛線…か』上陸する側の自国も。海越えをするであろう相手国も。拠点を置くとするならデグデ城の方が都合が良い筈だ。出来るだけ早く取ろうと、互いに兵力の殆どをつぎ込む事だろう。ならば。
『某はグラディグに向かうとしようか。老兵が前線へ赴くのも若者の邪魔になろう。僅かでも敵の目を向けさせ、デグデに向かう兵を減らせるのであれば、少々外れた地にて援護に準ずるのも悪くはない』愛刀を手に席を立つ。一つだけ不安があるとすれば再度の船旅。夏も近いとは言え、老骨が吹きすさぶ潮風にどこまで耐えてくれる事やら……。今更考えても仕方のない事を思いながら、グラディグに向かってくれそうな船を捜しに宿を後にした。
ごそごそとしまい込んでた武器を納戸から取り出して溜息。相方ともども城に飛んで、戦準備に余念のない連中を見ても一つ溜息。いよいよって言うかとうとうって言うか。きちゃったねぇ、マジで……。まぁ、勝ち進んでる訳だから次が来るのは当たり前なんだろうけど。『あー、やだやだ。また戦争だってよ、東雲。何でみんなこうも荒事が好きなんだろうなぁ』肩に乗せた相方の繰り人形・東雲姫に向かって呟いてみる…と。強烈な一撃と無慈悲な言葉が俺の後頭部にヒットした。『たわけ。皆が好きなのではない。そう言う時世なのだ。時世は何人にも止められぬ』いや、そんくらい俺だって判ってっけど。
『いってーなっ、東雲。お前さんの手はマジで固いんだから殴んなよっ。馬鹿になんだろっっ』『案ずるな。それ以上はならん』しらっと言い放ちながら、俺の頭をこつこつと固い拳で叩いて笑う。俺の最高傑作。主を主とも思わない、俺の相方。でも、姫に作ったはずなのになんでこんなに兇暴なんだ、こいつは。『良いのか?皆それぞれに出立しておる。あの中に探し人がおるやもしれぬに』頭を叩かれながら言われて気づく。同じ国に仕官してるってのに、出遅れて全然会えずじまいだった俺の探し人。見つけたら向こうと会うまではきっちり守れって散々言われてたんだっけ。だからこそ、嫌いな戦争にも参加してんだった。
『やっべ。今回も出遅れて探せなかったらマジ殺されちまうっ』『丁度敵兵でもあるしの。戦乱に紛れて殺されるも良かろう』探せない事前提かっっ!と突っ込みたい気持ちを抑えて槍を取り。大勢の兵と荷でごった返す城門に向かう。とにかく出陣。適当な軍列に紛れ込みながらどうか探し人がその中にいますようにと心の中で手を合わせた。(誤字見つけて書き直したのは内緒/ぇ;)
山肌の一角に、見える影一つ。外套に覆われ、その姿のほとんどを隠した風体。そこから覗く瞳は、沿岸の彼方―夢魔の国を見つめていた。「戦は終わらず、か」頭の中で、地図を描く。何箇所かに可能性を絞り終えると、影の姿はそこより掻き消えた。
羊皮紙に刻まれた文字を指が伝う。確かめるように何度も指を重ねては行くべき道を描き出す。紙の上を万年筆が滑るように何の障害も無く進める事は期待していない。この中で一体何人が生きて帰る事が出来るのか。毎回考える。そして、王城に戻った時…僅かな生き残りの一人になってしまった事を悟る。戦火の中で生きてきた時間は短くは無いが、年を追う毎に生き残ってしまった事に後ろめたさを感じてしまう。争っては失い、失っては壊れた物を作り直す。再び争う為に。この繰り返しで一体何を得られるのか…神は答えを知っているのだろうか。否、神が見捨てた土地と言われたこの地で求めても何も得られないだろう。
天駆ける翼騎兵とナイトメアを繋ぐ道。恐らく最前線となるのは…ナイトメア側にとって陸地の玄関となるデグデ城。翼騎兵にとっては此処に拠点を置き、海を渡る敵国を落として置きたい所。そしてもう一つ予測される進行経路は…グラディグ城方面。陸地についた後にすぐに到着するデグデ城と違い、陸地を移動する時間が発生するが拠点として充分な設備の整う場所。デグデ城を死守してもグラディグ城に拠点を置かれては陸と海の挟み撃ちにより全ての拠点を奪われる危険性も高い。裏を返せばグラディグ城を抑える事でデグデ城の防衛が強固な物となる。双方の拠点に兵力をどう分けるか…上官の腕の見せ所だろう。
使い古した地図を定位置に納め。何度も地図で描いた道を確かめる。奪おうと奪われようと多くの命は失われるだろう。自分一人が声を上げても誰も止まらないだろう。この世界で甘い考えが通った試しは無い。人間一人に出来る事は限られている。自分の力量以上の事は望んでも叶わない。せめて一人でも多く一緒に帰れるように。手の届く範囲で自分の役目を果たす。最前線から外れた道を別部隊と共にもう一方の経路を進む。彼らを支える為にと言えば美しく聞こえるが奪われない為に奪う事を支えるに過ぎない。矛盾した考えに対する最良の答えが見つからないまま、愛馬は気が進まないような足取りでグラディグ城に歩を進めた。
兵舎の隅に簡易的に作られたテント。そこが傭兵達の宿舎となっていた。対するはナイトメア。思い起こせば、あそこに雇われた事は多い。知った顔との戦いもありえるだろう。この道を選んだ以上避けては通れない道。そして、ずっと通ってきた道だ。そう、今はただ駆け抜けるのみ。
ガーゼルの港からグラディク城へ向かう戦艦は、思うより早く見つかった。比較的小さめの戦艦。砲台が2台、機銃が両脇に各3台と言う処の偵察用の中型船。中りをつけて乗り込んでいた兵を捕まえ尋ねたてみれば、と言ったところだ。『何処ぞ適当なところで降ろしてくれて構わぬ。老体故な、前線におるよりグラディク辺りにおる方が邪魔にならずに済む』『はぁ…まぁ、構いませんが…』艦長に許しを貰って、船尾の隅に腰を下ろすと間もなく船は出港を知らせる警笛を鳴らし。ゆるりと動き出す。地に足が付いておらぬは落ち着かぬものだが、それでも戦地に向かう高揚感は幾分も減る事はない。此度は只の戦ではないせいかもしれぬ。
戦乱渦巻くこの地に根を下ろしたのも、ただひたすら彼の者を追っての事。生き抜く事にもがき続けていたあの光を追って、幾年を経たか知れぬ。『あれから20年…以上か。某も年を取る訳だな』それだけの年月を経てもなお鮮やかに脳裏を過るは、強い執着を映し出したあの瞳。同じように年を経て、あの光は消えただろうか。それとも未だ。残したままだろうか。どちらにしても、一向に構わぬ。彼の者の何が、どこが、これほどまでに惹きつけたのか知る事は出来よう。『尤も……互いに生き残っておれば、の話であろうが』行く先は戦場。再び相見えるまで、愛刀にどれ程の血を吸わせてやれる事か。楽しみでもある。
脳裏に描かれる戦場の様子と彼の面影を瞼の裏に映し出す事暫し。ふと感じた気配に閉じていた目を開ける。『見えてきました。グラディク城です』兵と言うには聊か若すぎる感の否めない海兵が海上を指示した。遠くに霞んで見える城。やはり、真っ直ぐには行かぬか。敵地に近い城故、それも仕方なかろう。どこへ着けるのかと尋ねれば、バウラ灯台の手前の入り江、との答えが返ってきた。地図を確認し、徒歩では距離があるのでと尤もらしい理由をつけて救命用の魔導力ボートを借り受け、停船を機に乗り込む。『艦長殿に礼を述べておったと伝えてくれ』見送りの海兵にそう言い置いて、救命ボートは陸地へと向かった。
戦争が始まり、部隊はここアンプルマ山脈よりそれぞれの地に向かいます帝都ナグドア、グラディク城、デグデ城、バウラ灯台・・・そんな中、私はいつものように装備を整え・・・いえ、今回はプラスあるものを一緒に持ってこの戦いの中に参加しました「さて・・・私はどちらに向かいましょうか・・・」地図を見て考えた末私は、グラディク城の横を抜けデグデ城方面へ向かう事にします「まあ、後は戦況を見据えながら臨機応変に行きましょうか・・・」私は、そんな事を呟きながらアンプルマの地を後にしました・・・
統率の取れた有翼人の隊に歩調を合わせるように愛馬を駆るも、足並みが合うのは一時だけですぐに足音が歪む。手中に収めた槍の出番が待ち遠しいと言わんばかりに有翼人の隊から発せられた殺気に、愛馬の歩は気の進まない自身の心情をそのまま映しているようだった。無益な戦いに甘さを持ち合せていなかった頃なら、本心を偽ってでも統率の中に溶け込み殺気の中に紛れ込んでいたと言うのに。息苦しい。そして、重い。年を取ると言うのはこういう事なのだろうか、と行き場を失った苦味が笑みに変わった。空を見上げればいつでも殺意を振るえる状態で進む翼騎兵。彼らの瞳が殺気に染まった時…奪い合いが始まる。
両腰に愛銃を二丁。背に亀裂の入った剣。鞄に各種小道具。身を護る為に凶器を纏う。生きて帰る為に。ふと、旅立った仲間達の姿を思い出す。彼らと戦場に立った時は迷わなかった。甘い考えを持ちながら迷ってでも戦えたのは彼らが居たから。道を見失うほど迷っている今…もう、潮時なのかもしれない。時は急かすように目的地へと導く。此方の答えを待たぬまま。まだ奪われていないその城を奪う為に進む。奪われる前に。
借り物の救命ボートを走らせてグラディク城の脇を流れる河の河口へ。このまま、このナグドアへ向かう河を遡った方が楽ではあるが、それは聊か無茶な行為だろう。水場は兵糧に次ぐ命の源。グラディクに向かう師団があるとすれば押さえておらぬ筈もない。『まぁ…どうせ気軽な単独行だ。川沿いに登ったところで一人なれば身も隠し易かろう』独り言のように呟きながら歩き出す。足取りが軽く感じられるのは、戦場と言う独特の空気を身に受けているからだろうか。無益な争いなどしないに越した事はないと思うている癖に、その場に身を置くと言いようもない程に血が滾る。20年以上前に感じた言いようのない熱を追い求めて。
川を囲むように茂る木々の間を、身を隠しながら抜けて、ふと天を仰げば。そこに見えるは空の一角を隠す程に広げられた有翼人達の翼。やはり、さすがよの……。支援と万一のデグデ陥落を見越しての行軍。指揮官は余程慎重な者と見える。立ち止まり、生い茂る草の間に身を屈めて愛刀をすぐ脇の木に立てかけ、使い込み古びた鎧のあちこちに忍ばせた小物を確認する。脇差、クナイ、僅かな火薬と煙玉。火種用の縄と紙。マッチ。敵を屠るのが目的ではない。飽くまでも偵察であり、あわよくば僅かな陽動の一つも。一人で出来る事はその程度だろう。己に強く言い聞かせ、愛刀を手に立ち上がる。目的の城はもう目前に迫っていた。
空白の領域に流れるように増えていく有翼人の兵。宙を舞う翼騎兵からは特に変わった様子は見られない。僅かな違和感。夏場の湿った空気のような表現し難い息苦しさ。何の障害も無くこんなにも簡単に拠点を抑える事に妙な不安感を感じる。ナイトメアはグラディグ城を捨て最前線に兵力を注ぎ込んだのか?単純に翼騎兵がナイトメアよりも早く到着したのか?それとも…罠か?敵国の部隊が進軍経路に居るならどの国よりも空を知り尽くしている翼騎兵が見逃すわけが無い。その機動力と偵察力から先制攻撃を仕掛けていても可笑しくない。しかし空は変わらない。何も無かったように。それがかえって気味が悪かった。
ただの一兵士の浅い考えで思いつく可能性は僅か。「悪夢」と称されるように夜の支配者と成る闇を待っているか…逆に真価を発揮できない光の時間を避けているか。偵察部隊に察知されないよう少人数で潜んでいる可能性はあるが…可能性として低すぎる。いくら腕の立つ戦士や魔術師でも僅かな人数で一部隊を相手にするのは無謀すぎる。足元を掬われそうな気がする―――何れにせよ…問題は夜。闇に紛れ戦闘能力が大幅に高まる「悪夢」に襲われた時。朝日が昇った時…そこに残っているのは翼騎兵か、悪夢の残り香か。
嵐の前の静けさか。未だ到着しない有翼人達の行軍より僅かに早く城内に入り込み、どのような手を講じるかを考えながら進む。どの国にも属さない空白地に建つ城故か、思っていた程の広さは感じられなかったが、それでも単独で事を起こすには充分な広さ。足早に城内を調べ、その途中以前の戦争で使われ打ち捨てられたであろう木箱を見つける。中に残されていた物は黒く変色した血痕のついた軍服、手近な川での食糧補給用に準備されたであろう釣り糸が数巻、軍服の下に隠された十数発の銃弾。『ついている…と思うても良いかのぉ?』僅かな装備や備品しかない己にとってはなかなかの収穫。使わぬ手はなかろうと釣り糸と銃弾を手に取る。
幸い古き城なれば、戦事には向かぬ装飾武器がそこら中に飾られたまま。その中から数点物色して変化を気付かせぬよう配置を整え、いざ。まずは足止め用に城の出入り口の天井に手持ちの火薬玉を仕掛け、建築上重要と思しき数か所にも同じように火薬玉を隠し仕掛け。僅かな火薬で城1つを崩壊させる程の威力など到底見込めぬが、壁や天井を僅かでも崩すくらいは出来ようし、煙玉と合わせおけば早合点くらいはしてくれよう。着火にはマッチの先に釣り糸を結びつけ、行軍の足元へ。装飾用の槍や小太刀にも同じように釣り糸を張り、足元へと這わせ。出来うる事の全てを終わらせて身を隠す。上手く混乱してくれれば上々と言った程度の罠ばかり
『さて……どれ程に躍られてくれようか。見物だな』有翼人にとっての『悪夢』になるか、己にとっての『悪夢』になるか。定まる合間の僅かな休息と洒落込むべく、身を隠した隙間にごろりと横臥する。有翼人の行軍は未だ到着せず。『こんな事なら酒の1つも持ち込んでおけば良かったかの?』間近に迫っているであろう夕刻に一人呟いてほくそ笑む。
先の戦地よりガーゼルまで帰還して早数日。好戦的なのはどちらだろう、暇を貰う間も無くかかった新たな徴兵。やんごとなき方々の考える事は理解し難く、いつまで続くのか果てが見えない。積荷は船底に鎮座したままだ。頭上からは準備に余念が無い仲間の、どたどたと響く足音。しかし、いますこしの間、誰にも会いたくない。食糧と医薬品などがぎっしりと詰まった木箱に寄りかかる。きし。私の体重を受け止めた木箱が微かに音を立てた。架空の地図を脳裏で紐解いて、さきほど聞かされた進軍ルートを反芻する。海路はうんざりだが、先発隊に後れをとる訳にはいかなかった。幸い此処ガーゼルは何処へ行くなりと融通が利く。
重要拠点であるデグデ城へ向かえと、上官は私に命じた。しかし―――怖くて、恐くて、たまらない。勇ましさから来る武者震いなどあり得ない。ひしひしと迫る死のにおい。今回も大きな戦いだ、今度はどれだけ死ぬのだろう。護れ。食い止めよ。その声を受け入れているのに、耳の奥で痛いほど響く。恐怖に吐き気がする。船酔いの原因はきっとこの感情の所為。木箱に爪を立てた時、体が一瞬浮き上がるように揺れるのを感じた。あぁ、ついに軍船が出港の時を迎えたのだろう。運ばれる先は死地だ。震えはより強くなる。私は、暗闇の中で己の弱きに耐え忍ぶ。
