砂の大地に君臨する、ネコ族と共にあるリザードの王。緑の地に君臨する、公平を愛するエルフの王。両者共に理想を求めて戦う者達。その先にあるものは。――いざ。共に戦いの痕跡を残していこう。
・他者の行動・行為を著しく制限、または指定する描写。・単騎で戦局に多大な影響を与える描写。・俗に言う無敵と思われる行為、行動や描写。・世界観が大幅に無視されている描写。・その他、不躾であったり、不快に思わせる行動や描写。上記の行為は禁止とさせて頂きます。相手が居るということを、忘れないようにしましょう。 また、応対に時間がかかると判断した場合は、相手方に連絡を入れると良いかも知れません。
http://www.geocities.jp/kichi_k/LG_map/top.html(大判/作成:クロゼット様)http://lgtisiki.blog89.fc2.com/blog-category-8.html(携帯用/作成:コルナ・コルチェット様)御二方に感謝を。
「もう少しでルドラムとの国境付近か…」開戦されて暫く。戦況として、今回は実にシンプルな図が描かれたと思う。それは、解放軍のローマス側の陸路もしくは海路による侵攻ルート。天駆ける翼騎兵と解放軍が開戦している事により、ビーストアークと解放軍の間となる湾は勿論の事、実質は解放軍の首都より北には余程の少数精鋭でなければ部隊として立ち入る事は、入らぬ被害を被る可能性が容易に想像出来るからだ。
それだけに、ルートはほぼほぼ1つに絞られる気はしたが、待ち伏せも奇襲も存分に有り得る分危険度は当然跳ね上がる。「単騎で身軽さを活かせるのもそろそろ終いか…無事にナトーム村まで行けるかがまずは勝負だな」被るフードはより深く。進む陸路の先、目指すは国境。
「ハッキリと言わせてもらうよ。 この戦いに勝てる確率は、限りなくゼロに近い」小さな村に駐屯していたネコ族達に、そう言い放った。一瞬だけ空気が止まったが、それは直ぐどよめきに変わる。引き金を2度引いて、再び黙らせた。「――この国の為、我等の女王陛下の為。 その命を捧げる覚悟がある者は、一歩前に出ろ。 覚悟の無いものは、速やかにナビア城まで下がるといい」――そして数分後。この時点で村に居るのは、僕と相棒の二人だけとなった。『…メンドクセェことしやがって』ため息混じりに悪態をつく亡霊を他所に、手袋の甲を指でなぞる。いつもは糸で縫い付けてある詠唱文が、消えていた。
『前に出てきた連中全員を、一度きりの転送魔術で城まで逃がすとはな』「僕の部隊に、死にたがりは要らない」『お前さ、分かってんのか? 前にお前が怒鳴りつけたヤツと、同じコトをしようとしてるんだぜ?』そう言われて、言葉が詰まった。反論できない僕を見て、相棒は気味の悪い笑みを浮かべる。『ま、お前が死んだらオレ達が面倒見てやるよ。 そろそろ新しいしもべが欲しいなって思ってたトコでさぁ…』「そろそろ支度するよ。ここで公国軍を足止めする」『はいはいっと』パチン、と指を弾く音が聞こえた後。村は真っ黒な闇に覆われて、その辺りに死霊達が蠢き始めた。
ナトーム村。ルドラムと解放軍の国境付近にある拠点の1つ。先駆けとして陣が張られている可能性は高いが、斥侯代わり程度には自分一人でも何とかなろう。他の部隊の動きは把握していない。顔見知りや友人達が国に居たのは見たが、その後は先んじて出てきたからには余計に。が、陸路であればナトーム村を落として拠点とするか、そこを迂回して進む事だろう。情報にせよ場所にせよ、どちらにしても必要な場所だ。だが。「…何だ、此処は」
無事に辿り着いた。それは喜ばしい事だ。村が静か。戦時であれば避難もしくは兵役として不在率が高いのは当然だ。それでも。村は黒き闇に覆われ、中は良く見渡せぬものの、周囲にはゴーストなのだろうか。死霊が蠢いている。「呪術師でも居るのか…?だがこの規模、術師以外は居ても少数かもしれんな」術師が複数名居る可能性は十二分に考えられたが、死霊と共に兵が潜んでいるとは考え難い。一緒に仕掛けるメリットが少ないからだ。自分であれば、対死霊で疲弊したところを外から囲い退路を塞いだ上で一気に潰すだろう。特に聖職者が一番疲弊する相手だ。治癒が遅れれば、より勝率は高まる。
それを踏まえれば、今の時点で何かしら突破口か、術師を倒せれば大分楽になるだろう。「問題は、術師が何処に居るかか…」可能性は五分五分。だが、外よりも中に在ると自分のカンは告げる。「さて、後は死霊に俺の魔法が効けばいいのだがな…」踏み入ると共に右手に紅蓮の炎が燈る。“揺らめくは紅 天へと頂くはその柱 しかして通づるは獄門の下へ”死霊が気付く。迫るそれへ、右手をかざした。―焔魔・獄炎降柱―
太い火柱が死霊を包み高く上がる。「悪いが、俺に出来る精一杯は火葬にしてやるぐらいだ。成仏するといい」単騎ならば目立たぬ方がいいのは定石。だが、村を覆うこれは対部隊レベルで作られたとみるべきだ。ならば、部隊相手と少しでも錯覚させる工夫は凝らす。その上で術師を暴けるか試すとしよう。「さて、これで炎が効いてくれれば次も試すか。…2手が効果あれば、少しはやりようもあるからな」
『夏、だなぁ』赤い液体が注がれたワイングラス片手に、相棒が呟く。その向かいの席に腰掛けていた僕は、ふと声をかける。この亡霊は、意味も無く独り言をぼやくヤツじゃない。「飛んで火に入る夏の虫、とでも言いたいの?」『へっ、分かってきたじゃねーか』手元に持っていた読み掛けの本を、膝元に置いた。相棒、マフはワインを一口含んだ後に情報を公開する。『死霊の目越しに見た限りじゃ、夏の虫は一匹。 駆除には手が掛かるぜ、早速オレの仲間を一匹葬りやがった』「再生は出来るの?」『ちと時間が掛かる』「残りの死霊の数は?」『ざっと二十九匹』
この間、僕達二人が席を立つことはなかった。数少ない言葉のやり取りの後、僕は再び本のページを捲り。マフもお気に入りのワインを、またグラスに注ぎ出した。ちなみにこの小屋は、ナトーム村中心にある住宅。敵兵から姿を隠すために、勝手にお邪魔している。周囲には人避けの結界も張り付け、侵入対策も整えた。『あー、こうじっとしてンのもタイクツだぜ……』「小屋から出ちゃダメだよ、結界が壊れちゃうから。 それに…、僕達の仕事は足止めだってさっき言っただろ?」『わーってるよ、ったく…ツマンネェ作戦だ』僕達の今回の目的は足止めだ。相手の目の前に躍り出るつもりなど、無い。
