ゼオノクス皇帝率いる帝国軍。対するは竜帝ヴァリゾアの率いる解放軍。南を制し、北へと進む解放軍と、北を制し、南へと向かう帝国軍が激突する。重なる刃の音が聞こえる。重なる命の声が聞こえる。戦の行く先を、共に紡いで行こう。
・他者の行動・行為を著しく制限、または指定する描写。・単騎で戦局に多大な影響を与える描写。・俗に言う無敵と思われる行為、行動や描写。・世界観が大幅に無視されている描写。・その他、不躾であったり、不快に思わせる行動や描写。上記の行為は禁止とさせて頂きます。相手が居るという事、忘れないように行動を。
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既に両軍は激しくぶつかり合い、混戦状態となっている。ここを突破できれば一気に南下できる。なんとしても、という気持ちはあるが向こうも易々と通してはくれないだろう。愛馬と共に戦場を駆けるソラン。敵兵に対し、すれ違い様に槍を叩き込む。愛馬の上から繰り出す一撃は重く、鋭い。「足並みを揃えろ!隙を見せれば一瞬で押し返されるぞ!」それぞれが思い思いの言葉を口にする傭兵騎馬隊。しかし、不思議と連携は取れている。このまますべて予定通り、といけばいいんだがな。
最前線は怒号と悲鳴が入り混じり、死屍累々積み重なりてこれぞまさしく地獄絵図敵兵を刃にかけて斬り倒す傍らで味方が槍に貫かれて倒れ伏すこの戦場で何人と戦ったかそろそろ数える事を放棄しかけた頃しぶとく生き残った同じ部隊の兵が近寄って来て囁きかける「よぉ、景気はどうだい?」戦斧で敵の頭をカチ割りながら傭兵らしい諧謔を失わぬ彼に負けじと応じる「商売繁盛やで。せやけど、ボチボチ…っと」敵兵の刃を回避した事で途切れた台詞の続きを彼が受ける「ああ、突出し過ぎて乱戦中に取り残されかねんもうちょい、部隊を下げた方が良いんじゃねぇか?」その時、後方から浪々と響き渡る声
「突撃せよ!突撃せよー!」魔術で増幅されて無駄に浪々と響き渡る声それが現在、我等を率いる直属の指揮官殿の判断であったもっとも、この戦場に来て以来それ以外の彼の命令を聞いた事は無いけれど…思わず漏れた舌打ちに彼は戦斧を振るいながら器用に肩をすくめてみせる「アレ、戦況を分かっとんの?」「アレ?…アレとは何処ぞの素行の悪いボンボンが厄介払いで前線送りになった、我等が敬愛する部隊長殿か?」お互いに目配せを交わし溜息ひとつされど、悲しき兵隊稼業戦況が不利だろうと、上官が無能だろうと命令は一応、絶対である・・・多分今は目の前の敵を斬り倒し、生き残る事だけを考えよう
風が強い。靡くローブを手で押さえ、春の空を見た。忌々しい程の蒼。正直、この季節に外を歩きたくないのだ。その風が、遠くルドラムの砂塵を含んでいれば、尚更の事。桜の木の下、風雅を肴に美酒で酔う。それこそが正しい過ごし方なのだろう。けれど、そうも言っていられないのが雇われの身。『前回の分まで、前線で暴れていらっしゃい』指揮官のその一声で、我は傭兵部隊に配属させられた。ま、構いませんわ。給金の分は働く積りだったし。何より征くは解放軍。大陸最南の地であらば、珍しい品物も見つかるだろう。御土産探しに丁度良い。視線を戻せば、目的地。魔の塔ガミレアが認められる。
前回の戦にて、帝国はルドラム獣人連合に勝利した。此度の戦で、自軍はルドラム領に陣を置かせて貰っているらしい。(前線じゃもう戦ってるのかな)前線に思いを馳せつつ、荷馬車に物資を積む手伝いをする。帝国から運んできた物資を前線に送る。それが今の自分の役目。……以前の戦の傷跡は、未だ残っていた。それを長手袋で隠す。(そういや、ケーシィとマフの奴どーしてっかな)荷馬車が動くと共に、翼に風をはらんで飛び立つ。 ――ねえシーファ ボクと戦場で会ったら―――貴女は戦える?ふ、と空を見上げた。あの時自分は、――と答えた。「本当はどーだかな…」苦笑して呟く。
ドラバニア領からやや南。帝国からの後発の増援部隊の後を追いかけて早足で歩く。準備に手間取って大分遅れてしまったが、歩兵の部隊がまだ残っていて助かった。これで給料泥棒と言われずに済む背には戦場で売れそうな補給物資を積み、得物である長柄の斧は杖代わり、頭には骨兜を乗せた装備でギュレアの東を南下していく。商売がてらの兵隊勤務、あるいは兵役がてらの商売人だ。この部隊は増援なだけあって、戦況の思わしくない地域への戦力補充に向かうらしい。前線からの伝令と時折すれ違いながら、進路をマロロだのバナールだのと話している。砂漠を行くのなら騎獣でも調達しなければ干からびてしまいそうだ
ルドラム獣人連合が敗北してから、城の空気は変わった。今では、帝国軍の兵が廊下を行き交う光景が見える。属国の兵である僕は、そんな廊下の中で―。帝国の将軍っぽい女の人たちに捕まってました。「鬣にぺたぺた触るの…、止めてくれないかな」「それとさ、いちいち目の前に草振り回すのも止めてよ」「って、うわっ!いきなりしっぽ掴まないでよぉ!」「あーもうっ!またたびも毛糸球もいらないってば!」どれだけ騒いでも抗議しても、言われるのは『猫可愛い』とか『もふもふ』だとか……。「だから…、何度も言ってるだろっ! 僕はネコじゃなくて、"ネコ族"なのっ!」…だからニンゲンはキライなんだ。
最前線、魔の塔ガミレアさえもうっすらと視認できそうな位置まで突出し帝国軍の真っ只中に孤立しかけている部隊流石にここまで突出してしまうと後方の味方の支援も途切れがちになる「こりゃ、いよいよマズイっちゅーねん」我知らず吐き捨てる「だが、ウチの部隊長殿は戦場の空気に呑まれちまって、マトモな判断なんざ望めんぞ」戦斧使いの傭兵が苦々しげに応え直後、こめかみに矢を受けて崩れ落ちる幾度かの戦場を共に戦い時には助けられた事もある歴戦の傭兵もその最期はあっけないものである戦場の何処かから響いてくる騎兵隊の蹄の音を聞きながら戦友の死を悼む間も無く、目の前の敵と刃を交える
なんでここにいるんだろう?と、頭を悩ませている旅狼一人。なんと目の前は最前線ではないか。確か、まともに家を出たはずだ。と、少女は考える。家主さんには道に迷うなよーなんていわれたけど、地図があるからなんとかなると思っていたしそう言い返した。「い、一体何が起きて」地図を見て、争いを見る。本来は、こうなる前に抜けているハズだったのに。兎に角、混乱したままであるけれど、ここにいても仕方ない。「あそこを通ると、えーときっと邪魔するから」地図を片手に睨めっこして、どうするかを決めなくては。…先に帝国の人に見つかったらどうしようなんて、少女が考えるわけもなかった。
目的地へと到着したのは、今から少し前の事。此所は南に最前線のバナールを、北に中立拠点のギュレアを臨む。前線と後続を繋ぐ、いわば中継地の役割を持っていた。故に、帝国の人員が前もって、大挙して布陣している。で、今。我らはガミレアに留まり、補給の真っ最中。もうそろそろ、司令部へと出向した部隊長が戻る頃合だ。到着の報告を完了し、ソレに代わる命令を携えて。眉を顰めざるを得ない程の喧騒。否、喧騒どころの話ではない。其所此所で、怒声やら騎獣の嘶きやらが響いている。新たな物資が到着したかと思えば、新たな部隊が出発して行く。