途中、敵に攻撃を受けることも無く私は、デグデ城の付近までやってきました・・・どうやら敵の影も今の所は無いようですもっとも、こちらも先発隊が付いた程度なので後は、どちらが本隊で制圧するかは、まだ微妙な情勢ですそして、おそらくこの地もあと数刻すればお互いの軍勢による戦いが起きる事になるでしょう・・・「さて・・・私は今はその時を待ちましょうか・・・」私は、あえて本隊を離れ城の外れにある森の中で待機する事にしました・・・
負担をかけていた積荷を下ろしてやると、怠け者の愛馬はやれやれと言いたげに首を振るわせる。頼りない愛馬とは対照的に軍用馬の勇ましい事。苦笑いを浮かべながら、飼い主に似ていると言われては認めるしかない愛馬の額を撫でた。積荷を全て下ろし終わる頃にはグラディグ城周辺の偵察も終わったようだ。考え過ぎだったのだろうか。特に異変があった様子もない。戦の度に拠点として利用され荒んで行った庭園にも変わった様子はない。(考えすぎ…か)警戒心に固められた身が溜め込んだ息と共に解かれ、城内に流れていく翼騎兵の列の流れに身を任せた。
幽かに届いた馬の嘶きに目を開けば、大勢の人の気配を城内に感じた。ようやくの御到着らしいと体を起こし、動向を探るべく身を隠しながら城内を進む。小さな覗き窓から入口の付近を見下ろせば、有翼人の行軍が城内へ入ろうと列を成していた。その中を行く馬上の非有翼人。だが、その身にまとう装束には少々見覚えがあった。同じ物とは行かぬだろうが、以前あれに似た装束を見た折はその上に鎧を着込んでいたなと古い記憶を紐解いていく。もっと間近で見れば……あるいは。思いの外早く見いだせた事に己の運の良さを感じ、窓から離れると、同時に起こる炸裂音。どうやら上手くかかってくれたようだな。後はこの目で確かめるのみ。
ぴたり、と月並みな擬音が似合いそうな程に愛馬の歩が進む事を拒む。列の流れを乱すように立ち止まった愛馬に眉を顰めた刹那。翼騎兵の足音をかき消すように轟く破裂音。「!?」警戒心を解いた直後の不意打ち。嗅ぎ慣れた火薬の香りに足元に吹き出す煙。まだ…何か仕掛けられている…?「え…?」何かの視線を感じ、それが敵なのか味方なのかを考える間も無く、地響きが起きたかの様に視界が大きく揺らぎ意図しない浮遊感を感じた直後に迫り来るのは叩きつけられる痛み。「っ………」いち早く危険を察知した事は褒めてやるべき所だが、主人を放り出すのは頂けない。
臆病な愛馬はと言うと翼騎兵をなぎ倒すように城門まで一直線。混乱の中に更なる混乱を呼びながら姿が見えなくなっていた。痛みに気を失いそうになる中、気力を振り絞って立ち上がる。このまま気を失ってしまった方が負担は無いが次に目が覚めた時に天国でした、では笑えない。この調子では城が崩れる前に味方に踏み潰されてしまう。しかし妙だ。確かに不意をついた爆発に混乱が生じた。それなら何故、混乱のうちに仕留めに来ない?敵が何処かに潜んでいる事は一目瞭然だが、気配を完全に絶っているのか敵の部隊が潜んでいる様子は無い。先ほど感じた何者かの視線…それが妙に引っかかる。恐らく―――
急ぎ足で城内を進んでこの老いぼれた眼に映し出されたもの、それは予想以上の混乱。『全く…戦士ともあろうものが、あれしきの爆発に右往左往か?』身を潜め呆れる傍らで自然と緩む口元。煙って視界の悪い出入り口の方から聞こえる地を駆る蹄の音に、この混乱に拍車をかけたは例の馬なのだと思い当たったからだ。馬とは臆病な生き物。なればこの混乱も理解出来る。いかに空を駆る有翼人であろうとも、天井に遮られた空間ではただ逃げ惑うしか手もなかろう。馬は漸う人垣を抜けたのか、城門の方へと蹄の音を遠ざけていく。その遠のく速度、調子に馬上に最早人の姿はないと判った。恐らく振り落とされでもしたのだろう。気の毒な事だ。
逃げた馬を追う事は恐らくなかろう。戦慣れた者なれば、この状況で城から離れる事は皆無であり、そうする事が敵に付け込まれる更なる要因になるのだ。なれば……。身を隠していた場所から前へ。煙を避ける風を装い、手拭いで顔を隠して混乱に乗じて僅かに交る非有翼人の一団の中に紛れ込む。逃げる馬になぎ倒されたか十数名の兵士が打ち伏す入口に目を走らせ、その中に立つ一人の男を見つけ。我知らず笑む。あの光こそ失い、年を重ねてはいるものの、かつての彼の者を色濃く残す銀眼がその証。顔を覆う手拭いを持つ手はいつしか下ろされ、笑む口元が曝け出されて。『見つけた…アールグレイ=ドアーズ』その名が唇に刻まれる。
火薬の匂いと独特の香りを滲ませる煙が起こるがこれ以上の爆発は起こらなかった。恐らく、この程度の爆発だけならここまで騒ぎにならなかっただろう…逃げた愛馬につられるように他の馬も同様に取り乱し、槍騎兵は其方に気を取られている。さすが軍馬だけあり、いくつもの戦場を越えてきた馬はどっしりと構えているが経験の浅い馬は完全に空気に呑まれてしまったようだ。家畜馬と違い一目散に逃げ出したりはしないが、戦力としては期待出来そうも無い。戦いに向かない馬を連れてきたのは間違いだったようだ。あれでも各地を共に旅し、危機も乗り越えてきた仲間だと言うのに。放り出された挙句に置いて行かれるとは情けない…
「参ったねぇ…」引き金を引いたのが突然の奇襲とは言え、結果的に自滅と言う形で指揮を乱されるとは。依然、敵の気配は読めず何処に潜んでいるか特定が出来ない。いつ血飛沫が舞うか分からない状況で身体は自然と戦闘準備を整える。生きて帰る為に。両腰の拳銃が手元に収まった時、何かの気配に引き寄せられるように視線が揺れる。(ヘイアン人…?)天駆ける翼騎兵はバードマンの国だが、傭兵として雇われた人間も少なくは無い。何故仕官して来たかは各々の理由があれど、好んでこの国に仕える物好きな人間も居る。自身と同じように。故にヘイアン人が同じ部隊に居る事は不自然な事ではない。
(…いつの間に…この部隊に…?)しかし、人間抹殺を掲げるこの国に仕官する人間の数なんて知れている。過去に人間排他の国に居た経験から、自然と人間の仲間を見つけると顔を覚えるようになった。最近は分かり合える有翼人も多いが蟠り無く接する事が出来るのは同じ境遇に立つ人間同士だからだ。恐らく、人間に対し殺意以外の感情を持ち合せていないバードマンには人間種のうちの1匹程度の認識しか無いだろう。人間が1人増えた程度で判別が付かない可能性が高い。人間に理解あるバードマンや他種族なら気がつく可能性もあるが…年寄りの曖昧な記憶だけでは判断材料にはならない。味方には持たない疑心がちらつく。
どんな混乱の最中にあっても冷静さを保てる者は必ずいる。それが有翼の中の数少ない非有翼であったならば。翼持つ者にその違いは判らずとも、翼無き者ならば僅かな変化でも気づく。見かけた事すらないヘイアン人の老人に違和感さえ覚えるはず。目の前の彼の者のように。両の手に収められる拳銃が迷いをちらつかせて揺れ、その迷いを敏く感じた一人の精霊種に腕を取られる。『あんた…爺さん。傭兵…か?それにしちゃ見かけん顔だが……』翼騎兵の国は人間種や亜種は暮らし辛い国と聞く。味方である筈の者から我身を守る為に自然と人間種は寄り集まり顔も人柄も覚えていくのだろう。それが例え一時期寄せ集められた傭兵であっても。
『まぁ、そのようなものだ』腕を掴む手に己の手を添えて笑う。『ただし……悪夢の、な』『な……っ!』咄嗟に体を引き武器を構えようとする精霊種の手を掴んだまま投げを打つ。戸惑うばかりであった周囲の目がその一瞬で殺気漲るものに変貌し、投げ出された精霊種の男の体が床に打ちつけられるのを合図に武器が彼らの手に収まった。何もかも、遅い。笑いながら周囲の構えもままならないうちに愛刀で一閃し、床を蹴って人垣の外周で槍を構え来る有翼人の懐に入り込み腕を切り、そのまま天翼兵の波を抜けて。『対応も殺意も遅すぎる。天翼も知れたものだな』嘲笑うかの如き言葉を投げつけながら来た道を戻る。
混乱で僅かに乱れた統制は、些細な挑発でその亀裂を深めていく。愚かにも唯一人身にて姿を表した敵を格好の獲物と捕らえ、一人に対しての追手にしては過剰な程に多い殺気が我背を追い始めた。同時に響く城壁を崩さんばかりの砲弾の破裂音。援軍を頼んだ覚えはなかったが、恐らく偵察艦の艦長殿のご好意だろう。単身乗り込む年寄りが余程心配だったと見える。立ち止まり浮足立つ追手に向けて懐のクナイを投げつけまた走り出せば、怒りと殺意に濁った眼の有翼人が更に追い迫り、その最後尾に彼の姿をも見つけ。そうだ。追うてくるがいい。その銀眼に更なる『ささやかな悪夢』を焼きつけよ。最後の仕掛けはすぐ傍まで迫っていた。
所定の位置についたのだろう、ぱたりと足音が途絶えた。気遣われてか、捨て置かれいるだけか…どちらにせよ有難く思う。何処に居ようとも真っ暗闇。八つ当たりで後ろ手に触れた木箱に爪を立てる。箱はいい迷惑だろう。独りの時ほど、己のもつ拒絶の塊が見え易い。消えぬ其れ、追憶だけに感けてはいられない。…さあ、顔を上げなさい。亡き両親に恥じぬ私で在る為に。一人きりの時間はおしまい。喘ぐように自身を呑み下すと、背を浮かして物資から離れた。樹の香りが完全に失われて久しいであろう、使い込まれた感触の宿る階段を登って甲板へ出た。南下したぶん気候が生温くて、あまり解放感は得られそうにない。
見張りが異状無しと告げてくれるに対し、礼を述べる。そして姿の有無を問われれば、船酔いで休んでいただけですよと事実を嘯いてみせた。そう、それだけではないけれど…事実を言ったまで。小さな規模の軍船だ。何処へも行けない。未だ序の口未満。組まれた流れは…陸に沿って南東へ航路を取り、せまい入江からデクデ城に船を着けるといったもの。果たして、後れをとった私たちが有利に動けるのだろうか。いえ、既に敵軍がいると想定して動いた方が気構えとして相応しい。何も無いなんて、そう都合のいい話が転がっているとは如何しても思えない。思考を巡らす私の足場がゆらり、と僅かに傾ぐ。あぁ、そろそろ入江近くだ。
腹部に響く騎馬隊の進軍音。その上空を有翼種の大部隊が舞う。現在交戦中なのはグラディグ。デグデにも敵兵が迫っているとの事。すぐに加勢に移れるのはグラディグ。しかし、後々デグデ方面から増援が来るのは厄介だ。上空を飛ぶ本隊はグラディグへと向かう。傭兵隊を率いるソランの判断は・・・。「デグデ方面の敵を押さえる!各騎、続けっ!」天と地の部隊が二手に分かれた。
小さな違和感は僅かに…だが、確実に芽生えていく。実年齢が若いにしろ、見掛けが若いにしろ、そういった連中が多い中で年老いた者は異端者であるかのように目立つ。本人が意図しようとしまいと関係なく。そして僅かな間にその空気は確信へと変わる。あの男は敵だ周囲の視線が一点に注がれる。何を言ったのかまでは聞こえなかったが挑発的な言葉で掻き乱したのだろう。ただでさえ気が立ち苛立ちが目に見えるような状況。人間を嫌悪するバードマンの気を引くには充分過ぎた。(挑発にいちいち反応してちゃ、いつまでもただの一兵士だぞ…)口に出せばこの身に被害が及ぶのが分かっているから口には出さず。
誘われている、そんな気がして仕方が無い。中には罠だと察している者も居るだろうが、屋内を駆ける翼騎兵が一方通行の流れを作り出し、已む無くその流れに乗っているような感じだ。立ち止まればぶつかる。いや、ぶつかる程度なら良い方か。下手に翼騎兵の道を遮り槍で突かれてはたまらない。流れに組み込まれるように駆ける以外になかった。部隊の本来あるべき姿に戻ろうとする冷静な集まりと、完全に前方しか見えていない軍勢とそれに巻き込まれる形となった集団に分断される。敵国に取って都合が良いまでに士気が乱れた頃を見計らったように、先ほどとは比べ物にならない地響きと爆音。
今更のように罠だと気がついたバードマンが部隊に戻るべく引き返そうとするが、この流れを止められずに衝突事故を起こすか流れに逆らえずに居るかのほぼ二択。戦力が半減以下の部隊で到着した悪夢の足音に足元を掬われる。それにしても恐れ入る。単身敵軍の中に紛れ込むなど相当な度胸が無ければ出来ない。この四面楚歌状態でなお士気を乱そうとするのだから大したものだ。と、流れに逆らえないままに思う。相手の攻撃が届かず、反撃を受けるには距離があり弾丸を選ぶ時間も装填する時間も充分にある距離。戦闘においてこれだけ望ましい環境なら一方的に銃弾を放って片付くと言うのにそれが出来ない矛盾。
ハズレだらけの的の間を縫って当たりを撃ちぬける程銃撃の腕は良くない上に、愛用している魔法弾は『下手な鉄砲数撃ちゃ当たる』の理論通り、当てやすい様に広範囲に影響がある物ばかり。ど真ん中に命中してもこの混戦では味方まで吹き飛ばしてしまう。最も当てる事に重点を置いている為に威力を犠牲にした弾丸でそう被害が出る物ではないが…一転集中型の弾丸を使っても確実に味方を撃ち抜いてしまう。本音を言えば道を遮る衝突事故の産物や、肉の壁を避けるのが精一杯でそれ所ではない。厄日だ。戦場に厄が無い事なんて無いのだが率直な感想はソレ。お世辞にも良いと言えない予感に肩を叩かれる。
城付近の森の中で待機してる私・・・周りには同じ遊撃部隊のものが潜んでいますしかし、相手側の軍勢は未だその影を見せませんその時でした、周辺の偵察に向かっていた者から城の反対側の入江のほうに不審な船影を見たらしいとの情報が届きました「灯台方面からではないのでしょうか?それとも相手の陽動作戦・・・?いずれにしてもほっておく訳にはいきませんねすぐに確認しに行きましょう・・・」私は部隊の仲間と共に入江の方に向かう事にしました・・・
砲撃に揺れるのは何も城だけではないようだ。有翼・非翼の兵士の士気も大いに揺れ乱れ、突然の敵襲に慌てふためいてる。軍の乱れを正そうとする側と感情に任せて追うてくる側の双方がぶつかり合い、駆け抜ける事さえままならぬ団子状態が無様だ。一人駆けるには充分に広い廊下を抜け、僅かにひらけたホールを通り抜けた辺りで立ち止まり、真横の壁に隠しおいた釣り糸を掴む。余程の凶運でなければ死ぬ事もなかろうと思いながら、人波を抜けた十人余りの兵士がホールになだれ込んだ瞬間を見計らって、釣り糸を切る。降り注ぐは本来壁に飾られるのみの装飾武器の数々。切れ味の見込めないなまくらは有翼人の翼やその身を傷つけた。
切れぬものとは言え、曲がりなりにも剣の形状を持つそれらは、その身に刺されば簡単には抜けず、掠っただけでもじくじくとした痛みだけが広がる。痛みは生き物の動きを鈍らせるもの。怒りに任せた追走で負うた傷であればなおさらに。槍を振り上げ突き出して来ても、動きの鈍い兵士など物の数ではなく、懐に入り込みながら一閃、二閃と軽く愛刀で薙いで昏倒させながらふと視線を流す。ホール入口に現れる二丁の拳銃がようやく抜けた人波の先の光景をすべなく見詰めているようだった。援護すべきか仲間に任せて戻るべきか迷うように、銃が揺れている。随分と変わったものだ。あの頃であれば迷う事なく武器をこちらに向けていただろうに。