もしこの場所がバレても、すぐ別の小屋に逃げ込むだけ。敵部隊が大人数だったら、時には戦いを仕掛けることも覚悟したが。相手が一匹なら寧ろ好都合、逃げてる間に死霊が数で始末してくれる…。『…あーそうだ。追加の情報なんだが』「…なに?」『この虫、火ぃ吹くぜ?』――ビリビリッ真っ暗な部屋の中で、紙を引き裂く音を聞いた。ふと手元の本を見てみると、僕自身の爪が本のページを千切っていた。『…テメェさ、いい加減に治せよその炎恐怖症……』…再び反論が出来ずに、目線を下に落としてしまう。…仕方ないじゃないか、怖いものは怖いんだ。
熱砂の中、砂埃避けに外套を頭から被り目的地へと歩を進める。今回、私に与えられた任務の内容はナトーム周辺の遊撃。既にナトームに配置されている部隊と連携し、敵を撃破せよとの事なのだが…「誰か説明してくれないか?」どういう訳か、ナトームに配属されている筈の兵達が私の目の前に居る。何も無い砂漠のど真ん中に、だ。ナトームが落ちたという話は聞いていないし、そもそも全員無傷という時点で 戦闘さえ起こっていない事が伺える。それなのに全ての者が何かに怯えた様な、敗者の目をしてたのが妙に気になった。私が厳しく追及すると、ようやく一人が重い口を開く。
「つまり隊長に敗北を宣言されて、命惜しさに逃げて来た、と?」彼らの説明を要約すると、大体そんな感じだった。まあ、確かに今回の戦は負け戦だ。無駄に死者を増やしたくないというその隊長の意向も分からなくはない。「…お前達はエンボーヌへ行け」それだけ命じ、私は彼等と別れた。ああいう目になっては最早戦力としては期待出来まい。下手に王宮に帰しても攻城戦に巻き込まれるのがオチだ。だから適当に安全そうな拠点に行く事を命じたのだ。別れ際、彼等は隊長達の力になってくれと言っていた。未だ兵の半数はナトームに残っているらしい。尤もその隊長の性格を考えれば、今も“達”であるかは怪しいが。
解放軍領を挟んだ戦争。今も別の国と交戦中の解放軍領を抜けていくには、少数精鋭で行くしかない。もしくは海を渡るか。空を飛んでいく事は可能だが、対空攻撃でも受けたらどうしようもないので、精霊の居る部隊は大人しく地を進んでいた。「イヤな予感がするぜ」魂葬の風としての感覚に、何かが引っかかっている。精霊は顔をしかめ、目指す方向を睨みつけた。ナトーム村。ルドラム国境の村だ。「ま、変に急いで解放軍と小競り合いしてもしょうがない。 確実に進んでいこう」兵糧の焼き菓子をかじる。思いの外甘く、香ばしいそれは、エルフの職人が作る、伝統的なものらしい。
死霊の数は、目に入るだけでも一人で相手をするには実に多い。先程の炎の術は、威力は高いが其の分の魔力消費も大きい。この数に連発していては術師まで、もしくは隠れているかも知らない兵まで辿りつくまでに枯れるのが関の山。「効いてくれればいいが」腰裏から柄の両端の先に紅の宝石がついたものを取り出す。一見は短い杖のようにも見えるだろうか。しかし、正解は近いようで全く異なる。「―目を覚ませ、紅異天駆“双刃”」紅の宝石が光り、そこから光の刃がそれぞれに伸びて成すのは双刃剣。自らの魔力を吸いて刃となすそれは、特別製だけに代えが効かないが、其の分の利便性は申し分ない。
ひゅんひゅんと風を切るように回して構えれば、近くに迫る死霊へと間合いを詰め魔力の刃を振り下ろす。一撃で倒せるのか、そもそも効いているのかなど確認している暇は無い。更に後ろから迫る死霊へと返す刃で突けば、右から迫る死霊へ袈裟懸けに振り下ろす。ゆっくりと詠唱している暇もない。だが、その包囲は確実に数を増やし輪を縮めている。追いつかぬその身は、やがて死霊の群に埋もれそうになり―“渦巻くは嵐の螺旋 嘶くは龍の咆哮 全てを飲み込み刻め竜巻”―風魔・咆龍縦嵐旋―我が身を中心に、天高く竜巻が発生する。それは、周囲の死霊を飲み込みながらその半径を一気に広げて弾けた。
「…全く、厄介な術だ」結界呪法か、召還の類か。死霊の数とて、多いにしても有限なのか、再生する無限性をもつのか。聖属性に心得のない自分では、闘いながらでは余計に予測がつけられない。「術師探しが最優先か…やれやれ、中に居るとしても探すには骨が折れるな」だがそれ以外に突破口は今のところない。村のより中へと、刃を構え駆けていく。その瞳は、澄んだ蒼色から鮮やかな紅へと変化を遂げていた。
『また仲間が三匹やられちまったが…。 ヤツはまだ、オレ達の位置に気付いてねぇ』村に来た敵は、ビショップに値する力の持ち主らしい。マフが"仲間"と称する死霊は、決して弱くはない。一般の兵士が束で襲ってきても、返り討ちにするだけの力はある。それを、纏めて4匹も葬るだけの実力がある。しかも炎を扱う魔術師……、僕にとってはサイアクな相手。そんなことを考えていた、その時だ。――ゴォオオッ窓の外から見えたのは、紅い竜巻――。「……ほ、炎が」破れた本を握る両手が、震えだして止まらなくなった。炎を操る敵が、目前まで迫っている――!?
「ヤツらが……、燃えて……る……。 村が……、神都が……、喰われて……っ」恐怖のあまり、思わず席を立とうとしたその時。闇の中で燃える炎は、突然姿を消した。「……え?」突然の現象に驚いて、右を見ればすぐに理由が分かった。マフが呆れた顔をしたまま、窓に黒いカーテンをかけて僕を見ていた。「あっ……、ごめん……」『……今のお前は足手まといだ。 ヤツがココに気付いた時にはその身体、オレに寄越せ』結局、これにも反論が出来なかった。自分の心の弱さを、とても恥ずかしく、憎たらしく思う。どうして僕は、臆病なままなのだろう。
あれから数刻。特にこれと言った事も無く、ナトーム村に辿り着いく。先程、遠巻きに村より竜巻が立ち昇るのが見えた事から、既に敵部隊が進攻して来ていると考えて良いだろう。本来ならば、直ぐにでも友軍の援護に向かうべきなのだが…(どれが味方だ?)村に踏み込む前に中の気配を探ったところ、感じ取れた気配は二種。強者二人と複数の死霊だ。この内どれが敵でどれが味方か、肝心のそれが分からない。分からぬならば一つずつ確認するとしよう。先ずは村の中心部に潜んでいる方だ。状況からして、多分味方だと思うのだが…息を殺して静かに、気取られぬ様に細心の注意を払い村へと忍び込む。
危惧していた小競り合いも無く、ルドラム境界まで来た。精霊が感じる気配は、ますます強くなる。(ルドラムで、…死霊の感覚…)普通なら結び合わない二つが、一人のネコ族により、繋がった。(やっぱり、あいつかなぁ)一つ頷き、他の兵に報告する。「この先に死霊の気配がある。対アンデッド用の準備をしておいてくれ。 悪ぃけど、俺は先に行く。何かあったら連絡する」地を蹴り、駆け出した後、翼を広げて飛び立った。