さも在ろう。当然と言えた。バナールを第一線とするなら、こちらはいわば第二線。前線への物資輸送、兵士の動員、後発部隊の補給。加えて、敵軍やゲリラに備えていなければならない。先に前線が崩れた場合、解放軍を迎撃するのはガミレアなのだし。先にガミレアが陥落するような事があれば、前線は孤立してしまう。そういう意味で、此所は護るべき砦、もとい塔であった。さて、どのような命令が下るのでしょうね。そんな事を、使い魔の目の前で干し肉をゆらゆらさせつつ考える。
出立時に、猫の悲鳴を聞いたような気がした。そういえば、トルスタンに常駐している将軍の一人が、大層ネコ好きだという噂を聞いた事がある。ルドラムに勝利した時は、狂喜したとかなんとか。「……ご愁傷様」思わずトルスタン城の方角に向けて合掌する。何処の誰かはわからないが、とても気の毒な事だ。「さて」とりあえずの駐屯地は、マロロ洞窟と聞いている。既にルドラム領では、争いも始まっているらしい。気を引き締めて行かないと。先行して飛ぶ自分達に、警戒せよとの命が飛ぶ。
むしろここは、帝国側なのではないだろうか。と、気付くのはちょっと(?)遅い。「も、戻りましょう」たくさんの人を超えて向こう側、今期仕える国の人のところに行くなんて、できるわけがない。「…ここまでくるかなぁ」地図と見比べまた一言。多分これがここ、と指差す場所は当たっているけれど。ずっとここにいるわけにもいかないのだから、二つに一つ。逃げるか、行くか。戦況をしれば決められるかななんて思ったのは、魔が差したとしか思えない。地図をしまって、あたりを見回し、目立たぬように(それが挙動不審と本人の自覚はない)塔に近づいてゆく。
帝国の将に促されて、僕も出撃の準備を整えた。立場はだいぶ違うが、帝国の牙となるのはコレで2度目か。けれど、属国の兵が単独で行動するコトは許されない。よって、僕の率いていた部隊は帝国軍へと組み込まれた。上官として紹介された相手は、さっきのネコ好き女将軍。……で、今は同じ馬車に乗せられている。悲しいことに、すっかり気に入られてしまったらしい。「これより我が隊は、マロロ洞窟にある駐屯地へ」『…ふふ』「…何か?」『慌てた顔も好きだけど、マジメな顔も可愛いじゃない』僕はそんな言葉を吐く喉笛を噛み千切ってやりたいよ。
…と、そんなコトは流石に言えず。肩に腕をまわされて、また喉や鬣を撫でられる。くしゃくしゃにされた毛並みを、整え直したばかりなのに。『…なぁ、将軍さんよ』女将軍の反対隣から聞こえたのは、相棒の声。その声に振り返った女の視線が、金の流し目と重なって。そして、瞳を細めてニヤリといつも通りの笑みを浮べて見せる。『そいつにばっか構ってねぇで、オレとも遊んでくれよ』女の耳元でそう囁き、その身を預けるかの様に寄り添う。その誘いに応じた女が相棒の頭を撫でれば、ヤツはとても気持ちよさそうに目を細めた。……この女も災難だな。こっそり魔力を喰われてるなんて、気づいてないだろうに。
騎馬が整然と連なる光景はいつ見ても心が和む馬上ならぬ“竜”上でだらしなく頬杖をついて呟く「馬はいいな…」騎獣として鞍を乗せ手綱を付けた足下の竜が応えた『馬はよいのう…』「美味いしな」『美味いしのう』途端、軍馬達が一斉に此方を向き抗議する様にガツガツと前足を鳴らした馬達に手を振り、バナールへと向かう部隊から離れる立派な皮膜の翼を大きく伸ばし、しかしひたすら地を駆ける竜の姿は少々滑稽かもしれない『なんぞ……こう、我が思い描いていた竜騎士像からどんどん離れていくのじゃ』「黙れ」飼い竜が以前から騎獣にしろと煩かったが空を飛ぶ騎獣なんてお断りだった根負けした格好だ
鞍をはじめ装具一式を自分で用意してきた意気込みに折れた空へ飛び上がったら角をへし折る約束だが『こう、ぶわああっと空から降りてくるのが格好いいのに』「黙れ」『騎士の位を持っとるのだから鎧ぐらい着てくれればよいのに』「俺の騎士の位なんか手打ちパスタ3級とか、講習会のオマケ程度だろ。自称レベルじゃねえか」『背に乗せとるのがくたびれた神官ではのう……サマにならんのう……』「お前の鱗は大きくて剥がし易そうだな」『主よ、国境が見えてきたぞ!』こんなデカブツを連れていたのではこっそり情報収集なんてどだい無理な話もう色々諦めて堂々と丘の上から前線の様子をうかがった
空は、何処までも青い。名前の知らない鳥が、何羽か連れ立って飛んでいく。目を閉じた。他者の故郷となり得た男が、自らの故郷に刃を向ける――――何と言う、皮肉。雷帝ヴァリゾア。かつて、帝国の剣であった男。…目を開けた。空は、変わらず青い。しかし、鳥はもう遠くだった。――綺麗事と笑うかい?先日交し合った言葉に、目を細めた。「十分だ」呟き、少しだけ微笑んだ。アテラへ。これから、トルスタン城とマロロ洞窟の間を、通り抜けることになる。――風は。吹いていない。
あまり肥沃とは言えない大地を抜けて、砂漠を前に見据える。ルドラムの中に入るには、自然の要塞とも言える山を越えるか、迂回するか、または…マロロ洞窟を抜けていく方法がある。この補給部隊は、その洞窟を抜けていく予定だ。乾いた風。雨の湿った風はあまり好きではないが、乾燥しすぎるのも考え物だ。何より。「翼の間に砂の粒が入り込むのも…気持ち悪ぃよな…」ぼやくと、周囲を飛んでいた偵察兵に笑われた。
掌に収束させていた魔力が弾ける。深々と呼気を吐き出し、それから一拍の間をおいてから。向けていた掌を更に前へと伸べて、正面に横たわっている同胞の肩をかるく叩いてやった。「はい、もう大丈夫ですわ。 …だからって急に起き上がらないで下さいね。これまでに流した血液まで、戻った訳ではないのですから」言葉の最後に御武運を、と付け加える。そう間をおかずして、この者は前線へ戻るのだろう。身を翻して、次の患者に向き直る。隣へ移るとき三歩で足りる。空間がとにかく狭いのだ。そのため注意していないと踏みそうになる。人や物を。いや、すでに何回か踏んだり蹴飛ばしたりして叱られ済みなのだが。
「杖ですら凶器になりかねないわね」溜息が洩れる。本来は広い筈なのだ、大きな学び舎だから。それを臨時で接収し、衛生兵の詰所としているのだが、運ばれてくる負傷者には暇がなく、場所がとても足りやしないのだった。それでも。今はまだ序の口。「さ、少しだけ力を抜いて下さいな…」相手に触れれば容体を読み取れる。重い――そして酷く、熱い。様々なにおいが入り混じった空気がひとの熱に温められ、何とも言えない臭気を形成していた。後方にて衛生兵に従事せよと命ぜられ班に加わるなり、治癒に追われているうちに、鼻はマヒしてしまったが。此処もまた、戦場。後方の要のひとつ、帝国領の終わり。
マロロ洞窟へ進路をとり、もうすぐルドラム領という所まで来た。前方に兵の部隊を見つけた時は、解放軍かと緊迫した空気が流れたが、直ぐに自軍の補給部隊だと分かり安堵した。こちらは運ぶ物資が無い分、速度が速い。近付く兵達の中に、白い翼の影を見つけて手を掲げた「シフ」手招きをして声をかけてみる。「偵察係りか?」何か良い話を聞けるだろうか。防御の網をすり抜けて侵入してきている敵兵でもいれば、個別に潰しに行くのだが集団行動が面倒になってきて、つい部隊を離れて好き勝手出来る方策は無いものかと探してしまう。さっさと乱戦の中へ突っ込めれば、関係も無いというのに