味方に当たる事を恐れるのか、敵を目前に置きながらも向けられる事のない銃口。真の目的を達成するには願ってもない好機に、目の前の有翼兵の体を押しやり盾にしながら彼の者の前に身を躍らせる。あのまま逃げるでもなく、通常では考えられないであろう暴挙に出た敵に驚きを隠せない表情が間近にあった。念のために銃を持つ左手首を掴み、愛刀を喉元に突きつけながら笑む。『その銀眼……アールグレイ=ドアーズ殿とお見受けするが、相違ないな?』問いかける僅かな合間、再び背後で殺気が膨れ上がる。盾代わりにされた挙句放り出された有翼兵が起き上がり、槍を振りかざしながらこちらへと迫るのが横目に見えた。
同国の人間種がどうなろうと構わぬ、と言う事か。それとも目障りな人間種ごと貫こうとでも言うのか。どちらにしても答えを聞ける状況ではなさそうだ。彼の者と思しき男の喉元から背後へ愛刀を振り、更に横に薙ぐ。固い物を弾く衝撃と肉を断つ感触を利き手のみで捉えながら男の体を肩に担ぎあげた。やれるだけの仕事は終わった。残りは援軍に任せてもよいだろうと、戻らぬ仲間の異変に気づいた天翼兵が駆けつける前の退散を決め込み、荒れた庭に向かって足早に歩き出す。『銃を撃ちたければ自由に。これだけ近い距離故確実に…殺せよう?』肩上の男にそう告げて笑み。徐々に足を速めながら庭を抜け、グラディク城を後にした。
「次から次へと良く思いつくもんだねぇ…」流れのもう少し前方に居たなら、床に伏せるバードマンと同じ運命を辿っていただろうと思うと背筋が寒くなる。相変わらず不可解なのは、トラップと呼ぶには手加減する事に手間をかけた物である事。戦争において拠点を抑えられるかどうかで進軍に大きな影響を与える。故に罠を仕掛けるなら敵を殺害する目的で作るのが正当法。先ほどの爆発物も殺す為に用意された爆薬を使う方が早い。ナマクラの罠だって城内でいくらでも手に入る刃を用意しておいた方が効率も良い。現地で調達出来るか出来ないか分からない錆色の刃を探し出すよりもずっと。
不殺主義…にしては無謀すぎる。殺す事よりも殺さない事の方が難しいのは痛い程理解している。最前線に比べ規模が小さいにしろ、不殺を掲げて単身乗り込む事は有り得ない。手の内が読めず後手後手に回ってしまった結果、攻め入る流れに贖う事も出来ずに掛けられた王手。封じられた腕は戦友から送られた身を護る為の銃。幸い、利き腕に収まった愛銃の自由は奪われていない。このまま死ぬ訳には行かない、と指が引き金にかかった時。『その銀眼……アールグレイ=ドアーズ殿とお見受けするが、相違ないな?』何よりも優先すべき生命の維持を疑問が遮り、愛銃は黙したまま魔力が解放される事は無かった。
一人時間が止まったような感覚の中佇んでいる間に外界の時間は進み、気がつけば男にその場から連れ出された後。「あんた…一体何を…?」問いながらも翼騎兵を相手にした直後に80kgを超えるウドの大木を持ち出しているのだから呆れた体力だと思う。まさか、『アールグレイ』を探す為だけにグラディグ城に乗り込んだと…?来るか来ないか分からない人間を探す為に?殺せないトラップは探し人を殺めない為?安直過ぎて馬鹿馬鹿しい仮説だとこれ以上考える事を止める。「とんだグレイ違いだ… あんたとは初対面のハズだよ、ダンナ」離れていく戦地に無意識にため息が漏れる。
「残念だけど俺はアールグレイじゃなくてグレイだ それに銀眼なんてその辺に居るでしょう?」人間種にしては少ないかもしれないが魔族や天使には良く見る色だ。別に珍しい物ではない。「あんたの探しているアールグレイは此処には居ないよ」嘘はついていない。そんなものはもう何処にも存在していない。20年以上も前に抱えていた物は全て亡くなってしまった。此処に存在しているのは歳を取ったただの一兵士。この男が知っているアールグレイとは異なる考えを持つ年寄り。鮮やかだった記憶とは異なる色褪せて風化した男。自分の名前すら忘れてしまった。
軍船が数隻、否応なく縦に並ぶ。入江を進むうちに野鳥の囀りが聞こえ始めて、耳を澄ます。両岸に群生する樹々の何処か。事が起これば、敏い獣たちは直ちに逃げ去るだろう。この囀りが、まだ平穏だと教えてくれていた。辛うじて小規模の船が通れるだけの横幅では方向転換は難しく、また視角を遮る森は長く続いていて身を隠すのにうってつけ。東側は月光の民の領地ゆえ挟撃の可能性は低いだろうが、仕掛けるに適した条件であるに変わりはない。デクデ城を目前にしながら不安は膨らみ続ける。払拭しようと、周囲の仲間に声をかけた。「森から何が来るか分かりませんね。 各自…即時対応できるよう、警戒を御願いしますわ」
男を担ぎながら足早に城を覆うよう木々のに生い茂る森の中へ。城の横を走る川を左に置いて河口へと向かう。そろそろ救命ボートも見つかっていて可笑しくはない頃合い。グラディク奇襲の奏でる葬送曲も聞こえているはずだろう。さて、どこに向かうか、そんな事を思案する耳に飛び込んでくるため息。「とんだグレイ違いだ…あんたとは初対面のハズだよ、ダンナ」考えてみれば初見は20数年前の戦場。敵としての遭遇。大勢の敵味方が混在し、戦乱に身を投じていた男の記憶に己が残っている事は皆無と言うてもよかろう。己のようにこの男の記憶が残っている方がおかしいのやもしれぬ。男の言葉を聞きながらその両の手から銃を取り上げ。
特に抵抗があるでもなく、すんなりと我手に収まった2つの銃が腰に下げた2つの袋の内の1つにしまい込まれるをどう感じているのか。ある種諦めにも似た声音が更に告げる。「あんたの探しているアールグレイは此処には居ないよ」だろうな、と心中で答えてみる。時は確実に流れ、この男から多くの物を奪っていった事は失った光が明瞭に示しているのだから。だがそれは、己とて同じ事。持っていた筈の忠誠もそれに付随して湧き上がる敵に対する憎しみも、多くの戦友も全て失ってきた。引き換えに手に入れたは『不殺の手段』と『生きる執着』。いずれ見える男を殺さぬ為に、生きて再び見える為に、相反する2つの物を手に愚かしくもここまで。
そこまでしてこの男に…アールグレイ=ドアーズに執着する理由がただ知りたい。『初見は20数年前になる。戦場故覚えておる方がおかしい』川の畔に僅かに拓けた野営跡地に運良く行き当たり、肩上から男を下ろしながら話し出す。『だが、某には判る。如何様に貴公が変わっていようとな』人間種には珍しい銀眼、それだけを導に歩んで来た訳ではない。どれ程に変わり行こうと消えぬ男の魂こそが我導べ。腰の下げたもう一方の袋から国より配給された野営食を取り出し封を噛み千切り、一口分だけ齧り取って男の手元に放り投げ。『悪夢の配給食だ。美味とは云えぬが毒でもなさそうだな』笑みながら水筒の水でそれを流し込む。
水筒も同じように男の足元に放り投げて腰を下ろし。呆れたように立ちすくむ男を見上げながら口元を笑み歪め。『他者の食いかけを好まぬなら、釣り糸があと僅かに残っておる。幸い具合の良さそうな枯れ枝も落ちておるし、それを餌に釣りにでも興じてみるかね?』暢気としか言いようのない誘いかけを男がどう感じるか。仮にも戦場で、老いた身であるとは言え悪夢に雇われている傭兵が釣りに誘うなど。男へ向けたままの剥き身の愛刀さえなければ、単なる年寄り同士の寄り合いにも見える。遠く離れた場所から聞こえ来る砲撃の破壊音が更に激しさを増すを背に、己の言動に僅かに呆れながら残りの配給食を口に運んだ。
殺すわけでもなく殺される訳でもなく。奇妙な空気が一帯を支配していく。捕虜にされて連れて来られた…と言うには寂れた野営地。楽しい尋問も拷問も何年前に終わった後か分からない。完全に乗り遅れた、そんな冗談を考えている余裕はあった。「20数年前…ねぇ…」思い出す前に考える事を止めた。どうせ記憶に無いのなら余計な事を思い出す必要は無い。「あんた新手の借金取りか何かかい?」容量を保ったままの食料を手に収めたまま、怒りもせずおどけもせず言葉に何の感情も込めず。借金の心当たりも無ければ保証人になった覚えも無い。身元調査を行い連れ出された不可解に対する意味の無い皮肉。
「冗談はさておき…」転がったままの水筒に目もくれず。「俺があんたの探してるアールグレイだったら何だって言うんだい?」誰かが言った。人は忘れ去られた時に死ぬと。アールグレイの事を記憶に留めている人間は居ない。皆、戦争に奪われた。同じ時を過ごした者全てを失った時、一緒に死んだ。記憶の中に残してくれた者が死に絶え、存在は消えた。掘り起こされて喜ばれる過去の遺物は歴史的発見か金銀財宝くらいだ。20年以上も忘れ去られた記憶を今更のように突きつけられた所で感動も無ければ思う事も無い。忘れ去った事で過去を無かった事にしようと言う気は無い。思い出す価値が無いだけだ。
「大した用事じゃないなら、帰らせて貰うよ」黒煙が立ち上る空を舞う翼の一団。デグデ城方面からグラディグ城に向かっている所を見ると、増援と見ても良さそうだ。あの部隊が向かう方角に帰らなければならない。「それと…一度取り上げた物を返してくれるとも思わないけれど…銃も返してもらうよ それは赤の他人が触って良い物じゃない」手元に残った僅かな記憶と想い。古い記憶と新しい記憶を残した二つの愛銃。何も知らない者が命と等しい程に大切な品に触れる事は侮辱行為に等しい。声も表情も感情を面にしない。力づくでは何も解決しない所かかえって話がこじれる事を知っているから。
余程大切な物なのか、それとも戻る為に必要だからか、感情を伴わぬ声が寂れた野営地で響き、同じようにその表情すら何の感慨ももたらさず、銃の返却を男は望んだ。こんな反応が返ってきて当たり前の状況にただ笑う。『そうだな。これと言って特別な用があった訳でもない。ただ、確かめてからと思うたまでだ』口に運んでいた配給食の残りを地面に置いて、腰に下げた袋を外して男に放り投げ、剥き身の愛刀を向けたまま立ち上がる。闇雲に、誰でも殺めるのは本意ではないし、それ程の戦に対する情熱も敵に対する言われなき憎しみも持ち合わせてはいない。目の前の男がそうであるようにとうの昔に失うて、残った唯一を追うてきたのだ。
これが追うてきた相手と、きちんとそうであると確かめた上でなければ、我が真意は有耶無耶のままに終わってしまう。何に囚われて追うたのか判らぬままにしておくには、20数年は長すぎた。『アールグレイ=ドアーズ殿』愛刀を向けたまま改めて名を口に。『ここに一騎打ちを所望する』今更ながらの申し出を、目の前の男はどう感じているだろう。どう感じていようとここは戦場。どこでどのように戦うかは、戦に参じた者の意思によって決められる。見出して、確かめて、20数年前の決着を。唯一人の人間に囚われ続けた生涯に、何がしかの終焉を。その為に攫うてきた。敵であれ味方であれ余人の介入などされて堪るものか。
『敵味方入り乱れる中でまた逃げられるのは面倒』覚えていようがいまいがそんな事はどうでもよい。あの初見の折のような訳の知れぬ喪失感はもう要らぬ。雇われ仕えた国への忠誠心も捨て、『不殺』と『生への執着』と言う相反する2つを手にしたのも、ただこの時を迎える為。『老い先短い我が身なれば……』眼前へ向けていた愛刀を構え直す。城内においてもここに至るまでの間も抑えていた殺気を伴って。『何の決着も見ぬままに逃がす訳には行かぬのだよ』何がしかの答えが得られるのであれば、苦しみの果ての死さえ甘受しよう。
私は味方部隊と共に入江の方へ向かいますそして、森を潜みながら進んだ私達の視線の先に敵国の数隻の船が現れます「いましたね・・・」ただ、こちらは1部隊に過ぎない人員・・・小規模とはいえ船団の敵とは物量的に不利ですしかし、このまま隠れているだけでは敵に城の背後より急襲されてしまいます・・・「とにかく城へ伝令を送って援軍を頼みましょうそして、残りは援軍が来るまで彼らをここに足止めさせましょうですから、自軍の消耗は避ける形での戦闘をお願いしますね」
敵の方はいよいよ上陸間近という感じです攻撃するなら体勢のまだ整っていない今ですね・・・私も体の気を高め、戦闘の準備を整えます(いきますよ・・・!)私は、手を挙げ攻撃開始の合図をしますそして、同時に先頭の船の甲板にいる兵たちめがけて両腕より十発程の気弾を放ちました・・・
こんな手の込んだ真似をして大した用事では無い、とは。大した用事があれば天地でも引っ繰り返すのか?と言う皮肉は口元に留めておく。『アールグレイ=ドアーズ殿』肯定もしなければ否定もしない。『ここに一騎打ちを所望する』サムライと銃使いの一騎打ち。拳銃を扱う職業柄、一騎打ちを申し込まれる時はガンナー同士の早撃ちだと思っていただけに苦味を帯びた笑みが零れる。熟練した兵士なら弾丸を避けて走ると言うがこの距離を無傷で駆ける事が出来るのは何割だろう。サムライが銃使いを仕留める前に何発弾丸を撃ち込める?
距離に影響されない剣術があれば別だろうが、今までの純粋な太刀と人工的な罠を見ているとその手の攻撃手段を持っていない…あるいは今まで手の内を隠し、殺す為の切り札を手元に揃えている状態か。どちらにせよ遠距離に特化した武器を使い、魔法銃の力で距離を取った上でサムライの太刀がかすりもしない距離から銃撃を放つのは一騎打ちとしてフェアではないと思う。自身の生存を考えれば卑怯と蔑まれようとガンナーとして戦えば良い。軽い金属音と共に拳銃の命が抜け落ちる。手元に残ったのは物を言わぬ銃。零れ落ちたのは淡い光を灯った弾と無機質な弾。合わせて12弾。武器としての能力を失った拳銃が定位置に収められる。
「あんた、そうやって過去の戦で仕留め損なった奴を探し出して一騎打ちを申し込んでいるのかい?」持ち主に廃棄されたのか、持ち主が居なくなったのか。幾年もの時間を孤独に過ごしたと思われるガラクタを拾いながら皮肉な笑みで返す。刃は錆に侵食され零れ落ち、その辺の果物ナイフの方が優秀な刃を持っているように見える。唯一の取り得は多少斬りあった所では折れそうも無い屈強そうな刀身。不殺主義を貫く為ではない。大剣の類は斬る事を目的に作られたのではなく叩き潰す為に作られた凶器。刃の鋭さよりも鎧越しに衝撃を与える頑丈さがあれば良い。鎧の中身の柔らかい部分が飛び出る程に徹底的に打ちのめす為の武器。
手に収まる重圧感。黒の魔剣として共に天翼で戦った彼女とは違い何も感じない。年老いてから手にした大剣は彼女だけ。物言わぬ剣がこんなにも冷たい事に苦笑以外の反応が思いつかなかった。「俺はあんたが固執する残兵のうちの何人目だい?」敢えて殺気に殺気で答えずに口元だけが吊り上る。「悪いが死ぬ時はあんた一人で死んでくれ 俺は他人の死に様に付き合ってやる程御人好しじゃないんだ まだやる事が残ってるんでね」一撃必殺の構え。狙いはサムライの剣。重量だけは勝るガラクタが高さを持って衝撃を連れてくる。そのスマートな剣をヘシ折ってやる!!