「うわ…なんじゃこりゃ」辿り着いた精霊は呟く。死霊の群に覆われた村。ここまでは予想通り。だが――「先客?」戦った跡がある。ならば…味方の可能性が高い。「と、おお、呆けてる場合じゃなかった」死霊に見つかり、精霊は慌てて鎌を取る。鎌に口付けし、青く光らせて。「遠慮は無しだ。送られたい奴からかかって来い!」死霊達に浄化の風を吹き付けながら、先客の痕跡を辿って行く。
休む間はない。刃を振り払いながら、索敵をしつつ進む。進む距離こそ短いが。何処にいるかも分からない術師を探しながらとなれば、それも已む無し。その上で、なるべく魔力消費を抑えながらとなればより難度も恐ろしく増す。それでも、既に魔力は3分の1は消費していた。大技となれば、以って2、3発。小技となれば話は別だが、その程度では死霊達にはロクに効きもしない。死霊を1体ないしは2体、一定以上にダメージを負わせていられれば良くて最大4体。そこまで巻き込める術の規模では、せいぜい後は5・6発が関の山。今の自分の魔力量では、測るに死霊を根絶やしにするには到底足りない。
かと言って、刃だけでは数が多いだけでに相手がしきれない。それでも、ここで退却はない。まだ、逆転のカードは残っている。今もまた、1体を相手する内に嗅ぎ付けられ集まった5体を相手に、刃を振るう。効いているかも定かではない、その手応えの無さが精神的なプレッシャーを与える。焦りは禁物、だがジリ貧も意味はない。なればどうするか?「…1つ、炙り出せるか試してみるか」刃を払い、死霊の囲いに穴を開ければ一気に抜けて距離を大きく置く。
再び、空いた手に宿るは紅蓮の炎。“描くは軌跡角は鹿 頭は駱駝 瞳は鬼 耳は牛 うなじは蛇 腹は蜃 鱗は魚 爪は鷹 掌は虎流れ紅の身に宿り ただ盛りただ喰らえ、龍炎”距離は空けたが、如何せん詠唱が長い。詰まる間合いは瞬く間に、先頭に迫る2体が目前に見える。ただそれよりも、手に宿る炎が『それ』を象る方が僅かに早かった。―焔魔・紅龍操牙旋―
先頭に居た2体が、紅い何かに飲み込まれ。それは、そのまま後ろに控えた残りへと、龍の頭を持ちその顎を開いて迫る。焔龍を模し、それを一定時間意のままに操る一種召還術に近い炎の魔法。故に詠唱は長く大技であり魔力消費は大きいが、それを上回る力でない限り、一定時間内は存在し続け、主の意のままに喰らう。そのまま、3体をやがて喰らえば、辺りの家々も抜けるように駆け抜けた。文字通り、炙り出しをはかったのである。
『…敵一人、味方が一人、村に来たな』「…敵は匂いで分かった。味方のほうは知らない」『だろーな、オレも同じだ』二丁の拳銃をぐっと握り締め、鼻を鳴らした。感じた覚えのある魔力の波…、これは絶対そうだ。「…味方の人、放ってはおけないね」『当然。 …野郎共、友軍が一人お出ましだ! 黒髪碧眼の女はオレ達の味方だ、連合の紋章を翳して出迎えろ』マフが死霊達に指示を飛ばす。ただ一人で駆け付けた援軍を、放置するワケにもいかない。少なくとも、『死霊達は味方である』ことだけは伝えねば。『それと』と、マフは次々と指示を繰り出す。
『以下の十五名に追加指示。 名を挙げられた者は炎術士の討伐に向かえ。 それ以外は風精霊の足止めに回れ、二人を合流させるな』死霊は更に五体倒され、残りは二十一匹。マフは十五匹の死霊の名を叫びながら、大鎌を取り出した。更に、空いた左手で僕の右腕をがしっと掴んだ。『移動するぜ、ここもそろそろ気付かれる』「うん、分かった」僕は頷き、リビングの床にある隠し通路の蓋を外す。この小屋よりも更に暗い闇の中、二人で飛び込んだ。丁度、その直後だ。真っ赤に輝く炎の竜が、小屋を突き破って来たのは。
『…なぁるほど。焙り出しってワケか。 こんな闇の中だ、一般住民がいねぇのはバレバレか』マフはのん気な風に言うけど、僕はそれどころじゃなかった。(なんでそんなヘーゼンとしてられるんだよ! 地下に逃げるのが遅れてたら、炎に巻かれてたんだぞ!?)心臓がバクバクと高鳴ってて、頭の中もパニックだ。ゴォゴォと鳴る炎の音を怖がって、尖った耳を両手で塞ぐ。ふと、見上げてしまった地上では…。細長い胴をくねらせ、家を焼き尽くす炎竜の姿……。「ぎに"ゃああああああっ!!!」一目散に駆け出した僕は、壁に激突するまで止まらなかった。
強者と死霊のぶつかり合う気配を感じつつ、それを迂回するように村の中心部を目指していると、ふと死霊が何かを翳しているのが見えた。(あれはルドラムの紋章か?)どうやら、一つずつ確認する必要は無くなったようだ。死霊が味方なら、それと戦っている気配の主は敵。そして中心部に潜んでいるのは死霊を操っている味方。そう考えると全て合点がいく。ならば死霊に加勢しようと思ったその時、突如として強者の近くに強大な力が発生し、死霊の気配が一つ、また一つと消えていくのを感じた。何事かと、慌てて手近の建物の屋根に飛び乗れば…
「龍…だと!?」巨大な龍を象る焔。それが死霊達を喰らい、更には周囲の建物を焼いてゆくのが見えた。「不味い…不味いぞこれは…」真っ直ぐでは無いにしろ龍は味方の気配へと徐々に近付いてゆく。そして、遂には捉えた…ように感じられた。咄嗟だった。私の魔力の殆どを水に変え、それを気で繰り槍を成す。尤も本質的に戦士である私の魔力など微々たるもの故、この槍にあの焔龍をかき消す程の威力は無い。それでも水克火の理を考えれば弱める事は出来る筈だ。乾坤一擲。焔龍の頭目掛けて、水槍を放った。姿を隠す事で得ていた有利を捨てるのは惜しいが、味方をやらせる訳にはいかない。
「――!」反応は2つ。1つは、焔龍を通らせた付近から聞こえた声。もう1つは、今正に龍へと刺さった何かを放った主。(一度に二人か…厄介な)おまけに、刺さったものが苦手な…水か何かだったのだろうか。龍の力が弱まってしまっている。今暫くの操舵は可能だが、その力と持続時間は三分の一は削られてしまった。自分の持つ魔力の残りも少ない。だが、それでもやらねばなるまい。「行け…ッ」焔龍を再度操り、声が聞こえた付近へとその主を追わせる。その上で、空いた左手に宿るのは風。大技は撃てない。牽制程度に留まるかもしれないが、今を無防備に狙われてもたまらない。
だが、そこで練り始めた風は幾分も勢いを増していた。「…これは?」自分の風は、精霊との契約の上での使役というスタイルだ。その為、風の精霊の力量の強弱や密度で同じ魔法でも消費魔力が異なる。それが今、小技の魔力量にして其の上を放てるぐらいに勢いがある。「近くに風の精霊が…?」味方に居るのか、もしや術師部隊なりが近くまで来ているのだろうか。どちらにせよ、好都合だ。“影なき姿 虚空が残滓 不可視にて舞い刻め”―風魔・虚風斬旋―