後方から後発の部隊がやってくる。こちらと違い、戦力の増援なのだろう。と、その中に見知った姿を見つける。というか、声をかけられた。「ファンデム? 珍しいな〜、もう前線行ってるもんだと思ってたけど、後発とは。 そそ、俺は偵察偵察」軽口を叩きつつ、その前に舞い降りる。合流した部隊同士の長達が、これからの進路について話し合っている間、暫し休憩を取ることになったようだ。水筒を二つ受け取り、片方を骨兜の商人に投げる。
「今の所、こっちは静かなもんだよ。 ルドラムの領内は激戦区もあるって聞いたけど」目の前に広がる山を眺めながら、水筒を呷る。多分、少し地が下がって見える場所が、目標の洞窟なのだろう。「もしかすると洞窟辺りで小競り合いでもあるかも知れないね」特に確信も無く呟いて、今度は自軍を見やった。話し合いには大して時間を割かないだろう。すぐにでも出立するかも知れない。
「……帝国も解放軍も酷いよね。 ルドラム領内で戦争を始める気かな」マロロ洞窟の駐屯地に足を付けた時、僕はそうぼやいた。そんな微かな小言を聞きつけてか、女将軍にまた撫でられる。『ルドラム領の住民には、非難警告を出しておいたわ。 戦場になる可能性が高い所には、一般市民は既に居ないはずよ』「それは助かります。…ではこのマロロ洞窟は」『確立は低い……、けれど絶対にないとは言い切れないわ。 ファディア城近辺から海路を取られれば、後続への奇襲も有り得るわね』海路、か。そうなれば一番危険なのは…、神都コブムなんだけど。
『コブムにも既に、帝国の兵が待機しているわ。 なんたってネコの大国ですもの、しっかり護らなきゃね』そう言って、女将軍は笑顔を見せる。そこにどんな意図があるかは尋ねないけど、僕としては有難い。『はぁ〜〜……、私もコブムに行きたかったわぁ……』「……下手に頭を撫でようとすると、引掻かれますよ」ため息を一つ漏らしたあと、部隊の鈴を鳴らして仲間を集める。わらわらとネコ族が集まる様を見て、女将軍もご満悦だ。「……ん?」そんな中で、見知った顔を見かけた。先の戦いで刃を交えた風の精霊が、すぐ近くに居た。「……シーファ」
どうやら偵察も休憩になったようだ。風精はこちらへ来て舞い降り、水筒を投げて寄越した有難く受け取り、砂漠からの風で渇いた喉を潤す「先発の部隊には遅刻してな。…やはり前線の方が賑やかでいいな」精霊からの話を聞く限り、後方ではまだ大きな衝突は見られないようだ。砂漠を超えて帝国領へ向かうならナバール、マロロ、ダブライルの何れかを解放軍が通る可能性が高い。洞窟での敵兵との遭遇はありえそうだ。そして更に先での戦闘に期待するかともあれ、手錬と戦いたい訳でも、大軍相手にやり合いたい訳でもない。雑魚やら小者を潰してそれなりに戦果を稼ぎ、平和に戻れれば重畳。…おや。
「…ネコ。ルドラムのゲリラか?」近くにネコが幾匹も集まっていた。警戒し武器を向けかけるが、その中の一匹が風精の名前を口にする。帝国の将軍らしき者も居る。敵ではないらしい。シフの知り合いだろうか「西の方に何か居たような気がするから見てくるよ。部隊へは後から追いつく。じゃあな」風精へと水の礼も告げ、砂地を軽く走り出す。山越えの旅人か、ダブライル方面から迂回してきた解放軍か分からないが、ちらと見えた小さな人影を目指す
『おい旅人ッッッッ!!!』「わ」凄い怒鳴り声。いつの間に追いついたのか、近いソレに、びくっと振り向いた。走ってきたのか、ぜーぜー息を切らしながら、何で振り向かないかなもー、とかブツブツ言っている。解放軍でよく会う、口の悪い兵士だ。「…何か…ご用?」『オマエ一人で何してんの』「ああ、その…アテラに行って、そこで隊に合流するのだけれど」『…遅くねぇ?』「…えっと」以前お世話になった宿屋に挨拶に行ったとか、そのついでに少し観光していたとか、その辺りは伏せる。ブツブツが再発しかねないから。彼は、まぁいいけど…と面倒臭そうに呟く。
『俺の隊が、すぐ其処でマロロに向かってるんだけれど。来る?』その申し出には、即座に首を横に振る。「組織が緩むから」砂漠を一人彷徨っていた謎の旅人をいきなり隊に入れることで生まれる不信感。それが国の敗因になるのは御免だ。彼はうーんと唸る。「旅人だもの。単独行動の方が、楽」重ねるとようやく、彼は了承し、離れていった。…あ。出世おめでとうって言い忘れた。まあいいか、今度言おう――と、進むべき道を見据える。――すると、風が、吹いた。一瞬巻き起こった、砂嵐。目を閉じてやり過ごし、収まってから目を開けると。――誰かが。遠くに。
響く声は雄叫びと断末魔。戦場の混沌。しかし、風向きは徐々に変わりつつあるか。押されている。ラインが下がり、敵の勢いが増している。ソランは細かく動き回りながら、敵の数を減らしていく。何か、敵の勢いを止める手段はないか。そこに見えたのはやや突出した敵の一部隊。あの部隊が作った道を後続が続いている。局所的な対処だが、今はこれしかない。「全騎、あの隊の横っ面を叩く!遅れるなっ!」周囲の数騎に声を掛け、フォーメーションを組みなおした。おそらくはあちらも傭兵隊。鉄砲弾同士がぶつかり合うの戦場の常、か。
『…ネコ。ルドラムのゲリラか?』ファンデムの声に振り返らずに答える。「ああ、ウチの補給部隊の将軍さんが囲わせたネコ軍団らしいよ」全くの他人事で口に水を含んだら名を呼ばれ、反射的に振り返った。そちらを見ると、ネコの集団とその中心に将軍の女性。そして。……水を吹きそうになった。「け、ケーシィとマフ…?」変な所に水が入り込み、激しく咳き込む。おもむろに視線を外した。見てはいけないものを見てしまった気がする。かつての同僚であり、先の戦で刃を交えた、誇り高きネコ族の兵。それが、まさか。―――だったなんて。何かの間違いだ。そうだ見間違いに決まっている。
などと心の中で葛藤していると、『西の方に何か居たような気がするから見てくるよ。部隊へは後から追いつく。じゃあな』商人が西の方角に走り出した。「え、マジで? ちょっと待って、俺も行くー」慌てて近くの兵に事情を説明し、彼を追ったのは。決して現実逃避ではない。もし紛れ込んでしまった旅人だとしたら、彼を軍に戻して自分が避難誘導すれば良いし、万が一敵国の罠だった場合、風に乗せて伝令も出来る。そう判断し、彼の背に向けて飛び立った。「つか、意外と足速っ…!」足の長さの違いだろうか。飛ばないと追いつけそうになかった。
何気ない会話が、尖った耳にまで届いてから数秒後。風の精霊は、商人風の男の後を追って駐屯地から去った。(……行っちゃったや)慌しく飛び立った精霊。かつての同僚で、先の戦いでは敵でもあった精霊。そんな彼女の内の葛藤にも気づかずに、その背をぼんやり見送る。微かに聞こえた会話の内容だと、「西に影あり」とのコトだ。『オレ等はこれからどうすんだ?』相棒のマフが、女将軍に指示を仰いでみれば。『西へ向かった偵察兵の報告待ちね』そんな簡単な答えが返ってきた。それに対して頷いてから、僕は西のほうへと目を向けた。