主の手元に戻ったはずの2つの銃は、その手の中にではなく平素その硬く冷たい身を置く腰の褥に収められ、代わりにその手に収まったは見るからに古び、無残にも錆びの浮いた大剣。銃と刀なれば銃が有利なのは明らか、承知で臨んだ一騎打ちだと言うに、卑怯と蔑まれる事を嫌悪したのか、単に人が良いだけなのか。いずれにしても己にとっては思わぬ過去の再現に感謝せずにはおれない。過去に合わせた物とは違い無残この上ない姿ではあるが、それでも幅広く厚みも豊かな大剣に比べれば、我が愛刀は玩具程の細さに見えた。「あんた、そうやって過去の戦で仕留め損なった奴を探して一騎打ちを申し込んでいるのかい?」その問いの答えは否。
戦場で見えた相手が生きていた試しなど皆無に等しく、仮に残っておったとしてもそれは相手の運。追うてその運を摘み取るは罪だ。それを判っていながら何故に追うか。当てにならぬ所在の報を掴む度に何度となく己に問いかけてきた。答えが出ぬままにここまで追うてきた。それだけの事だ。久しく剣など持ち合わせていなかったように、その手に収まる剣を見て男は苦く笑み。「俺はあんたが固執する残兵のうちの何人目だい?」笑み歪めた口元のままに構えを取る。ただそれだけの動作を糧に、過去は明確なまでに我が脳裏を過った。周囲を囲む敵も味方も、若い姿の男と我が身も、戦場特有の血と火薬と腐肉の合わさった匂いも。
それらを運んでくる風の一筋さえも、瞬時に運ばれかき消え。ここに在るのは生き伸び年老いたかつての敵同士。ただひたすらに追うてきた、唯一の相手。『残兵などおらぬ』僅かに身を屈め、態勢を低く保ったまま地を蹴る。大剣に正面から打ち込むは如何な幾度の戦乱を切り抜けた愛刀であれど無茶な所業だ。正面からまともに打ち合えばその身は砕かれ、ただの鉄屑となり果てる。長きに渡る相棒にそのような最後は与えられぬ。『後にも先にも、追うたは貴公唯一人』形ばかり大きな剣を持つ懐近くに入り込み、その刀身と柄の継ぎ目を狙って下から薙ぎ払う。過去に対した時と同じように。
障害物全てをなぎ倒すような無骨な剣に対し、か細く見えるサムライソードの軌跡は狙いを定めた刀身からずれた箇所。真っ向から向かえば圧し折られると判断したのだろう。狙われたのは廃棄物にとって致命的な弱点となる場所。剣に限らず継ぎ目は構造上脆くなる。異物と異物を繋ぎ止める点。刀身は頑丈でもまともに打ち込まれては返り討ちに合う可能性が高い。振り上げた腕を僅かに引き起動を整える。一点集中の衝撃は殺がれるが、太刀筋は引かず昇る刀を抑え付けるように圧し込む。上に昇ろうとする力と下に降ろうとする鋼は双方の力の中心で止まり金属の不協和音を奏でる。
「一度見ただけの相手を探す為に時間と手間を?」お互いの狙いを外した始まりの太刀。刀に対する致命的なダメージを与える事は出来なかったが大剣の武器生命を奪われる事も無い結果。「それとも、20年以上追われる程の何かをしたって言うのかい?」刀身が触れ合った事で手遅れ状態の刃が衝撃に耐え切れずに大きく零れ。刀に刃を削り取られた事に一人ほくそ笑み、圧し当てた刃を一気に手前に引き戻す。人の手から離れた年月が錆びて不揃いな刃を作り出し、欠けた形は鮫の歯のような凹凸。錆のノコギリを引けば不快音を唸らせながら歯が刀を喰らう。
聞くに耐えない音と共に風に乗る鋼の粉。それは刃としての命を終えている大剣の物か、手入れされた刀の物かを確かめている暇は無い。「唯一の心当たりと言えば戦地であんたの身内と一戦交えたかもしれない℃魔ュらいだね」一方的に知られていて一方的に知らない。たった一人の男を探す為に長い年月を超えてきた。それに理由を継ぎ足すのなら命の奪い合いくらいしか心当たりが無い。時期が時期だ。一度引いた刃を挑発的に叩きつけるように下方から振り上げる。一つは衝撃で武器を弾き飛ばす為。もう一つは弾き飛ばせなかった時に刀自体にダメージを与える為。そして狙いが外れた時に削り取る為。
様子見と挨拶代わりを兼ねた一撃は男の機転によって外され、残された結果は錆びた刃を僅かに削ぎ落した程度。使われずに破棄され幾年の間風雨に晒された大剣の刃はか細いながら手入れを怠らなかった愛刀によって役目の一部を奪われた。だが、基より切るためではなく叩きのめす為に作られたそれが、たかが一部の役目を果たせなくなった程度の事で臆するはずもなく、刃を削り取られ、ぶつかり合った愛刀共々に悲鳴をあげながらもより一層の幽気を伴って男の手の中で己を存在を主張しているように見えた。あの不揃いな刃で切られればさぞかし酷い苦痛に苛まれる事だろうと思い。手の中に収まる愛刀が悔しげにチリ…と鍔鳴るを耳にする。
形だけ大きい錆びた老剣にしてやられたのが悔しいのか、それとも過去に切り損なった相手に切っ先すら届かなかった事が悔しいのか定かではないが。急いては事を仕損じる、あの折の様に。だから急くな。自身と愛刀に言い聞かせ改めて構え直し。『身内などとうの昔に朽ち果てた。某が生まれる前に父が、初陣を飾る直前に母と義父が。妻も子もなく、兄はおるようだが会うた事すらない』言葉が終わりきらぬ内に振り上げられる大剣が狙うは我が身ではなくどうやら愛刀のようで。弾き飛ばす為か圧し折る為か、いずれにしても正面から受けられるような衝撃ではない。『そんな、会うた事すらない身内の仇討など笑止とは思わんか?』
言葉を続けながら咄嗟に腰の鞘を引き抜き、愛刀の柄の下に交差させ。『唯一人を追う訳を知りたいのは、何も貴公だけではないのだよ』僅かでも衝撃を受け流してくれればと渾身の力を込めて振り下ろす。そうだ。貴公ではない。追うた理由を知りたいのは、己自身。
敵襲と叫ぶ声と、何人かが打ち倒される悲鳴が響いたのは同時だった。ざぁ、と枝葉を揺らして飛び立つ野鳥。甲高い鳴き声を上げながら一目散に逃げてゆく。私が始まりを知覚するのは大抵の場合遅い。欠けた視覚が常人にはできて当然の情報収集を妨げる。反射的に杖を翳した脇をなにかが掠めた。ばしりと足元で弾けた勢いに押されて無様に転倒した。思いきり打った腰がかなり痛い。「……っ、や、やはり来ましたわね。人数はどのくらいですか? 向こうは樹の楯があります。可能な限りの最大速度で逃げ切りましょう。 弓矢で牽制しつつ、魔法で防御を。操舵者を最優先で御願いします。 船に取り付かれてはなりません!」
先程飛来したものの正体は分からない。何にせよ、護らなくては。もう少しでデクデ城なのだ。地に足をつけられれば小回りが利くようになる。恐いと喚く自分の声には聞こえないと無理やり蓋をする。駄目よ。眠っていなさい、臆病な私…。「拒絶の障壁よ―――」身を起こそうとしつつ、舵を取る兵士に守護の結界を試みる。すべてをカバーする事なんてどだい無理な話だけれど、その一角に絞れば何とかなるかも知れない。速度を上げた船の上で、攻撃を免れた兵士たちも動き出す。行動は二つ。詠唱に入る者と、次々と矢を放つ者。矢は野鳥の羽音に似せた風切り音をまとい、敵軍に殺到してゆく。
連続する衝撃にまた一つ剣は刀身の一部を失う。このまま先ほど同様に刀の帰るべき場所を削り裂いても良かったのだが何度も同じ手に掛かるとも思えない。本命に向ける為に敢えて裂かずに原型を留めさせる。「だったら尚更追われる理由が理解出来ないねぇ」ここに至るまでの状況を作り出した本人が知りたい℃魔他の誰が理解出来ようか。順を追って問えば子供だって自分の考えと行動の理由を説明出来る。理不尽。実に理不尽。何も知らされないまま此処で殺されてやるのも癪だ。最も万人が納得する理由を突きつけられた所で死んでやる義理はない。
「それともあんた、俺に理由は分からないが死んでくれ≠ニ言いたいのかい?」愛想笑いさえしない眼と愛想笑いを浮かべた口元で表情が歪む。「俺を殺せば答えは出るのかい?ダンナ」次から次へと出てくる悪意の篭った皮肉に自身がこんなにも嫌な部分を持っていたのだと再認識させられる。こんな部分は昔に斬り捨てた部分だと思っていたのだが奥底に隠れていただけのようだ。そして、自分でも驚くほどに好戦的な気分にさせられている。これが何処から来る感情かは定かではない。男が探す理由も、この何処から来たのか分からない何かのように曖昧で形の無い物なのかもしれない。
「あんたの答え合わせに付き合わされる方は迷惑だ」大剣が次の攻撃態勢に入る為に姿勢を変える。しっかりと握り締めた柄が点を正面に定め。貫く為に切れ味の悪い刃を前方に突き立てた。命が惜しくばその刀で身を護るが良い。その大事にしている物を目の前で打ち砕いてやる。防御を捨て攻撃に転じるならやってみるが良い。命を裂かれる前に奪ってやる。どちらにせよ引くつもりは無い。考えを変えるつもりも無い。一点集中、一つの機会に託す一撃必殺の構え。奪われたくないなら奪え。奪われそうなら奪い返せ。それが嫌なら大人しく奪われろ。戦場においての暗黙の了解だろう?
こんな滑稽な勝負など、一体ここの他にどこに存在しようか。追う側は理由も判らずに追い続け、追われる側はこれ以上にない言われ無き理由で追われ、剣を交えている。衝撃を受け止めた鞘は、男の刃を削いだ代わりにその身に皹を入れて。どれ程に大きな衝撃を受けたかを見せつけた。鞘を破壊せずにおいたは次への温存。そうと知れるように男は大剣を構え直した。それまでは守る為のようでもあった僅かな攻撃性を、殺意を伴う形に変えて。その表情に、目に灯された光に思わずほくそ笑み。その顔だ。その眼だ。あの時…20数年前のあの日、己を惹き付け、追わせる切欠となった。それをもう一度目にする為に貴公を追うて来たのだ。
「あんたの答え合わせに付き合わされるのは迷惑だ」至極尤もな答えを聞きながら、僅かに刃毀れした愛刀と罅割れた鞘を構え直し。正面の男の手の中に座す大剣が殺意を込めた攻撃に転じた男の気を受けて独特の気配を伝えてくるようだ。愛刀も鞘もその気配に憶するどころか迎え撃つ気合いに漲り。命など今更だ。相打つにしろこちらが討ち死ぬにしろ返り討ちにするにしろ、最も得たい瞬間を手に入れた今、惜しむ物などありはしない。『そう時間はかからぬ。貴公が某を斬る事が出来るのならば…な』刃が削ぎ落とされ、斬ると言う側面においては使い物になるかどうかと言うのなまくらに諾々と斬られてやる筋合いはない。
今更惜しむ命ではないが、討てるものなら見事討ってみるがいい。合わせた程度で脆くも崩れ削がれていく形ばかりの剣にくれてやる命など持ち合わせてはおらぬ。銃ではなく、大剣を選んだ事を後悔せよ。攻守を備えた討ち込みが我が技法だが、そのような手は最早使わぬ。盾代わりの鞘を逆手に持ち横一文字に、愛刀の切っ先を天に向け、低い体勢を保ちながら地を蹴る。鞘を大剣の刀身目掛けて、天を向いた切っ先を回しながら下から上…男の左脇腹から右肩へ向けて斜めに。自身の腕を交差させるように薙ぎ、振り上げる。
「見えた!敵船だ!」陸路を抜け、デグデ近辺の海岸線に出ると、味方の部隊と敵船が交戦状態になっているのが見えた。まだ上陸されてはいない。しかし、敵の数が多い。こちらは先行した部隊と我ら傭兵隊。枚数不足は否めないが、ここを抜かれれば総崩れとなろう。「飛び道具持ちはは牽制っ! 我らは上陸時を狙う・・・突っ切れ!」傭兵の騎馬兵は敵船と味方部隊の間を目指し、加速した。
私の放った気弾を合図に遂に戦闘が開始します気弾は数人の意識を失わせ、場の混乱を招きます「まず、ここまでは予定通りです・・・後は先頭の船に取り付き進攻を止める事ですねそうなるとまずは弓兵が邪魔ですね・・・ならばその腕を凍らせて、その攻撃力を奪いましょう!」私は氷の呪詛を気弾に纏わせ複数の氷気弾を形成すると敵の弓兵達に向かって放ちますそして、同時に翼を持った尖兵達が船を目指して舞い上がります
私も、尖兵達を背後から気弾で援護した後すぐにそれに続いて飛び移ろうと川岸から先頭の船めがけて跳躍し仲間の翼兵の手にしがみつきますそのまま私は相手の攻撃をかわしながら運良く相手の船の甲板の上に降りる事に成功しますしかし、すでに船はかなり上陸地点まで近づいています「くっ・・・これでは時間が足りませんでも、とにかく相手の物量に劣勢になる前に早くこの船の進攻を止めないと・・・」私はすぐに体勢を整えると船を操舵する場所を探し始めました・・・
『そう時間はかからぬ。貴公が某を斬る事が出来るのならば…な』まるで終わらせる事を挑発的に誘導されているようだ。此方が終わらせる気が無いのならこの時間を味わって居たいかのように。「答えは見つかったのかい?ダンナ」その笑みに確信を持つ。「だったら安心してくたばってくれ」死んでやるつもりはないが殺してやるつもりもない。戦場で死ぬ事を美徳としている戦士でもなんでもない。昔から一貫しているのは生き残る事。その為に芽を紡いで来た時期もあったが、満足な死を与えてやった事は無い。殺しあう為に逢った相手にそこまでしてやる義理は無い。それ故の「死ね」ではなく「くたばれ」
戦場で死にたければ勝手にするが良い。それまでのお膳立てはしてやるから。強者と剣を交え仕留める悦びも、奪われて終える満足感も理解出来ない。お偉いさん方にしか得られる物の無い戦で散る事の何が名誉だ。くだらない。生きる為に殺して生きる為にもがいて生きる為に逃げる。憎まれようと笑われようと蔑まれようと生への執着心が糧。戦場で死ぬ事を肯定するような表情を見ると嫌でも反発したくなる。そうやって昔から美徳を掲げる奴の意思を踏みにじってきた。生かす事で。この男との決着はどうだったのか覚えていない。自身が生きている以上、その志に唾を吐いてやったか生きる為に逃亡したかどちらかだろう。