人の腰ほどまではある大き目のカマイタチが2つ、宙空から現れると槍の主へと迫る。それは更に、一定距離に近付くと3つずつに分かれて囲い込むように奔った。それを放つと同時に、再度双刃を握れば駆け出す。死霊が視界に入ると同時に迫ってきたからだ。死霊達の主は掴めずして、見える敵は2人。死霊が多数。「多勢に無勢か…さて、どこまでやれる?」それでも、自分の中に退却の二文字はまだない。
紅い火柱が立ち上るのが、遠目でもわかった。「あれは…竜?」炎で作られた竜。まるで生きているかのように動いている。確か。同国にいた時、あのネコ族は炎が苦手だと、小耳に挟んだ事がある。獣人故の特徴なのか、それとも別の要因があるのかは知らないが。…そもそも、自国を焼いたりするような事を、彼は決してしないだろうし。「となると、あれはあいつの術じゃなくて」味方の可能性が高い。良い目印が出来た。それを放った術士は、きっと近くにいる事だろう。が、こちらにも5,6体程度の死霊がやってくる。
「少ないよ。俺を止めたければ、もっとつれて来いっての」苦笑を浮かべて魂を送る鎌を振るい、翼を広げて飛び立った。後は見ない。倒せても倒せなくても、構わない。目標が出来たのならば…それに、もう気づかれているのならば、飛んだ方が早い。そして、飛んでいる最中に。「…っ!?」一瞬だけ、自分に誰かが触るのを感じた。「俺を、呼んだ…? いや、俺の力を…?」軽くふらつくが、大して力は使われていないようで、すぐに立て直す。そのまま真っ直ぐに、自分を呼んだ『彼』に辿り着いた。
その場に居たのは、炎の竜と、対峙する女性…祭りで会った女性だ。ネコ族の叫び声というか、悲鳴もこの辺から聞こえた気がする。それから、群れる死霊の中で見つけたのは、王宮で数度言葉を交わした男性。「プロシオン」声をかけ、近くに降り立って。「死霊は任せて。こっちのが得意だ」彼を襲おうとする死霊に、浄化の刃を突き立てながら言う。
合流されたか。混じりあう魔力の波を感じ、"オレ"はため息を吐いた。炎嫌いの契約者と言えば、涙目で鼻先を抑えてやがる。壁に激突したせいか、鼻血が止まらなくなったらしい。獣自慢の嗅覚も、コレじゃ使い物にならない。オレ達の居場所は、もう特定されたと見ていいだろう。そうと来れば、炎竜がここに来るのも時間の問題。…そうなる前に、主の身体を拝借した方がよさそうだ。が、時は無情。噂の炎竜が地下通路に入り込み、オレ達に迫って来ていた。まずはコッチを片付けた方がいいな……。「…今何月だと思ってんだぁ? この蜥蜴風情が」左手に氷の魔力を溜めながら、一歩前へ。
ふと、オレの背後で魔力が溢れ出す感じがした。それに気を取られ、振り返ってみれば――。銃声は合わせて三発。反響しあう音が止んだ頃には、炎の竜は冷たい氷に覆われ。亀裂が広がって来たと思えば、バリンと粉々に砕け散った。残ったのは、銃声の余韻と氷の粒が落ちる音だけ。あと、たまに静電気がバチバチと鳴ってる。「…ココでお前の"裏側"を拝めるとはな」竜が消え失せたのを確認した後、背後のケーシィに振り返る。煙を吐く銃を握り締めた奴は、ゆっくりと顔を上げて。目尻に涙を溜めたまま、虚ろな双眸で虚空を見つめた。ケーシィの"裏側"は、感情と魔力の暴走だ。
元が臆病なコイツは、魔力は愚か感情の制御も出来ない。少し怒ったり怖がったりするだけで、周囲に静電気を起こすガキだ。そんなヤツが、一番大嫌いな炎に追い詰められたりなんかしたら。怒りや恐怖の感情を抑え切れず、自身の魔力も制御出来ずに。有り余る魔力に呑み込まれ、自身の望むがままの破壊を行う様になる。今の破壊対象は、最早言うまでもないだろう。ゆっくりと銃口を斜め上へ――、炎術士のいる方へ向けたケーシィは。『…大嫌いだ、消えろ』物騒な呟きを洩らし、トリガーを一度引いた。鈍い銃声の後、漆黒の魔弾が駆けていく。地盤や小屋を突き破ったまま、炎術士を目掛けて。
水槍は狙い通りに焔龍を弱める事に成功した。味方もどうやら難を逃れたようだが、それでも私に安堵は無かった。姿を晒した以上、敵に攻撃される事は必至と踏んでいたからだ。予想通り、迫り来るのは二つの風切り音。先程の竜巻を考えれば、敵は風術を使う。この風切り音も恐らく風術に因るものだろう。音を捉えると同時、私は砂埃避けに纏っていた外套に気を流す。風術の刃は不可視の刃。気配無く、音のみでは正確な位置を知る事は出来ない。速度もある為、回避は困難。だから私は避けを諦め、強化した外套で薙ぎ払う事にしたのだ。その選択が正しかったと分かったのは、風の刃が翻した外套に触れた瞬間だった。
外套は何の細工もされてない、ただの麻で出来ていた。だから、強化したところで風の刃を受け切れる筈はない。あくまでその威力を下げる事が目的だったのだ。問題はその裂け方。二つの刃に裂かれたとは思えぬ程、無惨に千切れていた。私に達するまでの刹那に、分裂したらしい。その数は恐らく六。今、私の全身に奔った赤い線と同数だろう。(下手に避けようとすれば、私がこうなっていたと言う事か…)外套のお陰で傷は浅い。しかし、また同じ風術を撃たれれば次こそは…即座に建物から飛び降りた。未だ残っている死霊を間に置くように位置取りを考えて。
そこに、敵の援軍と思わしき影が飛び出して来る。(祭の時の娘か…)こうして戦場で巡り会うのも悲しいものだが、だからどうという訳でも無い。(私は成すべき事を成すだけだ)味方の気配が動く。銃声と共に放たれる漆黒の魔弾。それに合わせて、私は風術の主目掛けて駆け出した。私の得意とする超至近戦に持ち込む為に。
死霊を如何にして掻い潜るかと、対峙しながら思案していたところへ自分の名を呼ばれ振り返れば。「シーファ嬢か…そうか、貴女の気配だったんだな。先の風の精霊は……すまん、勝手に幾許か力を拝借した」降り立ったのは王宮で言葉を交わした女性。成る程、彼女であればあの勢いの増しは合点がいく。(―対峙した『記憶』があるからな)そうして、彼女は死霊を引き受けてくれる。正直、今の自分の状態で2人の敵すら相手出来るか怪しい中、死霊までは相手しきれないのが本音だった。
「恩に着るよ、頼む」だが、若干の安堵も束の間。焔龍がやられる感覚と共に、放った先から異様なまでの魔力の波を感じる。(この魔力…藪を突付いたら蛇どころか鬼が出たかもしれんな)嫌な汗が、頬を伝い。「―!」そこから放たれた魔力の塊に否応なく構える。だが同時に、動く気配に目だけ動かせば、先の槍の主が一気に間合いを詰めてきていた。「…やれやれだ」自分の魔力が全快であればまた違うかもしれない。だが、今は底の尽き掛け。しかして、「“ジョーカー”を切るにはまだ早い。…紅異天紅“双蛇腹”!!」