しばらくして。『あんだけボカスカやり合った後だ、気まずくもなるさ』ずっと西を見ていた僕の肩を、相棒がぽんと叩く。僕は小さく「うん」と頷いてから、さらにため息をついた。「キミと契約してから、覚悟は出来てたハズなのにね」『どんな覚悟だ? あーやって知り合いに避けられる覚悟か?』ここでも図星を付かれて、また押し黙ってしまう。その様子を相棒は『ニシシッ』と笑ってからかってくる。『ま、あんだけ破壊的な野望を叫べば、そりゃ避けられるわな』「…そうだね、そうだよね」先の戦いで、自身が散々怒鳴ったことの内容を思い出して。また一つ大きなため息をついて、その場に座り込んだ。
友の屍、敵の骸を踏み越えて戦場の混沌は未だ果てる事はなしまた一人、敵兵を斬り倒し、乱れた呼吸を整える次の敵と切り結ぶまでの短い間に辺りの様子を見回すと我等が部隊の指揮官は相変わらずのボンクラであるが小部隊単位では粘り強く渡り合い戦線をかろうじて支えているそれが功を奏してか周囲からの攻撃の勢いが幾らか緩んで…否、違う…徐々に、徐々に大きく響いてくる馬蹄の轟音帝国の歩兵部隊が左右に割れて土煙を上げて迫り来るは帝国軍騎兵隊戦場の花形にして、武勇を謳われるつわもの共先頭を駆けるは白銀の駿馬土煙さえ割って煌く異形の長槍見紛う事なき彼の騎士の名はソラン・シレジア
轟く馬蹄の響き、立ち昇る土煙帝国の騎兵隊が駆ける姿を正面から捉えたならば形容すべき言葉はまさしく陸の津波馬上槍を構え突撃するその威容よく観察したならば鎧や盾の意匠が様々で正規の騎士団でなく、彼等もまた傭兵である事が見て取れるけれど、それは何ら安心材料とはならずむしろ、お行儀の良い騎士様連中よりも猛々しさは比類なくそんな彼等を率いる自由騎士の武勇の程も伺い知れる本来、騎兵突撃に対する定石は彼等の攻撃範囲外からの砲撃や斉射で槍の穂先が届く前に潰してしまう事けれど、それには組織立った行動が必要不可欠だが我等の指揮者の統率力は…我等の命運は津波に呑まれる木の葉の如しか
騎兵隊の急襲に指揮官以下、多くの者が取り乱した状況でまともにぶつかれば、一撃で全滅も有り得る話けれど組織立った反抗は難しくともこのまま無為に果てるつもりも無し衣の裾より取り出したのは数枚の霊符「啄ばめ、白の猛禽!」霊符より召喚されしは真白き鴉の式神鴉達は白く輝く魔弾となって騎兵隊へと放たれる先頭を駆ける白銀の騎影を討てれば最善しかし、騎兵の中でも群を抜いた疾風の如き速さでは狙いを定める事さえ難しい彼を諦め、追従する左翼の騎兵達その騎馬の脚のみを狙い、白の魔弾は飛翔する脚を穿たれ転倒する騎馬にどれだけ周囲が巻き込まれるかその穴こそに活路を見出すより他はない
部隊長は戻るなり、傭兵の面々を召集した。やはり、新たな指示を授かって来たのだろう。その説明と見える。彼、名を何と言ったか。二度三度、王宮で姿を拝見したのだが。確か、帝国の戦士団を指揮する立場に在る御方。名は……嗚呼、もう。喉元まで出掛かっているのに。『ガミレアの防衛に就く事になった』艶めく碧の髭を蓄えた彼が、唐突に言い放つ。意外だった。バナールへ駆り出されるものだと思っていたから。カネで雇われる戦力を傭兵と呼ぶ。故に、例えば戦場で朽ちたとて、帝国が失うのは対価のみ。ならば消耗品宜しく、激戦区に送るべきだ。我はそう考えている。
が、司令部の意向は違うらしい。つまり―――カネを払っている間なら、傭兵は決して裏切らない。此所ガミレアは第二線。奇襲や強襲が予想される。ならば信用に足る者達、それも戦争のスペシャリストを要衝の防衛に充てるのだと、髭面の部隊長は仰った。我らはガミレアの最周を担当する事となった。哨戒、索敵、必要とあらば制圧と局地戦。そうね、悪くない判断ですわ。では、命令の通り、周辺の状況に目を光らせると致しましょう。
背後から風精の、自分も行くという申し出が聞こえた。己の足は既に、浅い砂地の地面を蹴っている。程なくして硬い岩場となって走りやすくなるだろう。「待たない」面倒だな。精霊の気配が離れてから、舌打ちをした。彼女の翼なら何処へ行っても直ぐに追いつかれてしまう。追い返す良い口実も見つからない。「私の足が速いのではなくて、前の怪我の所為でシフの体力が落ちているんじゃあないのかな」…潰してしまえば旅人も兵士も見分けがつかなくなるというのに監視がついてしまった。
遠目から見て小さいと思った人影は、近付いて見ても小さいものだった。おおよそ兵士とも戦士とも思えぬ、旅人らしき格好に小柄で華奢な子供だ。さて、どうしたものか。声が届く距離まで近付き、「旅人か」久しぶりに大声を張り上げて呼びかける。砂漠は砂に音が吸い込まれてしまうから、声が通らず困る。「今は戦時だ。ドラバニアへ行くなら帝国の捕虜になるのが早いが、どうする」骨兜のこの格好は何者に見えるだろう。こちらは特に名乗らず、相手の出方を待つ。着いて来た風精が丁寧に道案内してしまうだろうか。
「せっかく来たんだから塔の上に登ってみるか」『おお、主よ。その文脈で何故我から降りる』「え、階段使うから」竜の背から降り、塔へと入る耳障りな鳴き声を無視して、時を刻んだ石段へと足をかけた先人は何を思ってここに塔を建てたのか、どこから切り出した石なのかどうでもいい様な事をつらつら考えながら歩く時間は実に贅沢だと思うこの戦時中に1人遊んでいて申し訳ないぐらいだ塔が断続的に揺れる開口部から覗いてみれば、竜が塔の側面を爪でよじ登っていた「飛べよ」『今我はこういう気分』「そうか」これで塔が崩れたら賠償金って俺に来るのか……?先程までのいい気分がすっかり台無しに
屋上に出ると、ルドラムの砂漠が一望出来た実に素晴らしい眺めだその眺めを背景にして竜がうろうろと歩き回っている砂漠を鋭い目で見据え、翼を上げてみたり首を伸ばしてみたりと忙しない「敵がいるのか」『いや何、遠眼鏡の光が見えたのでな……格好いい角度で映ろうと』「……そうか」……まあ、考えようによっては悪くないおかしな竜がてっぺんでポージングしてる塔なんて冒険者でも迂回するだろう進行ルートが絞れて何よりだアホトカゲを放置して前線をうかがう遠く土煙の向こうに、これだけ離れていても馬蹄の轟きが聞こえる気がする先だって別れた馬達は無事だろうか
『待たない』「ちょ! り、律儀なんだか何なんだか…」元より待ってくれるなどと思っていなかったが。答えが返ってくると力が抜ける。(口うるさいお目付け役がついたとか思ってるだろうなぁ)迷惑そうな気配を察するが、一応仕事は仕事。何もなければ引き返せば良いんだし…とか思っていると、先にたどり着いた商人の声がした。近くに舞い降り、相手を見る。小さな影。自分のそれより更に暗い色の肌。特徴のある耳に、銀色の髪。「……マーシェ……!?」解放軍に居るはずの、彼女が居た。素早く周囲に目をやり、他に誰も居ない事を確認する。
「今回はホントに良く知り合いに会うなぁ…つか、どーして一人なんだよ」何かの罠か、とも思ったが、彼女はそういう手段をとる人物ではないと思う。……どうしたものだろう。鎌を肩に担ぎ、彼女に声をかける。「マーシェ、ここには旅人として来たのかい? それとも――」解放軍として、戦士として。その言葉は飲み込んだ。敵兵と知れば、商人の彼は容赦しないだろう。自分も、あの時の問いに是と答えた以上、向かってくる刃を受け止めるしかない。鎌を持つ手が、手袋をしているというのに冷えていくのを感じながら、彼女の声を待った。