構えた剣が唸るように風を斬り、攻撃態勢に入った男に向かい突き進む。障害物は皹が痛みを訴える鞘。狙って下さいと言わんばかりのソレが殺意を持った凶器に敵うはずもない。刀身を収めるべき場所は異物の刃を収められぬまま崩れ、障害物の無くなった直線に突き進むだけ。脇腹に熱を感じる。だが皮を切られる事は想定内。全て斬り終えるまでに仕留めれば良い話。障害物を押し退けた凶器は一点…人間の急所である左胸に向かう。もう止まらない鋼が急所に激しい衝撃を与え、刀は進路を正常に走れないまま手放され、それで終了だ。その後は二度とはた迷惑な問題の答え合わせに付きあわせて来ないようにすれば良い。
切っ先が侍の左胸を突いた時、勝利を確信した笑みが零れる。しかし、その笑みは瞬く間に凍りついた。まるで持ち主以外の者に扱われる事を拒むように鋼は命を終えた。長い刀身は衝撃に耐え切れずにその身を崩し、鈍い音を立てて亀裂が作った道筋通りに散っていく。凍ったままの表情はすぐに冷静さを取り戻し、再び笑む。剣の長さが半分になったくらいでどうって事は無い。元々斬る事に期待していなかったただの鉄の塊。この状況で折れた所で残った刀身で衝撃を与えれば良い。肉が裂かれ刀に侵食されて行くのを感じながら折れた剣を左胸に突き立てた。威力の死んだ衝撃が刀を止める事が出来なかった時、敗北が確定する。
渾身の力を込めて繰り出された大剣による突きを鞘で薙いだ瞬間、その衝撃に鞘は脆くも砕け散り。崩されかける態勢のままで脇腹から肩口を狙って下から上へと振り上げられた愛刀は、確実に、徐々に深く男の身へその刃を埋めていく。勢いの衰えぬ突きが我が身を貫くのが先か、刃毀れした刀が男の身を斬り裂くのが先か。振り上げる距離と突いてくる距離。湾曲する軌道と最短を突き進む軌道。どちらが早いかなど赤子でも判ろうが、振り上げる腕を止める気は湧かなかった。これで全て終わる。長きに渡った先の見えぬ放浪も、癒されぬ渇きも全て。そう思いはするが。長い間に培われた生への執着はそう簡単に覆されぬ程の成長を遂げていた。
死んでたまるかと今更な思いをあざ笑うように、真っ直ぐに突き進んでくる幅広い切っ先。これが我が身を貫く前に男の身を斬り裂かねば死に直結する敗北。それが判っていながら今更態勢を返すには相手も己も勢いがあり過ぎた。我が身を覆う甲冑に大剣の切っ先が触れ、男の顔に勝利の笑みが零れ落ち、これまでかと覚悟を決める。が、その刹那。男の表情が凍りつき、心の臓を貫く筈の刀身が鈍い音を立てて崩れ落ちた。図らずも三度に渡る刀身への打ち込みがその鋼を突き崩し、最後の衝撃に耐えきれずにその身を砕けさせたのだろう。哀れな鉄屑となり果てた刀身の半分は地に落ち、永遠の眠りに就き、残された半分は変わらぬ勢いのまま……。
崩れ落ちた半身を顧みる事もなく突き進む様は生への執着に他ならず。新たに現れた不揃いの切っ先が甲冑に食い込み、ぶちぶちと互いを破壊しあう音を立てながら我が身に食らいついた。勢いに押され身体の均衡を失い、男の体に埋もれていこうとする刃ごと押し戻されながら、ただひたすらに腕を振り上げる。喰らい付き押し戻す衝撃と振り上げる勢いが奇妙な均衡を作り出し、刃が男の肩口に届くかどうかの瞬間、踏みしめていた足は大地から僅かに浮き、我が身を反転させた。もんどりを打つように大地に転がされ、その勢いのまま男と距離を取る。押し潰されるように不揃いの刃に裂かれた甲冑の切れ間から溢れ出す血液を感じながら、浅いと舌打つ。
突き進んでくる勢いに押され、このまま進めば確実に命を奪えるまで入り込んでいた刃は、男の体から強制的に排されたのだ。思うように斬れたは恐らくはみぞおちの辺りまで。そこから上は排されながらの浅い討ち込みだ。倒れた勢いのまま転がり、膝を着く格好で体を起こす。不揃いの切っ先を突き立てられた甲冑の左胸は無様にも押しつぶされ切り裂かれ、激しい痛みを伴う出血に染まっていた。上がらぬ左腕をだらりと下げたまま、右腕一本で構え直す。急激な出血と痛みに眩む目を眇めて男のいた辺りに視線を流し。結果的に浅くなった討ち込みに、あの男がどうなったのかをこの目で確かめるまで、果ててなどやらぬ。
真紅の糸を引きながら互いの兇刃が獲物を喰らい損ねる。熱い。裂かれた箇所を中心に焦がされそうになる。熱を帯びた箇所に触れれば滑りを帯びた液体が溢れてくる。幸い命はあるようだ。肉ごと裂かれた兄の形見の切り口を指で触れながら僅かに案著する。男はと言うといまだ戦う姿勢を崩していない。刃が死んだ時に威力が死んだせいで仕留め損なったか。何とか両足は地についているが感覚は無い。体内の血液が亀裂に巡る度に正常な循環が行えずに流れ落ちているせいだろう。気を緩むとあっという間に天に召されてしまいそうだ。こんな理不尽な戦いで死んでやるか。倒れそうな身体を突き動かすのはそれだけ。
威嚇するような音が荒げられた吐息と共に漏れる。死んでやるものか。燃え尽きそうな灯火を執着心が再点火する。どんなに醜かろうと生きる事に執着するのを辞めるつもりなはい。鉄屑の寿命を確かめるように地に突くと帰って来たのは鈍い音。剣としての命を完全に終えたガラクタの骸を投げ捨てた。剣を失った。戦闘の続行は不可能。敵はまだ武器を握っている。闘争心は死んでいない。このままでは即座にとは言わないがいずれ刈り取られる。死んでやるものか―――素手では勝ち目は無い。弾を抜いた銃を引き抜いて鈍器にした所で攻撃できる距離では圧倒的に不利。
距離―――――あった、生き残る為の手段が。絶対的に有利な武器が。「俺は…まだ死んでやるつもりはない」もうフェアだとか生かして返すだとか雑念はどうでも良い。最重要項目は自身が生きて帰る事。卑怯とでも何とでも言うが良い。最後の切り札が汚れていない聞き手に収まる。普段手にする事が無い銀色の銃。手に馴染んだ二丁とは違い殺傷のみを目的とした凶器。故に今まで眠り続けていた形見。これで終わりだ。二十年以上前の因縁も此処で終わる。俺が生き残る為に死んでくれ。銃口が獲物を狙い定め、死を宣告するように指が添えられる。後は軽く力を入れるだけ。さようなら。
左胸の傷を発端として我が身を苛む激痛と出血は、呼吸と視界を少しづつ奪っていく。僅かにでも気を抜けば体は地に倒れ伏し、起き上がる力をも奪ってしまいそうだ。小刻みに吐き出される息には耳障りな喉の雑音が混ざり、まだ生きているのだと己に言い聞かせているようにも聞こえた。その中に割り込んでくる、土と鋼の崩れる僅かな音。霞の掛かる視界が捉える薄くぼやけた男の輪郭が手にしていた大剣の半身を地に突き立てたのだろう。突き立てられた大剣はその僅かな衝撃にすら耐えられず、先に落ちた半身と同様に役目を完全に終わらせたようだった。役立たずとばかりに打ち捨てられ、地に投げうたれる音を聞きながら暫しの思案。
男はまだ生きている。浅い討ち込みだ。それも至極当然。伝わってくる気配が未だ生への執着を強く発してくる。やはり、同じだ。あの折と同じ。どんな事をしてでも生き残るその気迫は何ら変わっていない。羨ましかったのか。ふとそんな言葉を放った可愛げのない傀儡の姿が脳裏を過る。渡り歩いた先で見つけた養い児が作ったそれは、使った樹木の重ねた月日と魂をそのまま受け継ぎ、見かけに反した物言いで容赦なく人を言葉で切り刻む。侍とは愚かなものだな。嘲笑う声が鮮やかなまでに蘇り、年甲斐もなく反発を覚えたあの瞬間をも呼び起こし。戦いに身を投じて死ぬ事を美徳と教え込まれてきた故に、出来なかった肯定。
生への執着を手にしながらも認めようとしなかった矛盾を突きつけられて激昂した己を更に嘲笑った傀儡の気持ちが今なれば理解出来た。全く愚かなものだ。何が侍か、戦場での死が美徳か。一瞬の邂逅が消えかけた執着心を奮い立たせる。「俺は…まだ死んでやるつもりはない」放たれた言葉とともに向けられたは、鈍く光る銀色の銃。どこに隠し持っていたのか判らぬそれを、今更卑怯と罵る気はなかった。生き延びる為に、生きて帰る為に男が選んだ最後の手段。『奇遇だな…某もだ』口元を歪めて笑み、痛みに悲鳴を上げる体に最後の力を行き渡らせる。きしむ左手を動かして胴巻と体の隙間に指を。肉とは違う固い感触が指先に触れ。
威嚇するように男に向けられた切っ先がゆっくりと下がっていくのを誘いと取るか、言葉に反した諦めと取るか。向けられた銃の狙いが定められ、引き金に指がかかる。距離を有利と見た男の殺意が指先に籠められ。その指先目掛けて。胴巻の中に残されていた最後のクナイを撃ち放つ。
刀と銃。圧倒的な射程距離のある武器と手の届く範囲しか斬る事の出来ない武器の違い。引き金を引くだけで殺せる武器と敵前まで駆けていく必要の有る武器の落差。ほぼ確定した運命に贖う様に向けられた鋭利な鉄の塊に僅かな時間を取られるが大した事ではない。体液を流す事で感覚の無い痛みを訴える指に僅かに力を入れるだけ。聞き手に僅かな傷を負って銃を手放すほど素人ではない。銃器を扱う以上、手を狙われる事には慣れている。それで武器を落とすようでは生き残る事は出来ない。銃を撃つ事が出来なくなった時が死だからだ。悪足掻きは所詮悪足掻き。やる事が無くなったら念仏とやらでも唱えていれば良い。
…………………………無音。僅か数秒が長く感じる。何故だ………何故目の前の災厄を撃ち抜かない。今更不殺主義を貫く事に拘るのか?否、結局一番大事なのは自分の命。人を殺すのが怖くなったのか?否、それこそ今更だろう。足元が崩れていくような崩壊感と共に支えきれなくなった両脚が崩れた時、やっと答えを見つけた。ゆっくりと足音を立てぬように近づいていた死の足音が近い。身体を突き動かしていた殺意が限界を訴える肉体に負けた。血を失い五体を操る事が出来なくなっていた。殺意がそれを誤魔化して隠していたが為に自分の限界を見失っていた。生きる事への執着が己の首を絞めていた。
「馬鹿な………」動く事が出来ないと悲鳴を上げる身体がもう一度精神が支配しようとするが上手く行かず、うつ伏せ状態から僅かに這っただけで立ち上がる事が出来なくなっていた。立ち上がる必要は無い、腕を前方に伸ばして指に力を入れるだけ。そんな簡単な事が出来なくなっている。厄払いは後回しだ。命を繋ぐ為に傷を癒さなければならない。常備している応急手当用の薬瓶が数本。何事も無かったように元気になる…とまでは行かなくても最低限の再生力は補える。空元気でも取り戻した後はグリーンノアの魔法弾。所詮は紛い物の魔法。傷を塞ぐ程度の治療力しか期待は出来ないが出血多量で死ぬ事は無くなる。
小さな薬瓶を飲み干すだけで身体を起こす事が出来る。寝起きの気だるさのような物だ。中途半端な眠りから覚めた後のあのダルさ。一生立ち上がれない程の苦痛を感じるが、強引に身体を起こしてしまえば立ち上がる事が出来る。結局「死にそうな程苦しい」「立ち上がれ無い」と言う諦め気味の思考は行動を起こす前から諦めているのであって、いざ行動を起こせばすんなり行くものだ。腰に手を。小さな鞄に手を指し入ればすぐに触れる小さな器。蓋を開けて飲み干すだけだ。難しくは無い。簡単な事だ。簡単な―――――
「――閉ざし、如何なるものをも隔絶する檻となれ」幸い妨害が入ることなく、発動に支障は来さずに済んだ。少しの間だけ、この魔法が暫し操舵者を護る。脆い楯に等しく、何回か攻撃を受ければ砕けてしまうが。その間に、味方の弓兵が何人か蹴り落とされる。鎧を纏っているうえ、弓ごと腕が凍りついていては、泳ぐ事なんてとても無理な話で。もがき沈みながら、流れに浚われてゆく。差し伸べる手は、余裕は、この混乱の中既に失われてしまっている。だが一握りの、例外。弓を投げつけるように手放し、免れた兵もいた。すかさず鞘から剣を抜き、翼騎兵に斬りこむ。外れた敵兵の攻撃は、甲板の所々に滑り易い場所を作り出している。
徐々に悪化している気配に更なる追い打ちか、仲間が叫び声を上げた。海岸線方面より敵軍の増援部隊が出現した…ですって?海岸線の方から響いてくる地鳴りのような音は、多数の蹄が地を蹴るものだろう。凄まじい速度で迫り来ているのが分かる。冗談じゃないわ。舌打ちする間も惜しんで声を張り上げようとした所へ、敵将らしき娘がいるとの知らせが入って、膝が震えた。広くも無い船で、派手な服装をしているのだとか。そして、今まさに私と対峙する形で此方に来たことを。――下がってください。囁かれる。「…術師部隊は手伝って。 突風を起こします、この精霊の力を借りて…押し戻すの」
私を含めた術師は、たった6人程度が集まっているだけ。皆の背に庇われているけれど、どのみち白兵戦ではまるで歯が立たないだろう。持ち堪えられる時間は一瞬と考えていい。冷汗のにじむ掌が、鞄の中から精霊石を掴みだす。泥沼に沈む前に敵を増援ごと押戻し、翼ある者たちを翻弄して。自軍の船は加速する為の。一度きりの切り札。一縷の望みをかけて詠唱に入る。朗々と重なり始める六つの声音。迫りくるであろう敵将と翼騎兵の目前で。剣戟と波音と蹄の轟音が混じり合う中で。「精霊よ、我等の声に…」発動すれば私たちの活路が開ける。…筈だ。………本当、に?頭の片隅から消えない本音が、煩い。