声と共に、構えた双刃剣の魔力の刃に光が奔る。だがそれだけで、外見的変化は見れないそれを振るえば。鞭のようにしなり、伸びた。それは、刀身の芯に糸の類を通し、それを以って刃を何分割するをも可能にした上で、鞭のようにしならせ距離を作る蛇腹の剣。それを、双刃の状態で行う。片方は迫る槍の主へ。片方は迫る魔力の塊へ。だが、それで完全な迎撃が出来るなどとは思ってもいない。槍の主に関しては、その勢いを削げれば幸い。魔力の塊に関しては、致命傷の狙いを逸れてくれれば当たるにしてもまだ幸い。可能性の低いものに、だがやらねば死が待つならば綱渡りであろうと仕掛ける。
覚えのある気配が、急激に強い魔力を帯びる。「ケーシィ?」イヤな感じ。ざわざわする。首を傾げる精霊に、戦士の男性が軽く侘びてきた。「あ、いや、気にしないで。大して使われてなかったみたいだし。 それに、うん、役に立つなら使ってもらった方が良い」契約を力とする精霊としては、使役される事に嫌悪感は無い。寧ろ、役に立つ、という事が精霊にとってはとても嬉しいことだった。そして精霊が死霊を浄化する間に。彼は、脅威に対して武器を変化させる。次の瞬間。ざわり、と精霊の肌が泡立った。「………っ、やめろ、ケーシィ!」
叫ぶと同時に、魔力と共に精霊の最も嫌いな感情が膨れ上がり、魔力の塊が、プロシオンに向けて飛んできた。合わせるように、忍装束の女性が、同じくプロシオンに向けて駆けてくる。なるほど、先に疲弊した方を潰すのは定石だ。彼女と祭りで対峙した時は、お遊びとはいえ、身体の身のこなしは達人レベルだったと思う。今はそれ以上。師範代クラスの実力はあると思っていいだろう。だけれども。今は、あのネコ族の放ってきた魔弾を、脅威ととった方が良さそうだ。(一応武器も持ってるしな…彼は)「風よ護れ!」彼の前に、風の障壁を作る。咄嗟に作ったものだが、彼の刃と合わせれば、威力を減らす事は可能なはずだ。
バチバチと静電気の鳴る音の中。『チッ』と舌を鳴らす音が混じった。放った弾丸は、蛇腹の剣やら風の障壁に阻まれ。とりあえず…、直撃は避けられたらしい。ケーシィが酷く不機嫌そうな顔で唸りを上げれば。行き場の無い魔力の残滓が、電光となって周囲に漂う。通路を走る子鼠も哀れ、巡る電流に討たれて黒コゲだ。シーファの制止する声も、コイツには届いちゃいないだろう。電光に照らされて輝く蒼の双眸には、憎悪の念しか感じない。オレは牙を剥き出しにして笑った。やっぱコイツは、こうでなきゃ面白くない。
「…一人ずつ潰してくのが基本だからな、悪く思うなよ」まだ残っている死霊十五匹へ、指示を送る。「目標は炎術士一名、四方八方から切り刻め」と。指示を聞いた仲間達は、大鎌を掲げて一斉に攻撃を仕掛けた。あの蛇腹の剣でどこまで凌ぐかは知らないが、数秒間だけでも、足を止められれば上等だろう。ちらりと横を見れば、ケーシィは両手で印を組んでいた。「…次は仕留めろよ?」言数が減った相棒は、その印に魔力を集中させる。唸り声にしか聞こえぬ詠唱を、何度も繰り返しながら。「破壊と嵐の印か…、こりゃまたド派手な術を…」…十分時間を稼いだら、死霊共は非難させるか。
迎撃の為に風術士が私に放って来たのは、魔力で成された蛇腹の剣。それを目にして直ぐ、私はこのまま風術士に突撃するのを諦めた。ただ、突撃する事自体を諦めた訳ではない。足は止めず、姿勢は低く。そして蛇腹剣をギリギリまで引き付けたところでいきなり進行方向を変え、躱す。既に、私の視線は風術士から増援の娘へと移っていた。本来ならば各個撃破が望ましいのだが、無視という訳にもいくまい。それに、現に今、味方の魔弾が娘の術で防がれたのだ。風術士の蛇腹剣で威力が削がれていたにしろ、それなりに補助術が使えると見て良いだろう。それなら尚更、放置は出来ない。
確か、祭の時は見た目通りの身軽さに翻弄された記憶がある。今は武器も持っている。不用意には飛び込めないが、術を放った直後なら何とかなるかもしれない。風術士に横槍を入れられる危険性はあるが、そこは仲間を信じよう。先程から気配が不安定なのが気になるところだが、心配をしている余裕は無い。何せ相手は強者二人なのだ。(私が増援の気を引けば、そっちが楽になる筈……最悪、私諸共でも…)間合いは残り約十歩。徒手空拳の間合いに捉える為に、両足に気を流して強化。一気に加速して間合いを詰め、胴目掛けて掌撃を放つ。
放たれた魔力の塊は、風の障壁と蛇腹の刃で軌道が逸れる。「―ぐッ」だが、外れたわけではなく。脇腹辺りを霞め、抉るように抜けていった。それでも、直撃に比べれば雲泥の結果だ。だが、それだけでは終わらない。もう一方、蛇腹の刃が向かった先で。槍の主はそれを避ければ、向かう先を変えた。即ち、彼女の方へ。同時に、彼女が相手してくれていた死霊に加え、周囲から集まった死霊達が一斉に自分へとその鎌を振るい始める。(まずい…!)これだけの死霊の数、魔力の刃とは言え捌き切れるはずがない。おまけに、まだ異様な魔力の主は健在であり、槍の主はシーファ嬢へと向かっている。
シーファ嬢の力量を測れないにしても、ここで各個に狙われれば一気に全滅しかねない。何が最善であるか。無意識の内に体は動く。死霊達の鎌を潜り、受け流すもその大半は身体をかすめ、幾つかは容赦なく刺さり肉を抉る。「うぐっ…クッ」それでも脚を止めず、飛び込むようにして体を割り込ませたのは、槍の主とシーファ嬢の間。今まさに、胴目掛け放たれんとする掌撃を代わりにその身に受ける。「がはッ…!!」そのまま、少しでも勢いを逃さんと後方へは意識しつつも。口の中に広がる鉄の味を感じながら、崩れかけの木造の小屋の壁をを突き破り、その中まで吹き飛ばされた。
自分の魔力は尽き掛けであり、死霊の大群に如何に立ち回ろうと傷は浅く済むはずもない。ここで互いに傷を負いかねないよりは、一身に受ける事で片方がより無傷に近く生きる方が活路があると判断した。それが自分勝手かどうかは分からない。だが、これで戦うだけではなく、彼女自身が逃げる選択肢も選ぶ余裕が出るはずだから。意識はある。だが、身体が言う事を聞こうとしない。(厳しいな…どうにも)
ネコ族の放った魔弾は、直撃こそしなかったものの、剣士の体をかすっていく。小さなうめき声に、精霊は顔をしかめた。剣士に向かい、死霊達が一斉に襲い掛かる。まずい。「浄化の風よ… って、えっ!?」剣士が動く。死霊達に突っ込み、その先―今まさに自分に向かって放たれた、忍装束の女性の掌撃を、自分の身体で受け止めていた。死霊達と、何よりケーシィに気を取られていた為、彼女の動きについていけなかったのだ。吹き飛ばされ、動かない。文字通り、身を楯にして護られてしまった。「……けるなよ」