人々の動きが少し変わったようだ。どんな命令が与えられたのか、少女に知る由もない。(現状を知るくらいならきっと、ばれない)作戦とか、状況とか、そういうものを知るためには、さすがにかなり近づかなければならない。のだが――「で、でもこれ以上は危険です」獣の本能というのは厄介だ。が、今回、その警告は無視する少女。そう、望まずともこんな姿なのだ、子供に見られて大丈夫に違いない、と。といっても、囲まれちゃったらどうしようと、人が少なそうな場所をえらんで、えいやとばかりに足を踏み出した。きょろきょろ見回しながら、近づいてゆく。
そう距離を詰めないうちに接近に気付かれたようだ。しかし、ここで速度を落としては意味がない。このまま一気に陣形ごと貫く。そう思い、敵部隊を睨みつけた瞬間、光が飛ぶ。光はソランの横を掠め、隣の騎兵に直撃。数騎がその転倒に巻き込まれる。術者・・・魔法の類ともまた違うこの術は・・・。そうして、敵部隊の中に知った顔がいる事を知る。だが、それはこの場を退く理由にはならない。「怯むな!このままだ・・・アターック!!」そして、敵陣へと槍を振り下ろした。
煌く槍は土煙を切り裂いて駿馬の嘶きと馬蹄の響きは他の全ての音を圧倒する帝国騎兵の突撃は戦場の命を押し流す津波放たれた白の魔弾はそんな津波に一角を打ち崩し目敏い歴戦の傭兵共はその間隙に命を託すけれども、無傷の中央の自由騎士と右翼の騎兵そして、崩れず持ち堪えた左翼の残りその突撃は疾風怒濤の勢いを失う事なく解放軍の部隊を轢いて潰して蹂躙するこの一撃で、ただでさえ損害の多い部隊の半数は殺られたか…「生き残りは集まれ!少しは借りを返すぞ!」狭き生の門を潜り抜けた傭兵隊の生き残りそして、多くの傭兵を屠った騎兵隊も更なる生を繋ぐためには、未だ終わらぬ試練が待ち受けていた
圧倒的な暴威を振るう騎兵突撃けれど、その攻撃力と引き換えに行動の柔軟さ、急な停止や方向転換には不向きで我等が同胞を存分に蹂躙し勢いは、そんなに急に止まれないそして、我等が突出しながらも粘り強く戦線を支えた結果損害の少ない後続の部隊が薄紙の様に我等を食い破ったその後に石壁ほどの頑強さで騎兵隊の前に立ち塞がる勇猛な彼等の突撃力ならばその石壁さえも粉砕する事は不可能ではなかろうが生き残った我等が寡兵ながらも噛み合わされる顎の如く、騎兵隊の後背を追うもっとも、我等の背後にも騎兵に道を開けた帝国歩兵が再び迫り解放軍と帝国軍、果たしてどちらの顎が先に敵を噛み砕くのか
『旅人か』大きな、男だった。この距離からでもわかる。骨兜を被った、男だ。『今は戦時だ。ドラバニアへ行くなら帝国の捕虜になるのが早いが、どうする』「…」――ボクは、彼を見据えたまま黙秘を選ぶ。きっと、彼は帝国側。「旅人です、帰ります」という訳にもいかない。しかし、「解放軍です、そこを退いて頂けますか」なんて言おうものなら――なんだか、まずい気がする。殺気。緊張感。彼の放つそれは。重く、のしかかかる。心臓を、じわじわと握り締めていく。――その時。風が吹いた。
舞い降りた娘。あの美しい青緑の瞳。驚愕に、見開かれて――『……マーシェ……!?』「…」キリ、と締め付けられる胸。――ああ。出会ってしまった。彼女の目から逃れるように、視線を逸らす。『マーシェ、ここには旅人として来たのかい?それとも――』――もう、骨兜の彼にも隠すことは無いだろう。名前も。所属も。「――ボクは、旅人のマーシェ」姿勢を低くする。ザリ、と砂礫を踏みしめる音がした。「捕虜にはならない。――通らせて頂く!」剣を掴み、素早く五歩で骨兜の彼との距離をゼロにする。居合い。距離を詰めながら抜剣。狙うは、彼の右腿。
こちらからの問いに返事は無かったが、相手はこちらを視認している。聞こえなかった訳ではないだろう。ならば沈黙の理由は――『……マーシェ……!?』驚いたような、精霊の声だった。…シフの知り合いか思ったのもつかの間。旅人の気配が急に殺気立った物になり、声が一瞬で近付く余りにも早い変化。旅人のフリをして隠していたのか剣を抜き放つ娘は、最早旅人のそれではなかった建前だけでも友好的にと、武器も構えずに居たのが災いした。直感する。避けられない
だがこちらとの身長差の所為か、狙う場所が低い。人間相手であれば有効なのだろうが私は悪魔で、体力もある方だましてや剣を握っているのは力の弱い娘こちらの足を斬り飛ばすどころか、深手を負わせることすら難しいのではないか。ああ、毒でも塗られていたら分からない間に合わない思いつきは隅に追いやり、向かってきた娘へこちらからも一歩踏み込む。好きに斬れば良い。けれども一度動きを止めて、その剣を持った腕を捻り上げることさえ出来ればこちらの勝ちだ。娘の頭を顔面から鷲づかみにしようと手を伸ばす
『なぁ……、アレ何だと思う?』突然、同僚から声を掛けられた。言うが早いか、遠眼鏡を投げ渡してくる。首を傾げつつも、彼女が顎で指す方向を覗くと―――『私には不審人物に見えるんだが、間違いか?』其所には一つ、確かにヒトとおぼしき影が在った。容貌やら人種やら所属やらは判別しかねる。が、どうやらこちらに向かっている様子。加えて周囲を、頻繁にきょろきょろ見渡しながら。旅人か、帝国の増援か。どちらも否。旅人ならば戦場を行く道に選ばない筈だし。帝国の増援ならば隊伍を組んでいる筈。単騎は有り得ない。
なら、志願兵かゲリラか敵の陽動か。或いは自殺志願者か。単に頭のネジが何本か外れた酔狂者かも知れない。「不審人物だとしたら、ガミレアに近付ける訳には参りませんわ」我らは警戒と索敵、必要ならば駆除と制圧を命じられている。故に今。我らがアレを拿捕したとて、任務の範囲を逸脱しない。単騎と侮るなかれ。アレが帝国に敵意を持つ存在であった場合、接近を許せば何らかの問題が生じるだろう。万一、迷子や民間人だった時は上の判断を仰げば良い。『んじゃ、ちょいと確認してきますかね』意気揚々とハルバードを担ぐ彼女の、その言葉にコクリと頷き、後に続いた。
かち合った視線は逸らされる。多分、自分と同じ気持ちなのだろう。――会わないのが一番そう言って笑い合ったのに。出会ってしまったのだから。そうして。彼女は剣に手を伸ばした。『捕虜にはならない。――通らせて頂く!』「ファン……っ!」彼も少しは警戒していただろうが…早い!「ちっ、こうなっちまうのかよ…」思わず悪態をつくが、心は決まっていた。失う覚悟も失わせる覚悟も…腹をくくるしかない。
彼の足を斬ろうとする彼女。対する商人は避けずに踏み込んでいた。ならば。「鎌鼬!」横合いから腕を狙って、不可視の刃を放つ。彼女はどちらを選ぶのか。「敵兵一名。他、敵影なし。 …こちらは二名だ、何とかする」彼女から目を離さずに、風に乗せて、軍に向けて連絡した。始末するだの制圧するだのという言葉を選びたくなかった辺り、自分は未だ甘いと思う。