相手との接近戦でしかその真価を発揮できぬ刀は、距離を取る事で戦火を発揮する銃には敵わぬ事などよく判っていた。クナイを投げたのもあわよくばを狙った悪足掻きのようなもの。僅かでも生き残る可能性があれば講じない手はなかろう。だが、現実は。利かぬ視界で放ったクナイは僅かに指先を掠めただけのようで男の手から銃が零れ落ちる気配などなかった。走り込む体が重い。手にする愛刀が重い。反撃を想定できなかった己が招いた不始末が、出血を伴って我が身を責める。あと僅か。せめてあと少し前へ。せめて一太刀浴びせられる距離へ。貧血の為か均衡を保てなくなり始めた体を気力だけで支え、足を進めせる。
構えられた銃は変わらず己を捉え、いつ火を吹いてもおかしくはない。その筈であるのに。独特の爆発音も、身を貫く鉄の弾も、火薬の匂いすらもどれ程近づいても現れず。やがて。目の前の男の体が崩れ落ちた。「馬鹿な………」男の呟きが耳に届き、幽かに映る大地に伸ばされた銃を持つ腕さえも上げられぬほどに衰弱しているようだった。これならば間に合う。生き残る事が出来る。そんな逡巡を巡らせたのは一瞬。次の瞬間には足が僅かに縺れて、己の体も男の体同様に限界を迎えていると知らされた。止めを刺すべきか、傷を癒す為にも刺さずにここから立ち去るべきか。走りながらもう無理の利きそうにない我が身に思案する。
追い続けた理由は見つけた。それを見出すための一騎打ちの申し出。我が目的はすでに果たされている。これ以上互いの命を賭けるべきなのだろうか。纏まらない思案を遮るように、走り込む膝ががくりと落ちる。堪らずについた左手の衝撃を受けて傷を受けた左胸から激痛が体中を走り、新たな出血が左腕を紅く染めた。思わず呻き、愛刀を地に突き立てて崩れそうな身を支え。瞬間晴れた視界に映ったは腰に携えた鞄に触れようとする男の手。愛刀に体を預けたまま、咄嗟に動いた血まみれの左手がその手首を掴む。伏した体を染めるように徐々に広がっていく男の下の紅い溜まり。何の策も講じさえなければ、男は出血多量で果てるだろう。
だがそれは、本来己が望んだものだったのだろうか?当初の目的を果たした以上、それが死に直結した私闘であっても敢えて命を奪う必要があるか否か……。巡らせる思案は結局、己の舌打ちによって遮られる。甘い、のかもしれぬ。あまりにも愚かな選択。だが、充分な満足感を覚えた心はそれ以外の何も望まなかった。掴んだ手首を放して男の鞄に手を伸ばし、中身を取り出せばそれは戦場では見慣れた薬瓶。一本を歯を使ってこじ開け、まずは自分の胃に流し込む。痛みの薄れた左胸に繋がる腕も幾許かの自由を取り戻し、瓶を右手に持ち替えて男の髪を掴んで顔を引き上げる。『飲め』同じようにして封を切った瓶を男の口元に添えた。
生存本能が混濁とした意識の中、無意識に再生に必要な物をかき集める。死ぬわけには行かない、純粋にそれだけの思いでもう一度しがみ付く。治癒に必要な栄養が身体に染み渡っていくと同時に肉体は生きる為に命を繋ぐ。明確になって行く視界に映ったのは駆除すべき対象。だがこの状況では銃を向ける前に首を刎ねられるのが先か。目覚めた直後にコレでは息を吹き返した意味が無い、と伏せかけた視界の端に写ったのは見覚えのある薬。「………やっぱり…あんたの考えは…理解出来ないねぇ」訳の分からない事を言って二十年以上も前から追ってきて。戦いに生きる者らしく戦いで決着をつけようとして。殺さずに生かした。
てっきり戦いの中での決着…どちらかの死でも得ない限りは満足しない人種だと思っていたのだが。「あんた…結局…何しに来たんだい…?」記憶に無い因縁を引きずり回して、危険を冒してまで大胆な単独行動で連れ出して、理解不能な理由で武器を突き出して、殺しあった末に生かす。一生理解する事は出来ないタイプだろう。この考えが理解出来た時に他人に理解されなくなる気さえする。一本余分に瓶が空になっている所を見るとまだ続けるつもりなのだろうか…それにしては先程のような殺気は感じられない。それとも再生以外の事に回す余力の無い身体がそれすら感じなくなっているだけか…
僅かに指先が動き出す。腕が自由になるまでには僅かだが時間が掛かりそうだ。考える事しか出来ない時間を使って記憶を掘り起こす。十年単位で埋もれた記憶の中を一本の糸を伝うように。「………………」いつ、何処で、どうやってこの因縁は生まれた?「………………」沈黙は何も答えない。「………覚えていない」この男が適当な事を言っているのでは?とさえ思う。生きてきた時間の半分近くも前の記憶、覚えるコツと思い出すコツを教わる事が出来れば老いても中身は若いままでいられるに違いない。くだらない事を考えられる余裕が出来たと言う事は棺桶に入らずに済んだようだ。
男の喉を薬が通り過ぎ、体中に染み渡るまでに要した時間は僅か。傷自体はまだ完全に塞がってはいないだろうが、自力で何とか出来る程には回復したようだ。「………やっぱり…あんたの考えは…理解出来ないねぇ」回復を始めたばかりの体では言葉さえも吐息混じりに吐き出され、それを耳にしながらその場に座り込む。膝をついたままでは居られぬ、強い脱力感。痛みは薄れたとは言え、こちらも傷は完全に塞がってはいないのだ。大量の出血からその半分程の出血になった程度の違い。貧血状態に陥った体を保つ力は余り残されていないようだ。配給食を入れていた袋から薬入れを取り出す。男同様に戦の常備品として携帯している物だ。
飲み薬ではなく塗り薬である為使用にはそれなりの時がいる。それの差はあるが速効性には変わりはなかった。座り込んだその場所で男の問いかけや呟きを耳にしながら鎧を外して地に置き、指先で一掬いした分を裂けた着物の下の傷口に塗り込んでいく。これで、取り敢えずは傷も塞がり出血も止まるだろう。『望みは果たした。それだけの事だ』薬入れの蓋を閉め、銃を持つ男の手の中にそれを握らせる。使うもよし、使わずに捨てるもよし。傷を塞ぎきる物くらいは持っておるだろう。『先程の薬の代金代わりだ。使わぬなら好きにせい』ふらつく頭を回して地に置いたままの鎧に手を伸ばし、改めて裂かれた部分に目を向ける。
無様にひしゃげ裂けた場所は乾き始めた血液で紅く染まり、どう考えても何もなかったようには見えぬ程に死闘の痕跡を残していた。こんなものを見つけられた日にはまたぞろ小煩い小言が延々と始まりそうだと思わず苦笑する。『一方的な因縁に付き合わせてすまなんだな。だが、もうこれで終いだ。仮に再び戦場で見える事があったとしても、貴公個人をつけ狙う事はない』戦場で会えば敵同士には違いないが、それでもここまでする事はなくなる。戦とは違う無意味さを持った殺し合いはせずに済もう。『意味も何も判らぬで良い。ただ満足したと覚えおけ』己にとっての真実は手にした。これ以上は男が望まぬ限り、命の奪い合いはない。
敵の弓兵の数人が味方に蹴り落とされていく・・・相手が溺れている、その情景に思わず心が痛みますこんな時でも非殺を望むのは私の個人的な感情でしかないのはわかってるつもりですしかも戦場という場所で他の者にそれを望むのは無理なのもわかりますましてや相手も自分の命を狙う情況である今敵を助けたくなる衝動を堪えるしかありません今は、自分だけでも出来るだけ命を奪わないように戦うのみです私が、思わずそんな姿に目を奪われている時敵兵が剣を持って切りかかってきます「!!・・・いけない!戦いに集中しないと・・・!」
私は寸での所で剣をかわすとそのまま気を纏った脚で相手を蹴り倒しますそして、さらに気弾を放ち数人の意識を刈り取りますその時、背後の方で声があがりますどうやら増援部隊が駆けつけてくれたようです(良かった・・・これで何とか戦えますね)しかし、ほっとした私の視線の先に敵の背後で何か詠唱している術師の集団が目に入ります(もしかして、これから大きな術を発動させようとしているの!?いけない!早く止めないと・・・!)そこへ、敵兵達が行く手を阻むように立ち塞がりますどうやら、詠唱の時間を稼ごうという事のようです
「くっ!邪魔をする気ですか!?どきなさい!!」焦る私は敵の中に突っ込み、強引に突破を図りますが相手の攻撃の刃に邪魔をされて、なかなか先に進めません「ううっ・・・は、早くしないと・・・!」しかし、現状は敵の攻撃をかわしながら一人ずつ倒すのがやっとの状態です焦る私の視線の先では、詠唱がどんどん進んでいきます「こうなったら・・・!」私は、再び両腕に気を集中して複数の気弾を形成し一斉に壁となる兵達に放ちますそして怯んだ兵達がよろめき空いた隙間から苦し紛れに最後の数発の気弾を術師へと放ちました・・・(お願い、間にあって・・・!)
本当に勝手な男だと怒りを通り越して出てくるのはため息だけ。一方的な理由で刀を突きつけていつの間にか満足して、最後は意味も何も分からなくて良い、と何も語らず。「意味も分からないまま殺されかけて…それで納得しろって言うのかい?」殺意に抵抗した傷跡を見ると傷を負わせたのはお互い様だ。それでも納得の行かないまま勝手に自己解決されてしまったのは良い気分ではない。それとも敢えて語らない事で次は此方に生じた謎を解きに来いと言う誘いだろうか。仮にどんな誘いを受けても自ら飛び込む気にはなれないのが本心。この男に関わるとろくでも無い事になりそうだと本能で悟った。
一先ず死の淵から完全に這い上がったらしく、徐々に呼吸の乱れが均等化していった。この危険人物から施しを受けるのは気が進まないが、無銭飲食されたままなのも癪だったので素直に受け取る事にした。月光の軟膏剤にカエルやムカデを煮詰めて作ったと言われる物があるらしいが…幾ら良薬でも成分が成分だけにご遠慮願いたい。毒物を疑う事よりも余計な雑念ばかりが沸いては消える。死の危機から解放されたせいか昂ぶっていた感情も平静を取り戻していた。「…あんた、名は?」聞いた所で思い出す可能性は低い。探して逢いに行きたいような相手でもない。有効利用と言えば危険人物リストの上位に赤字で記載出来るくらいだ。
独り善がりな終止符の打ち方はさすがに男の気には沿わなかったようだ。怒るでもなく吐き出された溜息が男の心境を語っているようでもあり。納得のいく説明があればまだしも、何もなければ当然だろう。だが、巧く男に与えた謎を解明させるような言葉は己の中にはなく、下手に説明しようとしても新たな誤解を与え兼ねない。真意が伝わらぬ、伝えられぬ言葉ならば伝えぬ方がマシだ。握らせた薬入れは、どうやら打ち捨てられずに済むようだ。使う気はなさそうだが、文字通り代金代わりとして受け取る腹積りなのだろうと未だ貧血の治まらぬ頭で考える。無様に倒れこまぬで済んでいるところをみると、代金分の薬効が現われているようだ。
「…あんた、名は?」何の興味か、単純に訳の分からぬ事について考える事に飽いたのか。そう言えば、此度は名乗りすら上げなかった事を思い出したのもその一言。今更名乗ったところで思い出す訳もなかろうが、却って最悪な形で嫌と言う程その脳裏に刻まれる事になりそうだ。『シュレイザ。シュレイザ=ルークフォルツ』見た目にそぐわぬ名を告げる。何を思われようといつもの事と、手元に引き寄せていた鎧を膝に抱え、出来うる修繕を施しておく。内側に張られた銅板の破損はどうしようもないが、銅板を取り囲む取り取りの巻糸の修繕くらいは必然として体が覚えた手仕事。どうせすぐには動かぬ身なら、腰を据えてしまうとしよう。
デグデ城入り江付近。戦闘渦中にある場所より少しだけ離れた上空に影の姿はあった。傭兵部隊と思われる団体が駆けていくその先に、ぶつかり合う勢力が見える。味方側が翼ある者達故に、数で勝る敵側の船の進行を遅れさせてはいられるものの、劣勢に変わりはそうない。傭兵部隊が加われば、また少し状況は変えられるかもしれないが、それは敵が上陸に近い状況になる事を意味する。(面倒な状況だな…ん?)風のざわつきを感じる。何者かが、風を操ろうとしているのか。(味方が…?いや、敵か)魔力の流れの塊を、敵の後方より感じる。船の進退か、此方への攻撃か。(…風、か)男は、静かに言を紡ぎ始めた。
どうやら、上陸前に入江に入れたようだ。傭兵部隊が一気に雪崩れ込む。しかし、数的に劣っているのは変わらない。次の策を考えているとき、敵船の異変に気付く。既に何人かが取り付いている。随分と思い切りのいい・・・いや、無茶というべきか。何にしても、状況は良くはない。少し船まで距離はあるが・・・。「フッ・・・四の五の言ってはいられんか。 各騎、上陸に備えろ!・・・先に行く」
そう言い残すと、ソランは入江のギリギリまで加速する。そして、寸前の所で愛馬から飛び降り、一気に海原へと飛び出す。海面が近づいてくる。当然船までの距離はまだある。次の瞬間、槍を振り下ろし海面に叩きつけた。槍に纏った風が海面を弾き、反動でソランの身体を大きく飛ばす。「このぉぉっ!!」思い切り腕を伸ばし、渾身の突きを放つ。ギリギリの所で船の側面に槍が刺さり、敵船へと取り付いた。そして、槍を鉄棒のように扱い、一気に甲板へと飛び移った。「さて、無茶をしたのは何方か・・・私も入れてもらおうか」
何かが迫る気配を感じる。圧力めいた強い意志…これは相手の攻撃だろうか?けれど、もはや詠唱を止めて回避行動をとる暇も無い、この盲目の身なら尚更の事。「…応え、汝が力を今此処に顕せ」握っていた精霊石に亀裂が入り、涼やかな音色を響かせて砕け散った。言霊に繋がれた精霊が前方へ向けて広範囲の突風を放つ。これで少しは――風の轟音に混じって聞こえた、重みのある何かが倒れる音。攻撃が、妨害が届かなかった理由はきっとそれ。味方の兵士が庇ってくれたのだ。そういつだって私は。変われない。それでは駄目だと分かっているのに、いつもいつもいつも…!