誰も彼も。何故、自分を犠牲にするような事をするのだろう。何故、信じて、任せる事をしないのだろう。「ふざけるなぁっ!!」叩き付けるように、浄化の風を巻き起こす。死霊達を祓えても祓えなくとも、動きを止める事は出来る筈。物理的な風をも起こす為、彼女に対する足止め程度にはなるだろう。「どいつもこいつも、馬鹿野郎が…っ」飛び立ち、プロシオンの倒れた近くに降り立つ。
ケーシィの場所はまだわかっていないが、彼をちらりと見やり、護るように鎌を構えた。動かない。意識はあるのだろうか。とにかく急いで、抱えて逃げた方が良いだろう。だが、それを許すような二人だろうか。…大きな、風への干渉を感じる。「風の精霊がいる所で、風の魔法を使うなど…」その干渉を、自分へと引き入れる。風に通じる魔力を、自分に迎え入れた。正気でないネコ族が使う魔法など、思う通りにはさせてあげない。
死霊の瞳に映るのは、見る度に疑問を感じる光景。精霊へと突っ込んだ味方が繰り出した、重い一撃。だがその一撃を受けたのは、精霊ではなく。死霊に囲まれて居たはずの、炎術士だ。彼は迫る鎌の斬撃を掻い潜り、身を挺して精霊を庇った。「…人間ってヤツは、どうしてそんなコトが出来るんだろうな」地に屈する白髪の術士は、そのまま動かなくなった。辛うじて意識はあるようだが、再び立ち上がるとは思えない。「…何でそう易々と、自分の身を犠牲に出来る?」ゴーストとなってから、そんな人間を沢山見てきたが。未だに答えが分からない、見つからない、理解できない。やっぱ人間ってのは、奇妙な生き物だ。
……だがコレで、一人を戦闘不能に出来たワケだ。議論の続きは、敵を全て村から追い返してからにする。一方ケーシィは、印を組んだまま辺りを窺い始めた。近くにいる敵の気配を探ろうと、耳をピンと張って身構えてる。暴走中のコイツを見るのは久々だが、いつ見ても野獣そのモノだ。風の精霊に干渉された影響で、魔力が別の方へと流れていく。魔術の要でもある詠唱を邪魔されたら、誰だって気が付く。それを不快に感じたのだろう、唸りも激しくなってきた。『ガウゥ……、ガルルルッ!!』それでも意地になって、魔力を溜め続ける所がケーシィらしい。オレは大鎌を携え、主を残して敵のいる方へと向かった。
私は、確かに増援の娘を捉えていた筈だ。確実に掌を当てる為に、他の一切を意識から排し、彼女だけを見ていた筈だ。しかし掌に手応えを感じた時、眼前に居たのは風術士だった。どうやら、寸でのところで割り込まれたらしい。感触が僅かに軽い。恐らく、後方に跳んで少しでも威力を殺そうとしたのだろう。それでも手応えは十分だ。そのまま風術士を弾き飛ばしつつも、視線は再び増援の娘の方へ向けていた。掌撃で足が止まったこの瞬間を突れると思ったのだ。『……けるなよ』(…?)何が来るのかと警戒していれば、微かに聞こえて来た娘の声。呪文の類かと耳を澄ませば…
『ふざけるなぁっ!!』響き渡る怒声と共に、その感情をそのまま吐き出したかのような強風が巻き起こる。未だ体感した事の無いその風力に腰を着きそうになるが、何とか踏ん張り、耐える。あの取り乱し様、彼女にとっても風術士の行動は想定外だったのだろう。風のせいで身動きは取れないが、娘が風術士の元に行くのを目で追いながら今後の展開を考えていた。相手は手負い一人抱え、こちらは両者共に健在。…いや、三人か。気配が近すぎて感じ取れなかったが、味方は二人居たようだ。その片方が近づいて来ている。まあ何れにせよ、状況はこちらが優位。
このまま攻めれば、彼等を仕留める事は出来るかもしれない。だが、私は出来れば彼等には退いてもらいたかった。別に不殺などと夢のような幻想を抱いている訳では無い。ただ、殺すという事が怖いと言うか、そういう部分が甘いのだ。私は。出来ればこのまま事無く。気脈の読みに長ける反面、魔力的な関知能力はほぼ無いに等しい為、激しい魔力の駆け引きが行われている事など知る由も無く。風が止むまでの間、そんな事を考えていた。
風で足止めをされた彼女は。追撃の構えを見せず、だが油断せずこちらを見ている。畳み掛けるならば、これからのはずなのに。情けをかけられているのか、それとも手負いを抱える風精一人など、取るに足らぬと考えられているか。「馬鹿だな…皆」呟く。そして、目くらましに、剣士の埋もれた瓦礫を吹き飛ばした。瓦礫の中に居た剣士を抱える。風で浮かせれば、男性一人位なら大丈夫だ。「でも」そのままふわりと浮き上がる。死霊の気配。――精霊には、人の気配を正確に測るなどという超人的な事は出来ないが、死霊の気配ならかなり正確に察知できる。「一番馬鹿なのは、俺かもしれないな」
今動いた死霊。ネコ族と共にある、彼のもの。こちらに来ているのならば、未だ魔力を吸い上げ続けているネコ族は、動き始めた元にある。「そこか」逃げる間の追撃を防ぐ為とか、そういうのは建前だ。許せなかっただけ。どうしてそうなってしまったのかわからないが、兎角戦場で我を失うなど。それは、自分もそうだったから人の事は言えないのだが…それよりも。その状態なのに「見えねぇ所からこそこそ魔法撃ってるんじゃねぇよ、このもふもふっ子がぁー!!」友人である光を失った術士は、それでも前線に出ていた。二対一で不利なのもわかっていて、闇エルフの友人は向かってきていた。
戦略的に有効だろうが、女性の影に隠れてるなんて、男のやる事か。「風の槍よ、大地を砕け!」風の槍を作り、地に叩き付ける。大して魔力を使っていなかった上に、魔法に使う魔力を他所から吸ったお陰で満タン以上の状態。要は、絶好調で撃った術である。(折角見逃してくれるってのに、済まないな、そして)攻撃した以上、彼女とて見逃してくれるとは思えない。抱えた男性をちら、と見る。(俺のワガママに付き合ってもらう以上、絶対護る)多分そろそろ応援も到着する頃だろう。それまで、敵対する戦力は、なるべく弱めた方が良い。
「!」耳を貫く怒声に、ビクリと肩を震わせて。その直後に天が砕け、強すぎる風圧に身体を押し潰された。更に降り注ぐのは、ガレキの崩――。"僕"が我に返ったのは、そのガレキの中から這い出る時だった。炎の竜に追われた後の記憶が、見事に抜け落ちていた。…けれど、その間の自分がどうなっていたかは分かっている。「いっ……、くぅ……」身体全体の所々が傷む。思わず頭を抱えたのは、痛みだけのせいじゃない。今、心にあるのは…、激しい後悔と羞恥の念だけ。ふと見上げた上空では、炎術士を抱えた精霊が飛んでいた。夜目が利くせいで、精霊が激しく怒っている様が分かった。
「…………」向こうが言いたいことも、なんとなくだけど分かる気がした。仲間を盾のように扱って、自分自身は逃げ続けていたんだから。過去に彼女と戦った時も、僕は小細工ばかりに頼りっきりだった。"綺麗事は嫌いだ"と吼えながら、爪に呪縛を仕込んだりとかもした。けれどそれも戦術の内だと、その時までは思っていた。今回の死霊の群れや、逃げ隠れながらの戦いも戦術だと思っていたのに。なぜ、こんなにも後ろめたい気持ちになっているのだろう。あの戦いの後に目覚めた時も、こんな気持ちになったのはどうして?「分からない、分からないよ。前に戦ったあの時からずっと……」