『敵兵一名。他、敵影なし。 …こちらは二名だ、何とかする』風に乗せられて響く声に、ぴくりと耳を傾ける。隣にいた相棒は、にへらと笑った表情のままだ。『1匹か…、確かに部隊が動くまでもねぇな』「シーファとファンデムさんなら、大丈夫だろうからね」その場で立ち上がり、ゆらりと振り返ってみれば。黒猫族の副隊長が手を振りながら、こっちに走って来ていた。『たいちょーっ! こんなトコでなにやってるんです!?』「…もふもふにされて疲れたから、休憩」ぼんやりと受け答えてみれば、半ば呆れた様子で彼は言う。『前線で怪我した兵士さんの治療、隊長も手を貸して下さいです〜』
副隊長に連れられて、医療班のテントへと駆けつけた。怪我の内容もピンキリで、軽い術で治る者もいれば。完治に至るまで、長い時間が必要に思える者も居た。治療術は万能に見えるらしいけど、そんなワケがない。いきなり強い術を掛ければ、魂に大きな負荷を与えてしまう。それで体調を崩すだけならまだしも、寿命さえも削りかねない。けど、一部のニンゲンは「今すぐ治せ」と騒いで煩い。僕は皆と手分けして、治療術を唱えて回るコトになった。「…うん、騒いでる連中は後に回して。 大声を出す元気もあるし、死にはしないだろ」そう言って見せれば、元気な怪我人達は少し口を噤んだ。
傭兵隊と騎兵隊は何度か交差する。更にその後続隊も加わり、また交差する。お互いに激しくぶつかり合ってはその数を減らし合う。何度も続く戦いにも見えたが、やがて、差が付き始める。帝国側のラインもずるずると下がり、押し込まれている。この戦場はもう時間の問題だ。「・・・ここまでだ。退けっ」味方はそれぞれが戦場を離れる様に散っていく。勝敗はともかく、今まで生き延びてきた者の力の見せ所だ。生きてまた次の戦場に立つ為に、今は退くだ。
逃がすまいと矛先をこちらに向ける敵兵を薙ぎ払い、矢を避ける。まだ完全に包囲されたワケではない。ここを抜ければ最大加速で振り切れる。行く手に立ち塞がった最後の敵兵に槍を振り下ろした瞬間、一本の矢がソランの鎧を、背中を貫く。完全にタイミングが合ってしまった。防げるものではなかった。「ぐっ・・・だが、道は見えた!」退路を阻む最後の一人をそのまま貫き、一気に加速した。背中に刺さったその矢が致命傷かどうかは今はわからない。ただ今は、駆け抜けるのみ。
気付かれているとは、気付くわけもない。きょろきょろ、やっぱり不審人物。「うー、どうしよう」今になって不安になってももう遅い。前から人がやってくるのが、見えた。ふたり。びくーと足を止めたけれど、とりあえず、その場で待ってみる。「えと、すみません。今これってどうなってるんですか」こんなことを聞くのでは、頭がおかしいと思われても仕方ないのかもしれなかった。戦争の終結は、もうすぐに知らされるなんて、聞いたときはしらない。
ぶつかり合い、削りあい、延々と続く殺し合い黄泉の泥沼のような戦場で、先に退いたのは帝国軍猪突猛進するだけでなく損害を測り、正確に退き際を定めるもまた良将の証度重なる突撃と乱戦で消耗し切っているであろう自由騎士しかし、彼こそ騎兵隊の殿軍に立ち英雄譚の題材になりそうな武勇を振るって凄絶な撤退戦を演じてみせるけれど、彼も人の子解放軍の囲みを抜けるその瞬間に「これも戦場の倣い、卑怯とは言わんとってや?」乱戦の合間を縫って、彼の背へと放たれた矢異能の耳をもって、彼の呼吸を盗みほんの刹那の致命的な隙を射る琴の響きのような音と共に迅る矢は自由騎士の急所を背後から…
自由騎士の急所を背後から射抜く矢殺ったそう確信した瞬間、僅かに馬上の姿が揺らぎほんの数寸、矢は急所をそれて彼の背に突き刺さる読まれたか?いや、彼の呼吸に完全に合わせて矢を射ったはずならば、ただの偶然かあるいは、呼吸を読んだのは我だけでなく彼の白銀の愛馬が主の致命的な隙を助けたか…どちらにせよ、仕損じた事には変わりなくけれど、この結果も是としよう傲慢な言い方が許されるなら敵ながら、彼はこんな戦場で死ぬには惜しい漢急所を外れた矢の未来の行方は、今は神のみぞ知る事か…騎兵隊の撤退によりバナール要塞付近の戦線は縮小、後退し此度の戦争は終結へと向かっていった
後続の友軍と合流し、撤退する途上同じ部隊だった生き残りの傭兵と言葉を交わす「今回は際どかったな。俺らの部隊はどれだけ生き残った?」「2割弱が良ぇトコやろ?まぁ、全滅に等しい評価やな」頬の独特の縞模様を掻きながらおそらく虎系の獣人であろう傭兵はかさねて問いかける「そういや、部隊長の野郎は死んだか?」「それが、騎兵突撃の前にバックレて、ピンピンしてるで」彼は舌打ち、自分は溜息「あの野郎のおかげで随分と死んだな…」「ああ、そうやな…そのうち、きっと…」後日、ローマスの街の裏路地にて獣に引き裂かれたような男の変死体が見つかる事になるのはまた別の話…かもしれない…
ゆっくりと、周囲を警戒しつつ、不審人物に近付いていく。だが、不自然。向こうも我らを視認している。なのに、逃げる素振りも身構える素振りも窺えない。片や、ヒトの身長二人分ほどもあるハルバードを担ぎ。片や、長身でローブを纏い、肩に白色の触手を乗せている。帝国所属の戦士と魔術師だと、一見して知れる筈なのだ。何かしら策を持つ故の余裕か、或いは慢心か。しかし、周囲を幾ら探っても、伏兵の気配など有りはしない。適当な距離を保ち、不審人物と対峙した。見た所、亜人。それも子供のようだけれど、さて。
先に口を開いたのは子供の方だった。『えと、すみません。今これってどうなっているんですか』……。思考が停止する。『な、なぁ。コイツは色んな意味でヤバいヤツなんじゃないか?』同僚の耳打ちに、内心同意せざるを得ない。今の状況を理解していないなんて、寝ぼけているのか。或いは、この陽気に誘われて、おつむが春めいているのか。本当に迷子だったりして……まさかね。とにかく―――「此所はガミレア。帝国の陣地ですわ。 貴女は何者ですか? どうして此所へ?」非常にお間抜けだが、説明と質問をせねば始まらない。相変わらず周囲の動向に気を配りつつも、亜人の娘へ言い放つ。
鞘の内部を走る剣の感触。精霊の彼女が、叫んだ。ああ、新しく生まれた友情だと喜んでいたけれども。取り消されるかもしれないな。友人の友人を傷つけるだなんて。許されざること。身長差。人数差。力量差。圧倒的不利。圧倒的無謀さ。しかし。「…!」彼は踏み込む。何故だ。何を考えている。動揺で、剣の軌道が逸れる。刃は――彼の右腿を掠ったのみ。『鎌鼬!』「!!」無理やり、身体ごと風の刃を避ける。チッ、と鋭い音と共に、腕に痛みが走る。血が少し、飛び散った。その瞬間、頭を物凄い力で掴まれる。「やっ…!!ッあ」
予想外の動き。痛み。恐怖。何をする気なのか。読めない。読めなくて、怖い。二対一。無謀だった。(――とか言って、悔やむな)頭を掴んでいる彼の手を、ぐっと左手で掴み返す。「――集え、氷の子ら!」いつもなら、冷気の弾を飛ばす魔法なのだが。直接、悪魔の腕に冷気を流し込む。
互いに踏み込みが浅かったか?思ったよりも浅く、女の剣が太腿を切って抜けていく。更にエルフが身体を捻り、バランスを崩す。その腕に走った赤い傷と風の音とで、ようやく風精の攻撃を避けたのだと理解した。もう一歩近付き、エルフの頭を掴む。後は相手の右腕を剣ごと捕まえて――持っていた斧を手離した所で、右手に痛みを感じた。『――集え、氷の子ら!』「っ……!」一気に手から腕へ、腕から肩へ、冷気と痛みが駆け上がり、凍りついたように固まっていく。手を引き剥がすか頭を放すかと迷ったが、寒さで手が強張ってしまい放すどころか逆に強く握る方に縮こまってしまう。