故に、無駄に出来るはずも無い。与えられた期待と怖れと義務と、願いに応えなければならない。心を、精神を集中する。頭蓋の奥が軋み、絞られるような痛みを生む。彼方より此方へ。噛み締めるような思いで彼女に教えて貰った真名を口にする。此処へ呼ぶ為に。「来たれ、魂葬の、風…っ」言い終えた瞬間、自分と仲間の術師から溢れ出るものを感じた。堰を切ったような魔力の流れは、遠く離れた地に在る彼女を喚ぶ為の代償だ。 次いで、疲労感が全身に巡って膝が折れ掛けた。倒れてなるものかと杖を床に突き立てて、不安定な身を支える。
傭兵達の率い手か。一人の男が派手に船に飛び移ってみせると同時に、轟風が吹いた。それにより、船が陸へと近づいていく。(それが目的か。…ならば)「我は盟約者『――』を継ぎし者。我が名こそは――」宙にかざす手の先に、魔法陣が描かれる。「風魔・陣空結界」詠唱が完成と同時に、轟風により進む船がその針路をある箇所に定めていく。まるで『見えない壁により道を作られた』かのように。―その行き先には。上陸に備えた傭兵達が、待ち構えている。
気弾が相手の術師に当たると見えたその時敵兵が体を張って気弾を防ぎ術師達を守りますそして次の瞬間、船の前方へ突風が放たれます落胆する私の視線の先で多数の味方が風に押し戻されさらに船の速度が上がりますしかし、ここで急に船の方向が変わりその先では難を逃れた傭兵達が、船の到着を待ち構えてます「一体何が起きてるんでしょうか・・・?」今、分かってる事はこの後敵味方が入り乱れての壮絶な戦いになるだろうと言う事だけ・・・自分の心をその時に備えながら私は術師達の元へ徐々に近づいていくのでした・・・
食事時。黒犬が皿から顔を上げて問う。『食べないのですか?』「あ、うん…」身を開けていなくてはいけない。そんな気になる時が、たまにある。そういう時は、大抵…。「…あ」ふわりと体が浮き上がる感触。誰かに、召喚されたのがわかった。即座に傍らに置いておいた鎌を取る。「行って来る」『いってらしゃい』風と共に、精霊の姿が掻き消えたのを確認し、黒犬は再び食事に戻った。
風と共に、白い翼を複数纏った、精霊が舞い降りる。船上。前方には見覚えのある白い姿。そして背後には…「アンリエッタ」かつて戦った、盲目の女性。だが今は、共に酒を酌み交わす仲。彼女は、崩れ折れそうになる身体を、杖で支えていた。「俺を呼んでくれたのか。…今まで良く頑張ったな。 俺は、あんたの手助けをしよう。で、何すれば良い?」元気付けるために、彼女の頭をぽん、と叩いて、訊ねる。
ヘイアン人らしい顔立ちに月光文化らしからぬ名。たまに何らかの事情で容姿と名が一致していない者と出会う事があるが、この男もまた血筋と与えられた名前が異なる理由があるのだろう。「…やっぱり知らないねぇ」ギャップがあれば記憶に残っていたはずだと思っていたが探している範疇にその名は無い。恐らく、この男と初めて合った時に名を名乗る事が無かったか…記憶に留めなかったかのどちらかだろう。今でこそ敵であれ闘う事に誇りを持ち名を名乗ってきた上で戦った戦士の名は覚えているが、当時はどうせ死に行く相手の名を覚える事に価値を見出せなかった故に一刻後には忘れていた。
いや、止めておこう。これ以上の詮索は。思い出す必要の無い事だ。今日の事は死んだ人間の墓参りのような物。この男が満足したと言っている以上は終わった事。余計な事は考えなくても良い。「用が無いなら俺は帰らせて貰うよ」わざわざ確認を取っていく必要は無いが、此処で早々に立ち去って後から「あの時に忘れていた事がある」と自宅に押しかけられても困る。出合った災いはその場で捨てていくのが一番。全ての用件さえ終えれば、もう合う事も無いだろう。
予想通りの答えが戻って幽かに笑う。あの頃の男に敵の名を覚えおく事への興味がある筈もない事はよく判っていた。だからこそ、心底楽しめる勝負も体験出来た。「用が無いなら俺は帰らせて貰うよ」確認を取るまでもない事をわざわざ口にするのは、恐らく後顧の憂いを回避する為。余程嫌われたと見えるが、まぁそれも致し方あるまい。誰だってこんな災難に巻き込む相手を好きにはなれぬだろう。棄て去れる厄災は早々に棄ててしまうに限る。『用は済んだ。どうやら戦も終焉を迎えているようだ』出来得る限りの修繕を施した鎧を再び身に着けて立ち上がる。『後日、詫び状の一つも送らせてもらう。知らせたい議もあるのでな』
一騎討ちの名残が消えぬまま戻れば恐らく起こりうるであろう最悪の状況。言い聞かせたところで素直には聞かぬ懸念を思って苦く笑う。『読む読まぬは任せる。…が、読まぬであれば身辺には気をつけられよ。某もそれなりの対処はしておく故』地に突き刺したままの刃毀れした愛刀を引き抜き、剥き身のまま下げて男に背を向ける。川沿いに海に向かえば救命ボートを置いた入り江。未だに残っておるかどうかは判らぬが、なければスカラベで戻れば良いだけの事。遠くで未だ響く爆音に耳を傾けながら砕けた鞘を拾い上げ、焚火の残骸の中に放り込む。
乗り込んだはいいが、多勢に無勢は明らか。先に取り付いている友軍に合流するのが賢明だ。囲まれてはいるが、援護や有翼兵の手もあり、敵全ての目がこちらに向いているワケではない。「狭いフィールドではあるが・・・駆ける!」距離を詰めてきた一列目を一瞬の跳躍で飛び越える。そして、二列目の敵兵に大振りの槍の一撃を見舞う。直撃でなくてもいい、隙ができれば。その瞬間に二列目も突破した。友軍の背中が見えた。
「付き合わせてもらう・・・と、フィーナ殿か!」そこで戦う友軍はよく知る顔だった。対峙しているのは敵の術師隊。ナイトメアの術師隊とはまともにやり合いたくはない。だが、一気に接近戦に持ち込めば相手にできなくはない。間合いを詰めようとした時、術師のまわりに吹き荒れる風。そして、現れる風の化身。「これはまた・・・随分と知った顔に会う戦場だな」相手もまた、共に戦った事のある者。戦場はその混沌さを増す。
警戒心を張り巡らせている時に限って大型地雷は火を噴き、災いを退きたいと心底願っている時に限って肩を叩く。この男はとことん災いの種をばら撒くようだ。詫び状を必要とする理由は無い。嗾けられたとは言え、正当防衛と言うには過剰な程の抵抗はしている訳だ。それに災厄の元凶から耳寄り情報を知りたいとも思わない。どちらかと言えば、平穏な余生を送る為に今後一切関わらないで欲しいのが本音。この調子で何かある度に男だけが覚えている二十年以上前の事を一方的に持ち出されても困る。既に埋葬されたものを掘り起こすのは墓穴に入る時だけで良い。
「…勝手にしてくれ」頑なに拒絶した所で聴かないだろう、と言う諦めが妥協を押し出し。離れていく背中を見つめながら一生分の溜め息が重く沈んでいった。(やっぱり俺には平穏な日常なんて無理なんだろうねぇ…)予期せぬ災いを呼び込む回数が人よりも遥かに多い事で付いた二つ名が「不幸の人」「薄幸の人」初対面で「噂は聞いています」と言われた時には面を食らった物だ。近年、何事も無く平穏に過ごしていたのだが相変わらず幸は薄いようだ。「せめて人並みの幸が欲しいんだけどねぇ…」ささやかな願いを込めて空を見上げれば、届ける願いを遮るように戦火の黒煙が立ち上っていた。
未だ交戦が続く中を河口に向かって歩く。別れしなに聞いた、勝手にしろとの男の言葉を思い出し。過剰な防衛手段を以て相対した男にとって、詫び状など無用の長物。ましてや戦場での一騎討ちの果ての詫び状など聞いた事もない。拒むと思うていただけに、あのセリフは彼人の人となりを思わせた。人が良すぎる。全く以てその一語に尽きる。あれでは自ら厄災を招き入れる事も多かろう。『危ういとでも申すか……否、面白い男だ』こちらがどれ程に押しつけたとしても、あの様な台詞は普通吐かぬ。読むにしろ読まぬにしろ…読まぬ可能性の方が大きいだろうが、いずれにしても要らぬと吐き捨てられるのが普通だろう。
『ほんに…可笑しな男だ』それが諦めに似た心境から出た言葉であっても、そう思わずにはおれない。自然と零れる笑みを止める事が出来ず、戦場には不似合いの顔で川沿いをただひたすら歩き続き、救命ボートを停泊させた河口に辿り着く。ここより僅かに遠いデグデ付近の海上から陸地にかけて、空を覆う天翼の兵士達は未だ終焉を知らぬのか、それとも引く為か、未だ戦線から離脱する気配はなく。勢いに任せた悪夢軍も進軍を未だ続けている。『やれやれ……。これでは動くに動けぬな』下手に動いて海上に出れば巻き込まれそうな程激しい戦闘に、出るのはため息ばかり。
「あの」『ダメです』王都トラーゼンに置かれている救護施設。我は先の戦争より、此所で回復に努めていた。隣のベッドで同じく治療を受けていた少女の姿は既に無く。―――言いたい事が幾つか在ったのだが、ソレはまた今度。で。今はもう幾度目かになる、文字通り押し問答の真っ最中。「ナイトメアが開戦した事は御存じでしょう? 繰り返しますけれど、我は戦場に出向かねばなりま『ダメと言ったらダメです! 貴女は何時もそうだ。 戦争の度に大怪我をして。やっと治ったと思った側から、 また重傷を負って帰って来るではありませんか!』「仕方無いでしょう? 我は兵士。戦傷は誉れであるべきですわ」
『良いですか。今日という今日は治療に専念して頂きます。 看護師として貴女を戦場に向かわせる訳にはいかない』先程から此れだ。全く困る。我は剣。刃が毀れようと刀身が曲がろうと、砕けぬ限りは敵を討たねばならぬと言うのに。「…そんなにも頑固だから、何時まで経っても貴女には恋人が出来ませんのよ?」『貴女に言われたくありませんっ!』参った。お手上げですわ。よもや此の我を舌戦で打ち負かす輩が現れようとは。例えば今、此所にセルミナスが襲来したとて、彼女は意見を曲げない。漂うオーラがそう告げている。「…はぁ。良く解りました。 では氷を下さいますか? 患部が熱を帯びていて」
『そう、ソレで良いのです。大人しく寝ているのですよ?』よほど満足だったのか。満面の笑みと共に、氷嚢を手渡してくる彼女。受け取ったソレは余りにも重い。氷という名の怨念が、さぞ大量に詰まっている事だろう。だが。―――勝った。ベッドに戻り、氷嚢を開く。その中から一番大きな氷塊を取り出して。謳うは四節。発動させしは"氷抜け"。条件付きの転移魔術。我の予感が正しければ、戦場にも"扉"がある筈だ。余り使いたくないのだけれど、今回ばかりやむを得まい。数時間後、ベッドの中に毛布(紐で縛られた丸太状のモノ)を発見した件の看護師の形相は、それはそれは恐ろしいものであったという。
混乱する戦場の中、私は遂に相手の術師達と対峙しますそこへ、後方から味方が一人突破を果たして合流します振り向くと、そこにいたのはソランさんでした私は少し安堵し、笑顔で答えます「助かります・・・よろしくお願いしますね」そこへ、今度は目の前に突如人影が風と共に現れますその顔はこれも帝国ではお馴染みの方です「こんな僻地でまさかお逢い出来るとは思いませんでしたお久しぶりですね・・・お元気でしたか?」思わず戦場に似つかわしくない言葉で挨拶する私・・・しかし、更なる混乱の状況が起きようとしている事はこの時の私にはわかりませんでした・・・
風の塊がほどける。戦場に吹くには似つかわしくない、涼やかなる余韻を残して背後へと流れ去った。精霊の手が髪に触れ、無性に泣きたい気分を湧き立たせる。強張った表情は固まりきって、動いてはくれなかったけれど。頭を軽く叩かれたついでに言葉が滑りでた。「有難う、シーファさん。 貴女の風を、翼騎兵の足枷として頂けますか。そこの方を前に、厳しいでしょうが…」重力に従おうとする身に逆らい、無理に立ちあがらせる。冷汗が顔の輪郭を伝い、ぽたりと落ちた。続けようとする言葉が、相手の投げかけた台詞によって途切れさせられる。更に敵将がもうひとり此処へ辿り着き、揃って精霊の顔見知りと知れたからだった。
軍属をしていればままある事なのだろう。けれど、許容が正しいことなのかと浅い経験からくる感情が迷いを生む。矛盾を抱えていては、死を迎えるより早く内部から壊れてしまうと、理屈では理解していてもだ。彼女にこのまま頼ってよいのか。喚んでおきながら今更に都合の良い考え。そんな迷いを唾棄しろとでも言うかのように、見張り台の兵士が声を荒げる。「進行方向の岸辺に敵影!」間を置かず何時の間に傍へ来ていたのか。指示を仰ぐ躁舵手の声が、静かに耳に入ってくる。「…舵が、ずれるのです。船の動きがおかしい… あたかも何者かに誘導されているかのように、舵が動く」
自ずと出る答えは。そのような工作をする者がいるとすれば、敵以外に有り得ないではないか。「…待って、シーファさん。一時二人の相手を御願いして宜しい…かしら。船が何処かへ誘導されているみたいなの。少しの間でいいの、時間を稼いで下さい。 その間に私は彼等と共に、船を押し留める風をうたいます。待ち構えた場所へ突っ込むのは、ただの無謀ですから」今やデクデ城は目前に迫っている。此方を噛み砕こうと顎を張って、早くおいでと舌なめずりをしている。どちらかが死に絶えるまで終わらぬ飢えか。杖を構えて、ごくりと唾を呑む。は、と一拍置くと紡ぎ始める。「ひととき舞い、円環を絶ちて遡る。風よ――」
簡潔に言えば、"氷抜け"はつつがなく完了。かつて行使した際は転移先が氷冷庫内であり、そのまま身体が嵌まってしまうという憂き目に遭ったのだった。嗚呼、しかし。此の濡れた髪と着衣はどうしようもない。今回飛ばされたのは軍船に置かれているキッチン。其処には瓶詰の果実酒や飲料水を冷やす為にプールが存在する。船上に於いて、食事は兵の士気を左右する要因の一つであり、夏場だからとプールに氷塊が浮いている事は予期していた。が、まさか船の揺れで足元がおぼつかなくなるとは思いもせず。結果として、転移終了と共に派手なダイブを見舞う羽目になったという訳。
その場に居たシェフ達の視線を「おほほほほ」と誤魔化してから、キッチンを後にし手近な兵士に状況を聞く。此所の二階層上、即ち甲板で翼騎兵との戦闘が繰り広げられている。現在の所、敵は船内に侵入していない。但し。その猛襲は瞠目に値するとタオルを差し出しながら彼は言う。「有り難う御座います。貴方達は引き続き船内の警戒を」ヌルいですわね。我が翼騎兵に属していたならば、真っ先に敵船を沈める手段を講じるだろう。海賊ではないのだから、わざわざ白兵戦を選択する必要が無い。尤も、その選択が我らに取っては最良のモノであるのだが。塗れに濡れた髪を拭きつつ、甲板へと続く階段に足を掛けた。
『これはまた・・・随分と知った顔に会う戦場だな』『こんな僻地でまさかお逢い出来るとは思いませんでしたお久しぶりですね・・・お元気でしたか?』「ソランに、フィーナか」アンリエッタが言葉を止めるのと同時に、精霊は二人に向き直った。「俺は息災だよ、俺はね。…ったく、あんたらが帰ってこれなかったから、 帝国落ちちゃったじゃねぇか」軽口を叩くが、決して悪い意味ではない。続く言葉は、決まっていたからだ。「次は帰って来いよ?」にやりと笑い、指示通りに風を使おうとするが。何だか周囲が騒がしくなっている。
舵がきかない、とか、待ち伏せ、とか。『…待って、シーファさん』彼女から指示の変更が言い渡される。前衛相手に時間稼ぎをしてほしい、と。「……無茶言うなぁ」苦笑を浮かべる。当然なのだ、二人の実力は良く知っているのだから。そして、相手二人も、自分の実力を良く知る者達で。「とはいえ、喚んでくれた人の言葉には従うのが精霊だからな、了解した。 悪ぃけど、ここは通さないぞ、とねっ」手に持った鎌を振るい、足止め目的の突風を放つ。「さーどっからでも…いや、うん、出来れば頑張らないで欲しいかな…」本音が出た。
船は誘導通りに進んでいく。本来、囲うのが結界だが、今回のは囲うべき壁の位置を変えて使った応用編。これで上陸位置に来ればやりやすい。が、どうやらまた風が騒いでいるところからすると何らかの対抗策でも打とうとしているのか。同じ風で、逆に追い風を立ててしまうのも一つの手だが、問題は風の精霊が敵側として船に居る事だ。風を操るにしても、それだと此方の術による影響力は弱まる可能性がある。なれば、一番の手段は術士を討つ事か。乗り込んでしまう事も考えるが、味方の将がどちらも船の前衛に居るとなるといざという時の殿をこなす余裕がなくなる恐れがある。
上陸させて味方を加える事が出来ても、それで抜けられてしまえば本末転倒だ。何よりも、まだ自分の位置は敵に悟られてはいない。近づく間に気取られるリスクを考えれば―(ここは、遠隔でまだ様子を見るべきか)「描くは螺旋 辿る軌跡は龍が如く 其が顎で飲み込め、業炎」かざす手の先に紅の魔方陣が描かれる。「焔魔・流炎龍破」龍を象る炎の渦が、船上にて杖を構え紡いでいる術士へと襲い掛かった。
帰らなかったから帝国が落ちたと言われて思わず私は苦笑いしてしまいますしかし続く「次は帰って来いよ?」と言われて「もちろんそのつもりですよ♪」そう言って構えをとった私・・・そして、先に仕掛けようといきなり走り出しますがその瞬間、シーファさんが鎌を振るい突風を放ちます「あっ・・・!きゃっ!」私は風をまともに喰らってバランスを崩し情けない声を出し、そのまま仰向けにひっくり返ります「す、凄い風ですね・・・でもこんな所で寝てる訳には・・・」私は、風に負けないように踏ん張りながら起き上がりますそして、状況を打開すべくシーファさんめがけて数発の気弾を放ちました・・・