満身創痍となった身体を腕で抱き、地上へ続く階段を上がる。地上に出た先では、相棒が愛用の大鎌を抱えて待っていた。『お前の魔力はカラッポで、オレの魔力もそろそろ限界。 村を覆ってるこの闇も、あともう少しで消えちまうだろうな』マフは埃に塗れた服を叩きながら言う。僕はと言えば、マフが手に持つ漆黒の大鎌を見て、別のことを考えていた。それから再び、上空を見て。空を舞う精霊――、シーファをじっと見つめて、口を開いた。今更過ぎる、差し出がましい申し出。断られることを承知の上で、言った。「…シーファ、僕と鎌で戦ってはくれないかな」
体が、軽い。そう感じると共に、おぼろげな意識は救い上げられる何かの感覚があるだけ。だがそれも、時間の経過と共にハッキリとしてくる。「っ、く…」鮮明になる視界と共に、節々の傷がその痛みを訴える。その痛覚でより我に返るのだから、目覚めは最悪だ。どうやら、あの後自分はシーファ嬢に助けられたのか、風の支えと共に抱えられているようだった。(やれやれ、女性に抱えられるとは格好もつかんな)男尊女卑を謳うつもりは毛頭ないが、女性に護られているのも今一つ居心地は素直になれない。
同時に、眼下の瓦礫から術師と影らしき姿が見えた。先まで感じていた、異様な魔力と雰囲気が消えている。よく見れば周囲の損害も酷いが、その影響によるものなのだろうか。更に、術師から響く声を聞き。(どうやら…ジョーカーの出番はなさそうだな)脳裏にかすめていた、哂うピエロの仮面が消える。使わぬまま済むのならば、其の方が助かる。それは事実だ。「シーファ…嬢。もう、俺は大丈夫…だ」まだ唇の動きが鈍い。それだけ声にすると、抱えられた状態から降りる。同時に、支える風を自らのものに切替えた。幾らかだが、回復した今の魔力であれば問題あるまい。
「これで…邪魔もある、まい。…彼の決闘、受けるか否かは…自由に選ぶといい」そのまま、傷口を抑えながら少し離れたまだ無事な家屋の屋根の上へ、静かに降り立つ。僅かな魔力では、どこまで処置になるか分からないが。少しでも傷を癒さねばと、治癒魔法を唱え傷口にかざした。(そういえば、もう一人居たな。…横槍を入れるようであるならば、考えねばならんが―さて)致命傷になりかけた威力の掌撃を放った戦士は何処だろうかと、目だけその姿を探した。
娘が風術士を抱えて浮かび上がるのを、じっと見守っていた。そのまま退いてくれる事を期待していたからだ。しかし…味方に向けてだろうか、叫び声と共に放たれたそれを見て、その期待が叶わぬ事を理解した。(情けを掛ける事自体、私の自惚れだったというのか?)私は風術の事は良く知らない。だが、それが地面に接した直後の余波だけでも、先程受けた風とは格が違う事は明白だ。先程とは違い、足を練気で強化して余波に耐える。私の方は何とかそれで済んだが、味方の方は気配のある場所が瓦礫に押し潰されるのが見えた。流石にこればかりは、自身の判断の甘さを悔やまずにはいられない。
こうなれば仕掛けるしかない。風術士は地に降りたが、未だ全快ではないようだ。完全に立て直されてからでは手遅れになる。何せ娘の方事の能力は未知数なのだから。そうして、いざ仕掛けようと気を練り直した時、視界の隅に瓦礫から這い出る味方の姿が映った。確か事前に渡された資料にあった、ケーシィという守備隊長だ。彼はそのまま娘に話し掛けているようだ。遠くて話しの内容は聞き取り辛いが、どうやら一騎打ちを申し込んでいるらしい。出鼻を挫かれた感はあるけど、なにやら因縁もあるようだし、手を出すのは無粋だろう。風術士の動きを警戒しつつ、今は事の成り行きを見守る事にした。
抱えていた男性が、動く。『シーファ…嬢。もう、俺は大丈夫…だ』そう言うと、自分で手から離れ、近くの家に降り立った。…自分で治癒の魔法をかけているので、とりあえずは大丈夫だろう。そして眼下の彼女は。多分、こちらが退くと思っていたのだろう。意外そうな…いや、悔やむような表情で、身構えてくる。何だか非常に申し訳なくなってきた。だがその直後。精霊が崩した地下から、ネコ族の彼が上がってきた。
『…シーファ、僕と鎌で戦ってはくれないかな』「鎌、で?」精霊の知る彼の得意武器は、銃だったが。ネコ族は、真剣にこちらを見てくる。(一騎打ち、ってか)精霊は、視線をエルフィネスの方向に向ける。村の外より、何らかの合図。これからここには、きっと増援が押し寄せてくるだろう。それは、多分すぐ先の事。だからその前に。「自分の迷いを、他者で解決しようとすんなよ。 …ったく、俺はあんたのかーちゃんじゃねぇんだぞ?」
ふわりと、精霊は地に降り立った。鎌を担ぐようにして、構えて。「けど、一手だけ付き合ってやる。 もうこれきりだ。次はねぇからな」小さく笑って、片手を差し伸べた。剣士の彼も、忍装束の彼女も、どうやら介入するつもりは無いようだ。「来いよ。頭撫でてやっから」昔馴染が『最強の挑発だ』と言っていた、何処かの誰かの言葉を吐き、ネコ族を真っ直ぐに見据える。
『自分の迷いを、他者で解決しようとすんなよ。 …ったく、俺はあんたのかーちゃんじゃねぇんだぞ?』上空にいた精霊が、ふわりと目の前に降り立つ。彼女のいう言葉には、やはり反論出来ずに居た。(…普段から、マフに頼ってばかりだからな)辺りの闇や死霊が消え始めた頃、マフも姿を消していた。魔力の残りに限界が訪れ、実体を維持出来なくなったのだろう。…そう考えた後、僕は頭を大きく横に振った。自分で言い出した申し出なんだ。こればかりは、自分の力でなんとかしなくちゃ。…それでも結局、今はシーファに頼ってしまっている。どうも、フクザツな気分だ。
『けど、一手だけ付き合ってやる。 もうこれきりだ。次はねぇからな』「……十分だよ、ありがとう」微かに残った魔力を練り出し、闇色の大鎌を呼び起こす。銃を手にする前に使っていた武器だが、扱うのは久々だ。『来いよ。頭撫でてやっから』『だとさ。精々もふもふして貰って来な』シーファの声に続いて、頭の中でマフの声が響く。二人に応えるように大鎌を握り直す。「…行くよ」左斜め上、鎌を大きく掲げて前に駆け出し。射程範囲に届いた所で、右肩目掛けて刃を振り落とした。