「おい、やめろ。握り潰してしまうぞ」砂漠に近く暑いほどの気候が今や帝国の冬の雪原にすら感じて身震いする。視界と体感が合っていない。相手の剣を右手ごと捻りあげ、女の首元に向けて添える。「生首になりたくなければ放せ」「シフ、後ろの荷にロープがあるからそれで捕縛しろ。それから説得してくれ。首か手が落ちる。」まるでエルフを人質に脅しているような光景だ。自分の背負った補給物資を風精へと示し、エルフを一先ず押さえつける
自分の放った刃は、彼女の腕に紅い傷を残して散っていく。そして。「うわ…」商人の悪魔は彼女の顔を鷲づかみにしていた。引き離そうとしたのだろう、彼女の手が添えられ――『――集え、氷の子ら!』しかしそれは、氷を生み出さなかった。商人の様子がおかしい所を見ると、もしかすると彼の腕を凍らせたのだろうか。商人は手を離さない。寒さで動かせないのか。握り潰してしまう、と呟かれ、ぞっとする。彼の手が彼女の手を握り、刃の先を首筋に向けた。『シフ、後ろの荷にロープがあるからそれで捕縛しろ。それから説得してくれ。首か手が落ちる。』「Σ脅迫!? じゃなくて…、わかった」
どちらかというと『棚からモノが落ちるから支えててくれ』位の気軽さで言われているような気がして、少々脱力する。「えぇと、ロープはこれか。…マーシェ、ちょっとごめんな? ファンデム、その手をこっちへ」商人の荷からロープをとって彼女の背に回りこみ、剣を持つ手を取ろうと手を伸ばす。腕を封じないと、捕縛出来ない。商人の手には暖かい風を送ってみたが、解凍出来るだろうか。「手、離して。ホントに潰れちまう。……ごめん」小さな風の刃を、彼の手を握る彼女の手の甲に跳ねさせた。ちくりとする程度の痛みで、反射で離してくれれば良いのだが。
確かに 怖かった。少女にとっては怖い場所なのだから当然だったが、怖いにどれだけ何がプラスされようとも(それが例えば格好だったりしても)あまり変わりはないのだ。えへっと笑ってみるけれど、正直空気が読めていない。ついでに、狼の耳は普段ならこそこそ話も聞こえるけれど、ちょっと緊張が強すぎて聞こえなかったのもなお悪い。どんな評価が下されているか、本人は知りえないわけで。『此所はガミレア。帝国の陣地ですわ。 貴女は何者ですか? どうして此所へ?』「やっぱりそうですよね」道の正解にちょっとほっとしていた。今度は迷わなかったよなんて、えばるべき時間は今じゃない。
「ええと、どうして。というとちょっとした不手ぎ……」質問に答えようとして、ぴたり、口が止まった。正しく答えてしまったら、さすがにここはこわいんじゃないか、といまさら考えた。目が泳ぐ。宙を泳いで、「はっ!そうじゃなくて、戦況を教えてくださいですっ! そうしたらここから逃げますっ」逃げると言った時点でどこの所属かはバレるだろうが、緊張のあまりか、いや単に抜けているだけか、狼少女は気付くことはない。がるるるとうなり声でもあげたいのだろうが、あげていたとしてもしまらないし怖くないのは当然だろう。全身全霊で、及び腰なのだから。むしろ既に足は一歩下がっているのだった。
知らせを聞いたのは、怪我人を一通り診終わった頃だ。「……ふぅん、負けちゃったのか」他人事のように呟いてみる。個人的には兵士の被害よりも、バナール要塞の被害が心配だった。数は少ないとはいえ、あの近辺に住居を置く民が居るのは確かだから。戦争が終わっても、衛生兵の戦いは終わらない。前線から舞い戻る負傷者達を、一人残らず診なければ。とはいえ、少しの休憩も必要だ。一通りの治療も済んだので、ほっと一息を入れるコトにする。相棒と副隊長を連れて三人、馬車の中で軽食を取っていた。「その鰹節……、どうしたの?」『怪我を治してくれたお礼にって、貰っちゃいました』
うまうまを鰹節を齧る子猫に対し、ため息をつく。今に始まったことではないが、この扱いはそろそろウンザリだ。その時、ふと『そういえば』と相棒が呟いた。『西に向かったシーファと…、もう一人。 アイツらには戦争が終わったってコト、伝わってんのか?』その問いに、明確な答えを提示できる者はいなかった。三人寄ればなんとやら、少し話し合って出た結論は、コレだ。「戦いが終わったコト、知らせに行こう」残念な敗戦だった、というバッドニュースもコミで。『そーいや、なんであの男の職業と名前を知ってたんだ?』「あの人のお店で一度だけ、買い物したコトがあるから」
やっぱりそうですよね。そう、彼女は言った。浮かべる笑みが引きつって見えるのは、気のせいではないだろう。違和感を覚える。やっぱりと言うからには、此所の状況をある程度把握していたと見るべきだ。ある程度把握しつつ、なおもこちらに接近したのか?尋問に拿捕、下手をすれば殺される危険も知った上で?目が泳いでいる。その様を見て、思い出した事が一つ。本来、人間種に嘘を吐く能力は備わっていないのだとか。ヒトが記憶を探る時、視線は向かって左に漂い。嘘を考える時、視線は向かって右に漂う。これは無意識的に行われるモノであり、ソレを以て、真実を言ったのか嘘を吐いたのかが判別出来る。
それ自体、本当かどうか知らないけれど。ただ、少しつついてみれば、ボロを出しそうな予感はした。嗜虐心から我の唇が歪むのを、彼女は認めていたかどうか。『はっ!そうじゃなくて、戦況を教えてくださいですっ! そうしたらここから逃げますっ!』「質問をしているのはこちらですわ。 貴女は質問には質問で返せと、親から教わったのですか?」語気は荒げず。けれど冷たく、殺意を含ませ言い放つ。「もう一度訊きます。貴女は何者ですか? どうして此所へ? 逃げたいなら御自由に。但し、痛い思いをする事になるけれど」
あれからどれくらい走っただろうか。愛馬の背に乗り、人気の無い森を進む。味方と合流しようにも近くに友軍の気配はない。とりあえずは帝国を目指す事だけを考えたほうが良さそうだ。あとどのくらいだろうか、そんな事を考えたとき、意識が途切れかける。なんとか止血はしてるが、やはり当たり所は良くないようだ。ここで眠って、起きることができるだろうか。色々な事が頭の中を駆ける。苦笑いにも似て笑みを浮かべるソラン。「まだそっちにはいかんよ・・・ああ、まだ・・・な」それから愛馬の背の上でソランの意識が切れるのはすぐだった。
接触相手が悪かったに違いないのです。自分の行動を省みた狼少女は、後でそう家主さんに言ったとか言わないとか。まぁそれは置いておいて、今現在、彼女はとりあえず逃げなければいけないことしか把握していないのだった。「な、なにものって、ニコラウスですっ…! ここは家から解放軍への通り道だったから、迷って遅れちゃったから、今は逃げるのですっ!」自己紹介をしろ、などと言われてはいない。痛いのが嫌だから、所属を言った今でさえ、一歩引いたまま動きは止まっている。笑みを見た目は怯えて、当然ながら、すぐにでも逃げられるような体勢ではあるが。