甲板へと続く扉を開け放つ。先ず最初に感じたのは、言い様の無い不快感だ。状況は………良いとは申せませんわね。敵は無数。バードマン達は己が翼を誇示する様に、艦の周囲を旋回し、怒濤の攻撃を見舞う。彼等に対するは悪夢の魔術師部隊。空より迫る敵兵を堕とさんと、秘蹟を紡ぎ魔の矢を放つ。しかし、ソレよりも何よりも。嗚呼、何て―――「―――本当に、最悪な潮風」塩分を含む海風はタダでさえ髪を痛めるというのに。今、海上に吹き荒ぶソレは明らかに自然のモノではなかった。密度の濃い魔力と湿度と不愉快な温度が混っている。そう、ならば。
我の気分をこんなにも害した者に、御仕置をせねばならない。突き掛かって来た敵兵の一人を触手で思い切りひっぱたきつつ、零下の魔術を謳い挙げる。標的は、此の大気―――「さぁ、悪夢の兵達よ。遊びは終わりですわ。 此れからは貴方達の為だけの時間。存分に牙を剥きなさいな」夏場。海上に漂う大気は暖かく、水蒸気を豊富に含む。其処に冷たい空気を混ぜ合せたらどうなるか。ソレは、強風に煽られれば散じてしまう程に小規模な。ただ、艦の周囲を覆うだけの"霧"だった。
けれど、例えば短時間で消えてしまうとして。敵の視界を奪い、味方の能力を上昇させるには恐らく充分。『『『『―――――――――!!!』』』』デモンナイトが、ワーウルフが悦びの咆哮を上げる。視界不良? 同士討ち? そんな事は有り得ない。何故なら彼らは"こういった状況"での戦闘に特化した者達だから。そうそう。後もう一つ。「其処のアナタ。良心から忠告しておきますわ。その炎の蛇、早く引っ込めないと味方を焼いてしまいますわよ?」声など届く筈も無く、視線を合せた訳でもない。ただ。大気を冷やす片手間に、そう小さく呟いた。
「すまんな・・・軍部に次は雇ってくれと言っておいてくれ」友人との再会を果たすも、その関係はすぐに敵と味方に戻る。これが戦場。ずっと私が駆け抜けてきたフィールド。それは変わらない。これからも、私が終わるまでは。次の瞬間には「敵」から突風が放たれる。ソランも自らの槍で応戦するがその勢いに負け、大きく間合いを離す。流石に風使いより、風そのもののほうが一枚上手か。次の一手に移ろうとしたとき、あたりに霧が満ちる。同時に感じる凄まじいプレッシャー。これは・・・。
「ナイトメアの船だからな・・・あの人がいても不思議ではないか」共に戦った事もあれば対峙した事もあったか。また一人、敵に回したくない相手がこの船にいるようだ。そして、入江のほうにいる者の気も気になるが。迷ってもいられない。術師が次に仕掛けてくる可能性もある。「随分と風の荒れる戦場だが・・・突き進むのみっ!」フィーナ殿の放った気弾の間を縫い、間合いを詰めた。
「ありゃ、タイミングがよすぎた?」勢い良く転ぶフィーナに、思わず目をぱちくりさせる。が、彼女はすぐに立て直し、気弾を放ってきた。「っ! 相変わらず、良い気をしてるよなっ」大鎌でそれを弾く。手がビリビリと震えた。「小手先なんかどーでもいい、ガチンコでやろう…!?」精霊は動きを止めた。視界が急に白くなったからだ。ゆっくりと降りたのは、濃厚な霧。冷たい空気が感じられる。そして何より。
涼やかな声が、背後からした。聞き覚えのある…そう。敵にすれば恐ろしく、味方になれば楽し…いや、心強い。「ゼレナリュシュ!」精霊は素早く、召喚者の元に飛ぶ。ゼレナリュシュの言葉に、直感的に危険を感じたのだ。ソランが間合いを詰めるタイミングで、間合いを取ることになったが。―召喚者を危険から護るのも、自分の仕事だ。
無意識に舌打ちをしていた。風の精霊の召喚者以外にも、将クラスの術士が居た。その打ち手に。あの霧は、要は湯気と同じ。炎で温度を上げ直すにも、風で晴らすにも氷の術でやられている以上はイタチゴッコだ。おまけに、敵兵はあの環境に適しているときた。(厄介な相手だ。これでは、術を破棄するしかない)炎は確かに召喚者へと狙いは定めた。だが、霧で覆われた以上、目標に到達した際にそこに対象が居るとは限らない。むしろ、敵兵に動きを誘導され味方がそこに居させでもさせられたらアウトだ。
「どうするか…いや、やるならば手は一つ、か?」将だけでも船上は今や2対3、おまけに霧のフィールドで敵兵の有利度も高い。召還者が叩ければ、風の精霊も還せて形成も変わるかもしれないが、如何せん場が場だ。やるならば、一気に攻め込んで霧の術士を叩くのが一番かもしれない。対抗策が絞られる時点で、相手には此方の手に対する手段を持たれている可能性もあるが。今を様子見すれば、状況は悪化でしかない。どう良く転んだところで停滞だ。
炎の術を消し、言を紡ぎながら、船上へと滑空。霧に突入すると同時に詠唱をする「吹き荒べ轟風」一瞬、だが自分を中心に円状に風が広がり霧を吹き飛ばしにかかる。そのまま、滑空の勢いを殺し甲板に降り立った。真夏の中でも、頭より外套で覆われ顔が覗く部分は片目と髪先のみ。それが、霧の術士を捉える。「厄介そうな相手だ…本当にな」
干渉してくる魔力を感じた。誰…?怜悧なそれは私の起こす風に乗じて霧を生む。ぬるい大気を引き下げると、仲間が息を吹き返すかのように覇気に満ちた雄叫びをあげた。好転の兆しを見せる状況にも拘らず、消えぬ危機感は何だろう。眉を顰めながら呪文を紡ぎ続けるさなかに、不意に閃いた感覚にぎょっとして空を仰ぐと、ちょうど相反する灼熱が渦巻いて飛来する所だった。正確な規模なぞ分からない。そもそも鈍重な身では避けられる自信など持てやしない。無理に動けば船から落ちておしまい。ならば、押し返すまで。「――翻りて、翼を捕らえよ」語気を強める。拮抗するだけでもよし。この霧が防波堤になってくれる。
仲間とともに炎に抗う合間、髪が乾燥して焼き切れてゆく。長く伸ばした、自慢の髪。女の髪は第二の命ともいうのに、なんて事してくれるのかしら。心についた導火線に火が灯る。が―――またも聞き慣れた声。予想を違わず、前方で敵将二名と遣り合っていた風の精霊が叫んだ名に、びくりと肩が跳ねた。私の後ろにいるの。あぁ、あのひとは軍人を務めていると言っていた。莫迦ね、皆して…。激情すら吹飛べと言わんばかりに杖を横に振る。炎の軌道が漸く逸れ、反応の遅れた何人かの翼騎兵を巻き込み、絶叫と異臭を撒き散らす。……!皮膚を噛み破り血が滲むのも構わず、猛烈な吐き気に耐える。これで私も人殺し、だ。
血と、混濁した感情を飲み干して、寄り添ってきた風の精霊を含めた周囲に囁こうとした。悪魔族の彼女と、仲間を含めた周囲にも知らせる必要があったからだ。「…今度は向かい風を発動しま…?!」あ、と思ったのは一瞬。つい今しがたまで猛威を奮っていた業火の熱が消えていた。代わりに甲板に現れたのは霧を晴らそうとするかのような豪風。数歩、よろめく。精霊に庇われていたのが幸いし、なんとか転倒は免れたものの、一体何が起こったのか。判断しようとする間にも状況は止めどなく流れてゆく。
めまぐるしい変化に、とうとう恐慌をきたしそうになる。生を受けた今迄において、これほど盲目が厭わしいと感じた事はない。閉ざされた闇の中で張り詰める理性の糸も、限界に近い。眩暈を感じて、ろくに動けなくなっていると仲間の術師が信号弾だ、と呆然の体で呟くのが聞こえた。うっすらと晴れた霧の後方、海の方角から幾つもの信号弾の光が此方に届く。それは悪夢の勝利を告げる信号、らしい。見えない。何処に在るの…?半信半疑でいる私をよそに、翼人達と争いながらもそれを見た兵士達が、勝鬨の声を高々とあげた。
私の放った気弾をシーファさんが大鎌で弾きますその間隙を縫うようにソランさんがシーファさんとの距離を詰めますそして、それと同時にあたりに霧が立ち込め周りの視界が悪化しますそして、シーファさんの叫んだ名前に私の心臓が大きく高鳴ります「彼女が来ているんですね・・・」もう1度彼女と対峙して、自分の成長を見せたい気持ちと純粋な強大な敵としての脅威を感じる気持ちとが私の中に渦巻いていきますそこへ、その膠着を破るように上空からの炎が術師を襲いますそれに対して、彼女が思い切り杖を振り回します炎は軌道を大きく逸らしてこちらの一部の兵を巻き込んで彼らを焼き尽くしていきます
私は、何とか寸前で炎をかわす事には成功しますがその直後、今度は霧を吹き飛ばさんばかりの豪風が起こり私は風に吹き飛ばされ、再び転倒し体を甲板に打ち付けます「あううっ!!・・・な、何なんですか!?まったく・・・えっ!?」その時でした・・・私が倒れたまま顔を上げた時戦場の雰囲気が急にがらりと変わり相手の兵達が歓声をあげ、味方の兵達が俯きます「ま・・・負けてしまったんですか?・・・そうですか・・・残念です」私は、ゆっくりと起き上がり周りの状況を確認しますそして、私の視線はいつの間にかゼレナリュシュさんの姿を探していました
激しく響く金属音。シーファ殿の大鎌とソランの槍がぶつかり合う。その反動で互いに間合いを離す。風を交えた戦いでは分が悪い。スマートではないが、力押しで行くか。再び間合いを詰めようとするが、それは空に昇った光によって止められた。ナイトメア軍勢からあがった信号弾。そして、自軍からは撤退の信号弾。
思ったより早かった。押され気味なのはわかっていた。船が着き、乱戦に紛れて後退するつもりだったが・・・。「まさか、敵船のど真ん中で敗北とは・・・ 見誤ったな・・・」ソランは槍を手放す。槍は光を放ちつつ、塵となって消えた。「・・・さて、傭兵だが捕虜として扱ってもらえるだろうか?」無論命を狙われるようならリスクを負ってでも逃げるつもりだ。と一瞬、彼女の子らの餌にされる自分を想像してしまった。
自分が召喚者の下に辿りつくと同時に、彼女が杖を振るう。襲い掛かっていた脅威…炎の竜は、それで弾かれ、軌道を変えた。彼女が何か言い、応じようとしたその時。強風が吹き荒れ、甲板を襲った。…が、精霊にとっては、「それ、貰うぜ」風のエネルギーは自分を元気にしてくれる。向かってくる一部を身の内に取り込み、召喚者を護る。「アンリエッタ、大丈夫か…? っと、ん?」ふと。戦場の空気が変わっている事に気づいた。「あー…」信号弾を見て精霊は納得し、召喚者の頭に手を乗せ、そっと撫でた。決着が、付いたのだ。
「良かったな、あんたの国が勝ったぜ。 …で…」フィーナとソラン、二人に視線をやると、既にソランは槍を手放していた。フィーナは何か探しているような感じだが…。「ソランは捕虜希望、と。フィーナと、そこのお兄さんはどうするつもり? 生死を分ける戦いがしたいってんなら止めはしないし、 …その、俺達を殺して突破するってんなら、悪足掻きはさせてもらう。 まあ…」肩をすくめ、「俺は喚んでくれた人の指示に従うだけなんけど、な。 とゆーわけで、どうすんの? アンリエッタ、ゼレナリュシュ?」友の為に来ただけの精霊は、二人の指示を待った。
呼び顕したるは濃密な白霧。ソレは歓喜も絶望も等しく包む。視野を寸断されたであろう敵兵は、果たして悪夢の虜となるのか。或いは。それでもなお、その双翼で我らが策を吹き飛ばすのか。いずれにせよ、我は此所を動けない。今は援護、大気を冷却し続けるだけで手一杯。当然ながら、例の炎蛇の行方も知る所では無く。ただ、ソレが消失した事のみ感知できただけ。
止む事無き咆哮と絶叫の連鎖。聞くだけで血戦が繰り広げられていると知れる。その最中。聞き覚えのある声に名を呼ばれた気がした。その声の主は誰であったかと思い至るよりも早く―――暴風が霧を吹き飛ばした。「誰ぞの着ていたローブが脱げて、 風で飛ばされてきたのかと思いましたわ」乱れる髪を押さえ、思い切り不機嫌になりながら、外套姿の男に一瞥をくれる。「こんなにも潮風を吹き荒らして。 整髪のお代は負担して下さるのでしょうね?」
打ちあがる信号弾と歓喜の声。(間が悪いにも程がある…飛び込んだ次にコレとはな)ふぅ、と漏れる溜息。聞いていれば、味方の内の一人は捕虜希望だという。「戦争が終わったのならば、これ以上戦う理由は俺にはない。それと―」どうする、と問うた精霊へと答えながら目を向ける。「戦争に負け、それでも尚此方が其方を殺して突破を試みるとするならば、それこそが悪足掻きというもの。味方の力を信じているつもりなら、自分の強さだけを見て言ったにしても抗う事を悪足掻き等とは言わない事だ」この船上の戦いだけを見たとしても。決して、どちらかに圧倒的な実力差がなかったからこその言葉を告げる。
「飛ばしたはずだった…だが、再び手元に舞い戻ってきたから纏う事に決めたものでな」不機嫌な上での一瞥をくれる術士に向き直りながら。嫌味か皮肉か、その類で自分に言ったのかと思われる言葉が、違う意味で的を射ていた事に内心で苦笑する。「…海の戦場にきた時点で、髪への負荷は覚悟していたものかと思ったが。霧がなければ、吹き飛ばす風も要らぬものだったしな?―などと、つまらん返しをしたとこで捕虜希望も居る事だ、その立場を悪くするのも面倒だな。整髪代で退散出来るとしたら、安いものか?」そう言って、肩をすくめた。
…ふん。そう。ならば結構。トリートメント込みで250万と450G、きっちり御負担願うとしよう。「アナタ、術師より詐欺師に向いているのでは無くて?」さて、御機嫌ナナメも良い加減にして。戦後処理をこなさなければならない。どうする? と水を向けられている事だし。「コホン。翼騎兵の兵達よ、聞こえていますか? 速やかに武装を解除して下さい。抵抗しない限り、 およそ最上級の待遇を保証致しますわ」にこりと微笑む。陛下は過去に捕虜を冷遇なさった事が無い。例えば彼等が悪夢に送られたとしても、即時解放は明らかだ。その道中の安全は、我が責任を持って承りましょう。「何か、御質問は?」
敵将と仲間が交わす会話を黙して聞くうちに、終戦の報が現実味を帯びてくる。しかし心は摩耗し、先の思考を放棄することを選んだ。それらが顕著にでた気の抜けた言葉を、精霊の問いかけに返す。「私には権限も経験もありませんし、ゼレナさんに一任が宜しいでしょう。 それと…遅くなりましたが来てくれて有難う、シーファさん。 負傷ありませんか?」彼女の御蔭で、周りにいた術師や操舵者に深刻な被害はでていない。先程撫でられた頭に触れ、曖昧に笑った。「…御疲れ様、でした。どうやって帰りましょうね? 初めてで勝手が分かりませんの」船が揺れてデグデ城に到着したらしい。碇が落ちる水音が聞こえた。
二人の言葉を聞いて、精霊は頷いて鎌を収めた。後は当事国同士の問題だ。「傷は大丈夫。擦り傷程度だから舐めときゃ治るさ。 しかしあのにーちゃん、痛い所突くなぁ」心配そうに訊ねる召喚者に、笑って答える。そして、帰り方について言われると、悪戯っぽく。「俺は飛んで帰るよ。ああ、一緒に帰るか? ここはゼレナリュシュに押し…いやいや、任せて、な」冗談めかして言っているが、召喚者の心身を心配しての事、だったりする。彼女の肩に手を置き、背後を振り返ってウインクしてみた。アンリエッタが了承すれば、彼女を抱えて飛び立ち、暫しの空中散歩を共に楽しむつもりだ。
物資輸送等も任せてしまおうか。海に沈んだ者を探すのも。此処に留まる仲間達へ、すべて託して。戦闘に参加した以上、責任を最後まで果たすべき…理屈と本音がぶつかいあって、すぐに理屈が疲労に勝った。「また貴女は…化膿したら如何しますの。後ほど、ちゃんと手当てしましょう。 ……ええ。あの敵軍の方…辛辣ですこと」とは言え、頭の芯まで届かずに上滑りしてしまっていたが。「務めを果たさなくてはいけないところですが、 もう呪文ひとつとて、うたう元気が残ってません。 あ…重いからって落とさないで下さいね?」気遣いを申し訳なく思いながら悪魔族の軍人に簡単に会釈をすると、精霊に身を預けた。
「…さぁな。仮に適正があるとしても、詐欺師は遠慮しておく。事ある毎に私怨を買うのは御免だからな」最後の皮肉もそう返しておきながら。周囲から顔の内が見えぬよう、外套を今一度目深に被り直す。とりあえず、此方の処分については術士の意向に添い大人しくするとしよう。このまま、問題なく即時解放ならばそれでよし。色々と調べられそうであれば、姿を消せばいいだけの事。そう、それだけだ。―何か大事な事を忘れていた事に気づかされ、嫌が応にも姿を消す羽目になるのはもう少し先の話。
まだ戦う?と問い掛けるシーファさんそして、ゼレナさんの武装解除を促す声が聴こえます私は、もちろん戦うつもりはありません「では、とりあえず私もお世話になりましょうか・・・たまにはこういう経験もいいかもしれませんね」いつもは掴まる事も無く、うまく逃げ出せていたので正式に捕虜になるのは意外にも初めてだったりしますまあ、今回は酷い目に合うような事も無さそうですし相手に従った方が良さそうです「さて、では参りましょうか・・・よろしくお願いしますね」私も、他の味方兵と共に、捕虜になる為に進み出ました・・・