素直になっちゃったネコ族に、苦笑を浮かべる。「あのな。別に俺が全て正しいとは限らないんだぞ? 自分の納得する方法で、やれば良いと思う」多分、このネコ族は、本来やたらと真面目で正直なのだろう。色々あったのかひねくれてしまった気がするけれど。消えた死霊達を見て、マフもギリギリだったんだなと思う。(いつもお疲れ様だなぁ)そんな事を考えつつ、鎌を握りなおすネコ族を見て、こちらも半身で構えた。
『…行くよ』駆け出すネコ族。黒き大鎌が繰り出される。「ふっ」自分の鎌を克ち合わせて、それを受け止めた。すぐに刃を滑らせて、浅く相手を逆掛けに斬り付ける。この反撃は予想するだろう、だが本命はこの先。精霊はくるりと鎌を手の上で回すと、相手の鳩尾に向けて柄を棍の様に突き出した。貫くように仕掛け、一旦距離を置くように後ろに飛ぶ。一手だけ。そう言ったのは自分だが、それでも油断なく鎌を前に構えて、相手を見る。
振り落とされるはずの一撃は受け止められて。刹那に懐へと滑り込むのは、相手の小さな刃。咄嗟に構え直した鎌の柄で、その刃を弾いた。次いで繰り出されたのは、柄の先端に拠る一突き。急所への攻撃を警戒していた僕は、大きく左へと避けた。直撃こそは免れたけれど、微妙に掠った脇腹が痛む。痛みに顔を顰めている間に、精霊は距離を置いていた。油断もなく、得物を前に翳し、僕を見据えて待ちの構え。迂闊に攻めれば、素早さに翻弄されてしまいそうだ。かすかに残る魔力に底が見え始め、大鎌の色が薄れていく。それを抑えようと必死に魔力を絞ると、くらりと眩暈がした。
先ほど受けた衝撃もあってか、身体が思うように動かない。枯れ果てそうな魔力を、気力で無理やり補っている状態だ。これ以上長く戦い続ければ、魔力に飢えて再び暴走しそうだ。「それだけはダメだ」と自我を保とうとすれば、眩暈が更に酷くなる。「うっ……、ウググ……」そのせいで、精霊の言った言葉がまた聞き取れなかった。後でマフから聞くだろうけど、今はそれ所じゃない。「…がああーっ!」気力を振り絞るように吼え、大地を強く蹴って身を投げ。宙で身体を前転させて、大きな刃を精霊へと叩き落した。これが僕に出せる、最後の一撃。
『うっ……、ウググ……』彼の声が、獣の様相を表す。満身創痍。この状態で、彼は一騎打ちを挑んできたのだ。「認めてやるよ。あんたはちゃんと、一人でも戦えてる」今の彼には聞こえないだろうが、小さく呟いて。『…がああーっ!』「だが、負けてはやんねぇよ!」跳ぶネコ族に向かい、同じく地を蹴り、飛び立つ。大鎌の凶刃も、芯を外せば致命傷は防げるだろう。だが、咄嗟の結界をやすやすと斬り裂き、鎌は精霊の右肩に深い傷を作る。
問題はその後だ。空を制する精霊にとって、宙の防御の脆さは身にしみている。飛ぶ術を持たぬネコ族は、重力に引かれて地に落ちるだろう。痛みをこらえ、下から掬い上げるように膝を繰り出した。「雷麗! 受け止めて!」更に、鎌を握った手で殴りつけながら、見守っているだろう彼女に怒鳴る。「もうすぐ公国軍の援軍がここに来る。ケーシィを連れて逃げてくれ!」遠く見えた狼煙。公国にとっては戦勝の、連合にとっては敗戦の証だ。血が吹き出す肩を押さえ、精霊は地に降り立った。
一騎打ちとなれば手出しは無用。どんな結果であれ、最後まで黙って見届けるつもりだった。…つもりだったのだがまさか、唐突に敵から名を呼ばれるとは思わなかった。それでも即座に応じようとするが、初動が僅かに遅れる。先程の風撃の余波に耐え抜いた時点で足腰にガタがきていたようだ。その為、万全の体勢での受け止めは出来ず、片手を伸ばしてひっ掴むのが精一杯。少々荒っぽくなったが、接地前に捕まえられたし大丈夫だろう。捕まえた味方は弱っている感はあるが、命に別状は無さそうだ。
それより問題はその後に続いた彼女の言葉だ。出立前の城壁の欠け具合を考えれば、とうに終戦していてもおかしくない頃合。ならば彼女の言う通りに退き、厄介事を避けるのが賢明だろう。味方を掴んだまま、空いている手を腰の小物入れを開ける。取り出したのは薬瓶二本。それを地に置く。私なりの勝者達への餞別だ。後は無言で踵を返す。敗者は潔く。
「…終わったか」一騎打ちも決着がつき、敵は彼女の言葉を聞いてか退いていった。彼女の言葉からすれば、国としての戦争も決着がついたという事なのだろう。(であれば、やる事は2つか)屋根から降り、傷口を抑える彼女の下へ歩み寄る。短時間ではあったものの、歩き回る程度の動きであれば支障がないぐらいに痛みと傷は抑えられた。「…シーファ嬢、傷口を見せてみろ」精霊の体の構造は分からないが、血が流れ過ぎても平気だとは思えない。そも、治癒が効くのかも分からなかったが――
“微笑みの光 母なる抱擁 穏やかなる名の下に流れよ”―風魔・流癒光―風の魔法であれば、適正として合いはするはずだ。先程まで自分にかけていたものと同じ、治癒の魔法を傷口にあてる。「今の俺の魔力では、傷口を塞ぐので精一杯だろう。後は……」術師を連れて行った女性が置いていった液体瓶。今しがたの行動と状況からしても、ここで爆薬なり毒薬という事も恐らくはない。「…薬が効くのであれば、置いていった薬瓶で痛み止めと治癒促進にしてくれ」地に置かれたそれを拾い、彼女へ渡す。
もう少しすれば、援軍も着くのだろうか。「援軍へは、さっさと言いくるめて此方も退くようにしよう。 敵国領内に決着後も居るのは良くはあるまいし…下手にこの惨状で索敵でもされて、あの2人が見つかっても後味が悪い」慣れた古巣の国の軍だ。一人で行動しがちではあるが、まだ幾分か話は通しやすい。そうして退いた先を見やり、目を細める。だがそれも一瞬、向き直れば。「…今回は助かったよ。あのまま俺一人であれば、確実に死体になっていたところだ。ありがとう」そう、礼を告げた。
自分の声に彼女は反応し、何とか咄嗟にネコ族を捕まえる。地面に叩き付けられなかったようなので、そっと息をついた。雷麗は、ケーシィを抱えながら薬瓶を地に置き、踵を返した。国が負けても、尚凛々しい彼女の背に。「ありがとう、それから…すまなかったな」声をかけ、プロシオンに振り向く。とりあえず彼も何とか回復したようで、声をかけてきた。「おう、大丈…夫……?」風の魔法で癒してもらい、大分楽になる。思い出したように傷が痛むが、緊張が解けたせいだろう。「ありがとう、助かる」
続く言葉には頷いた。厄介ごとはなるべく避けたほうが良い。彼はこちらに長くいる武将とのことだし、任せるつもりだ。『…今回は助かったよ。あのまま俺一人であれば、確実に死体になっていたところだ。ありがとう』唐突に礼を言われて、きょとんとした。「どう致しまして。でも、俺の方こそ危険な目にあわせる所だった。済まないな」小さく笑い、頭を下げる。そして、「さて、じゃあ色々面倒な事は軍にでも任せて、帰ろうぜ」彼の背をぽん、と叩くと、村に入ってきた援軍に向かって歩き出した。