あらあら、御丁寧に自己紹介までして貰えるなんて。ただ、彼女の名前など、我にとってはどうでも良い事。"家から解放軍"、"通り道"それに"遅れた"与えられた情報を吟味する。つまり、この娘は解放軍の兵士か。戦場へ向かう途中で迷子になり、そしてガミレアへ至ったと。ふぅん……そう。なるほどね。
「これから逃げようとする者に、戦況を教える必要はありません。 尤も、無事に逃げおおせるとは思っていないでしょうけれど」大気に手を翳す。魔力を、殺意と憎悪を掻き混ぜて。鋭利に、強靱に。貫けば生命に致るように。水蒸気はその姿を、五本の氷柱へと変えてゆく。「ほら、今の内ですわ。コレが完全に氷柱の姿と為る前に、 尻尾を巻いてお逃げなさい。犬は犬らしくね。ふふっ」
拙かったかもしれない。本当に潰れるかもしれない。食い込む指。爪。頭部が、西瓜のように砕け散るかもしれない。首筋に添えられている、我が剣。『シフ、後ろの荷にロープがあるからそれで捕縛しろ。それから説得してくれ。首か手が落ちる。』(――説得?)痛みで、まともに物事が考えられない。説得、だなんて。その気になれば、握り潰せるだろうに。近寄る風の精を、警戒して視線だけで睨む。頭部が固定されていて、目しか動かせない。流石に、「はい、捕縛してください」とは素直に応じられない。でも。
『手、離して。ホントに潰れちまう。……ごめん』彼女は何だか、本当に悲しそうな、心配するような顔をしていて。「…」胸が、ズキリとした。瞬間、手に走る軽い痛み。「つッ」彼の手を掴む、自分の左手が離れる。その瞬間、自由になった左手でダガーに手を伸ばそうとして――やめる。それと同時に、自分の生首が落ちるだろう。「…わかった。大人しくする」右手に握った剣を手放す。乾いた音が、地面に響いた。
はっ、と気付いてももう遅い。とてつもなく遅い。びりびり震えがくる魔力に、毛が逆立って恐怖する。「う、うー…! そ、それでも無事に逃げてやりますっ…!」いや無茶だろう、と、思いながらも、一応逃げ足は遅くない。魔法はそれより早いに決まっているが。みるみるうちに作られていく氷の鋭い柱と、告げられた挑発の言葉。わんこではなく狼の、闘争本能が刺激されると思いきや、少女にあったのは "逃走"本能だった。
「に、逃げるに決まってるじゃないですかっ! 痛いのも血も嫌いですよー!!」それじゃ何でこの地に来たのか。子供っぽい負け惜しみを残し……、いやむしろそれは後方にダッシュしながら叫ばれていた。文字通り尻尾を巻いて逃げる狼少女が無事だったかどうかは、さておくとして。やがて終戦を告げる狼煙が、空へと立ち昇ってゆくのだった。(お付き合いありがとうございました。少々時間の融通がつき難くなりそうですので、お先に失礼します!)
『…わかった。大人しくする』剣も落ち、冷気の手も離れ、頭を掴む手をなんとか緩める。もちろん逃がす気は無いため、相手の右腕を掴んだままの手は放さない。「…良い心がけだ。」そのまま、風精へと捕縛を任せる。まだ寒さで腕の感覚は鈍いが、風を暖かく感じるのは風精のおかげだろうか。暖房にも、涼を取るにも便利そうだ。このエルフも暖房もできるだろうか「どうも、有難う。持っていろ」エルフの物だった剣と目についたダガーを取り上げ、精霊へと渡す。上手く動く左肩へ、縛り上げられたエルフを担ぎあげた。
随分と戦力差があったお陰で、殺しそびれてしまった。嘆息しながら、良かったな、とも呟く。彼女達にとっては恐らく最善なのだろう「戻るぞ。持っていった後はシフに任せる。戦利品だ。捕虜交換にでも使えるだろう」他に解放軍の兵が居ないか辺りを見回し、マロロ洞窟の駐屯地へ意気揚々を引き揚げる。軍と合流する頃に、手当てを受けながらネコから敗戦の知らせを聞いた。
「噂をすれば影、だね」西側の様子を見に行こうとした頃。話題の二人が、捕虜と思われる敵兵を連れて戻ってきた。『やっぱり、伝わってねーな』僕達3人は、"彼等をたまたま見かけた"風を装って彼等に駆け寄る。揃った動作で敬礼をして見せて、思いつきの言葉を掛けた。「…腕以外は、無事みたいだね」ファンデムさんの腕を眺めながら、両手で印を組む。それから治癒の呪文を口ずさめば、張り付いた氷はすっと消えた。「これでとりあえず、氷結化が進行することはないハズさ」治療の続きはテントで、等と言おうとした時。横にいた相棒が、伝えようとしていた話題を切り出す。
『本軍から伝達があったぜ』「僕らはキミ達にそれを伝えに行こうとしてたんだけど…。 うん、詳細は…、帝国の部隊長から聞いたほうがいいだろうね」擦り傷や凍傷の治療も進めながら、そんなことを言ってみた。所詮僕達は属国の兵、口にする情報などアテにされてないだろう。とりあえず「上に話を聞いてみろ」とだけ伝われば十分かな。「それじゃあ、僕達は戻るよ。 傷を負った兵士がまだたくさん居るんだ」言いたいことは伝えた。踵を返して、足早にテントへと戻る。貰った報酬の分だけは、きっちりと働いてやるさ。
『…わかった。大人しくする』ふ、と息をついた。ファンデムが顔から手を離したので、マーシェの腕を取り、後ろ手に縛る。「ごめんな、しばらくの辛抱だから」そう言って、外れないのを確認した後、柔らかい癒しの風を起こした。剣とダガーを受け取ると、商人が彼女を軽々と担ぎ上げる。(いやまあ、お姫様抱っこしろとは言わないけど、もうちょっと、そのっ)思うが、口には出さない。変わりに、ごめんねっという視線を彼女に送った。『戻るぞ。持っていった後はシフに任せる。戦利品だ。捕虜交換にでも使えるだろう』戦いとしては不完全燃焼だろうに、商人の機嫌が良い気がする。
『良かったな』という呟きも聞こえて、少しだけ笑みを浮かべた。「わかった、悪い様にはしないよ」そう言って剣とダガーを抱えて、彼の背を追う。しばらく行くと、ケーシィ達が駆けてきた。ネコ族は、ファンデムの腕に応急処置を施してくれる。そして、何やら伝令がある事を、伝えてきた。「ファンデムは手当てでもしてもらってな、俺が聞いてくる」嫌な予感はしていたが、行ってきて聞いたのは、敗戦の知らせで。マーシェが解放されるのは、それからすぐの事だった。その後、救護作業中のケーシィに年上趣味は周囲には黙っとくとか言ったのは、また別の話。
屈辱。こんな形でしか、我が身を守れないとは。腕に縄が絡んでいく間、唇を噛み締めていた。『ごめんな、しばらくの辛抱だから』柔らかい風。貴女は、優しいな。そして、貴方もきっと優しいのだろう。無力なエルフ一人、すぐにくびり殺せるだろうに。「…謝る必要なんて無いでしょう」力なく微笑んで見せたのも――束の間。ダガーも取り上げられ。(…さすが)顔を伏せて、少し笑った。暗く。もう、駄目かもしれない。捕虜、だなんて。檻だ。籠だ。枷だ。(――旅人では、)無くなるかも、しれない。
ふわり。「!」何が起きた?風景が、あれ?何?え?(担がれ…!?)ちょっと恥ずかしいかもしれない。「あ、あの」何と言えばいいのか。言葉が咄嗟に出てこず、困って視線を巡らせると、(あ)ちょっと焦りを滲ませた申し訳無さそうな顔を見て。顔をがくりと伏せて、またこっそり笑った。そしてまだ、ボクは雷帝の勝利を知らなかった。後にそれを知り、彼の信じる正義を見届けたいと、見せて欲しいと、強く願いながら。帰るべき、場所へ。